第ニ十一章 根本的に君と空の終わり⑤
今回、焔が拓也達の目線を欺いた魔術。
その謎はワゴン車に乗り込み、総合病院を去った後も、元樹達に禍根を残していた。
「元樹、これからどうする?」
「ひとまず、今日はこのまま帰宅しようと思っている。綾の両親と上岡の両親が綾の帰りを待っているからな」
拓也の疑問に、元樹は周囲を視野に入れながらそう判断する。
焔という新たな魔術の使い手。
それは昂や陽向、玄の父親以外にも、魔術という名のつく力を行使する者達がいることを知らしめていた。
現在、魔術に関する阻害は昂か、魔術道具を持っている元樹しか対処する手立てがない。
それは言い換えてみれば、綾花達は新たな力を得る必要性があるともいえた。
元樹はこれまでの魔術で生じた経緯を省みる。
昂は魔術で、『宮迫琴音』という本来、実在しない架空の人物を、以前から湖潤高校に在籍していたように認識させた。
もっとも、昂自身は別の目的ーー湖潤高校に魔術を用いて不正入学することが目当てだったのだが、そのおかげで進は再び、以前のクラスメイト達と再会することができた。
『上岡は必ず戻ってくる。だから、上岡が帰ってくるのをずっとずっと待っているからな。だけど、もし事情があって帰ってこれなくても、俺達はいつまでも永久におまえの友達だからな』
陸上部の一員であった進のクラスメイト達の強き想い。
それはあの日、進が抱いていた苦悩だけではなく、現在のーー魔術の対処に行き詰まっていた元樹の不安をも一蹴するように拭い取っていった。
「みんなのもとに帰ること。それが何よりも最優先だ」
元樹は確固たる意思を示す。
「例え、阿南焔さん達が敵に回ったとしても、俺達ができることはいくらでもあるからさ。今はそれを探す時だと思う」
「……そうだな」
元樹の決意に、拓也は強張っていた表情をほぐすとどこか照れくさそうな笑みを浮かべる。
綾花がまた、綾花としていつでも笑えるように、と拓也達は心から願った。
そして、それはみんなの協力によって、叶えられるものだと信じている。
「今頃、私のーーいや、俺のクラスのみんなはどうしているんだろうな」
綾花は途中で口振りを変えて、あの日の光景を思い浮かべるように目を伏せる。
『……俺だって、できることなら、このままずっと『宮迫琴音』としてクラスのみんなと一緒にいたい』
綾花はーー進はゲーム対談情報ラジオ『プレラジ』が終わった後、『宮迫琴音』として登校することをやめる決断をした。
あの日、失われた色は二度と戻らず、空白が己の中を満たす。
それでも、進のクラスメイト達は今も進の帰りを待ってくれている。
進が彼らのもとに戻ってこれなくても、永久に友人だと宣言してくれた。
綾花は一言一句と違える事なく諳じている。
時が廻り、季節が廻っても、進のクラスメイト達は進のことを忘れることはないだろう。
進がいなくなった湖潤高校で、今日も彼の帰りを待っている。
いつかーー。
いつかきっと、また前のような日常が訪れることを願ってーー。
「また、みんなに会いたいな」
綾花はあの日の懐かしくも心地よい喧騒を思い起こす。
昔日を求めた綾花の声は硬く、胸を締め付けられるような寂寥感を捉える。
綾花は記憶を辿るように、クラスメイト達との想い出を脳裏に思い描いていく。
それは、高校の入学式の時に、クラスのみんなで一緒に写真を撮った時の出来事。
『よし、みんなで写真、撮ろうぜ』
『いいな!』
クラスのみんなに誘われて、進は集合写真を撮るためにみんなのもとに駆け寄る。
進が明るい顔でピースサインを形作ると、周りのみんなも進の肩に手をかけ、 晴れやかな表情を浮かべていた。
『何だか、すごい男の子だな』
談笑する生徒達で溢れ返っている進の近くで、倉持ほのかは声をかけるのを躊躇い、恥ずかしそうに顔を赤らめる。
進がそこにいたという事実。
それは玄の父親がどんなに足掻いても麻白を生き返せないように、決して取り戻せない儚い日々。
綾花はーー進はただ、その事実を甘んじて受け入れるしかなかった。
「我は納得いかぬ!」
綾花の切ない想いとは裏腹に、失態を犯した昂は再度、陽向の病室に赴く決意を固めつつある。
そして、陽向の病室に行くための邪魔な障害ーー焔を排斥しようとしていた。
「我の偉大な魔術書は、もはや誰にも渡さぬ!! そして、綾花ちゃんを絶対に護ってみせるのだ!!」
昂は絶対防壁を展開すると言わんばかりに、両手を目一杯に広げる。
「しかし、今回、誰が我の魔術書を持っているのだ? 母上や先生達ではないとすると、貴様らが我の魔術書を持っているということになるではないか?」
昂は疑心の眼差しを拓也達に向ける。
それに拓也達が応える前に、昂は両手を握りしめて意気込みを語った。
「何故、我の魔術書がいまだに戻ってこないのだ! おのれ~。かくなる上は、我の魔術を使って、魔術書を探すべきーー」
「あのな……。だから、陽向くんが入院している総合病院の近くでそんな魔術を使ったら、魔術書の場所が陽向くんや黒峯蓮馬さん達にバレるだろう!」
居丈高な態度で取り返しのつかない過ちを行おうとする昂に対して、元樹は呆れたように眉根を寄せる。
「そ、そうだったのだ!」
本来なら警告など歯牙にもかけぬ昂だが、魔術書に関する事柄となると話は変わってくる。
元樹の指摘に、昂は明らかな狼狽を見せた。
「ならば、まずは黒峯陽向に先程の借りを返さなくてはならぬ! 我を散々、無視した罪は重いのだ!」
「あのな、昂。陽向は安静にしないといけないだろう」
勇み立つ昂の奮起を垣間見て、綾花は躊躇いとともに陽向の容態を案じる。
「こうなったら、病院の先生の隙を突いて、病室に乗り込んで魔術書を賭けた天下分け目の戦いに挑むべきだ!!」
「おまえは警察に捕まりたいのか?」
昂の向こう見ずな戦意に、1年C組の担任は不愉快そうに言葉を返した。
打てば響くような返答に、昂が思わず、たじろいていると、1年C組の担任は気を取り直したように汐に向き直り、話を切り出してきた。
「汐。舞波は通信制高校に受かっても、いろいろと大変かもしれないがよろしく頼むな」
「ダーリンの頼みなら、仕方ないっていうか」
1年C組の担任が幾分、真剣な表情で告げると、汐は嬉しそうに頬を赤く染める。
「ひいっ! あ、綾花ちゃん、魔術書を取り戻すためにも、今すぐ我を助けてほしいのだ!」
「って、おい、昂!」
それだけを言い終えると、ついでのように昂が綾花を抱きついてきた。
「おい、舞波! どさくさに紛れて、綾花に抱きつくな!」
「おまえ、勝手なことばかりするなよな!」
「麻白からーー瀬生さんから離れろよな!」
「否、我なりのやり方だ! そして、我は綾花ちゃんから離れぬ!」
ぎこちない態度で四人を見つめる綾花を尻目に、拓也と元樹と大輝は綾花から昂を引き離そうと必死になる。
だが、昂は綾花にぎゅっとしがみついて離れようとしない。
「……これから大変なことになりそうだな」
玄が見つめた空は、どこまでも夕焼け色に染まっており、感じたこともない高揚感をもたらしていた。




