第十五章 根本的に戦域の傍観者⑦
「ふむふむ」
そんな中、昂は陽向達の動向を探るため、こそこそと周囲を窺っていた。
あまりにも怪しすぎて、近くにいた患者や医師達、そして見舞いに来た人達から思いっきり冷めた眼差しを向けられ、必然的に避けられていたことにも気づかずに、昂は先を続ける。
「我の偉大な魔術書は、もはや誰にも渡さぬ!! そして、綾花ちゃんを絶対に護ってみせるのだ!!」
昂は絶対防壁を展開すると言わんばかりに、両手を目一杯に広げた。
「しかし、今回、誰が我の魔術書を持っているのだ? 母上や先生達ではないとすると、貴様らが我の魔術書を持っているということになるではないか?」
昂は疑心の眼差しを拓也達に向ける。
「何故、我の魔術書がいまだに戻ってこないのだ! おのれ~。かくなる上は、我の魔術を使って、魔術書を探すべきーー」
「あのな……。だから、こんな場所でそんな魔術を使ったら、魔術書の場所が陽向くんにバレるだろう!」
居丈高な態度で取り返しのつかない過ちを行おうとする昂に対して、元樹は呆れたように眉根を寄せる。
「そ、そうだったのだ!」
本来なら警告など歯牙にもかけぬ昂だが、魔術書に関する事柄となると話は変わってくる。
元樹の指摘に、昂は明らかな狼狽を見せた。
「ならば、まずは黒峯陽向に総合病院での戦いの借りを返さなくてはならぬ!」
「ふわわっ、舞波くん、落ち着いて! 陽向くんは安静にしないといけないみたいだから」
勇み立つ昂の奮起を垣間見て、綾花は躊躇いとともに陽向の容態を案じる。
玄と大輝が受付で伺った内容では、陽向の容態はまだ回復しきれていないとのことだ。
「こうなったら、面会というものの許可が下り次第、病室に乗り込んで魔術書を賭けた天下分け目の戦いに挑むべきだ!!」
「おまえは警察に捕まりたいのか?」
昂の向こう見ずな戦意に、1年C組の担任は不愉快そうに言葉を返した。
打てば響くような返答に、昂が思わず、たじろいていると、1年C組の担任は気を取り直したように汐に向き直り、話を切り出してきた。
「汐。舞波は通信制高校に受かっても、いろいろと大変かもしれないがよろしく頼むな」
「ダーリンの頼みなら、仕方ないっていうか」
1年C組の担任が幾分、真剣な表情で告げると、汐は嬉しそうに頬を赤く染める。
「ひいっ! あ、綾花ちゃん、魔術書を取り戻すためにも、今すぐ我を助けてほしいのだ!」
「ふわっ、ちょ、ちょっと、舞波くん」
それだけを言い終えると、ついでのように昂が綾花を抱きついてきた。
「おい、舞波! どさくさに紛れて、綾花に抱きつくな!」
「おまえ、勝手なことばかりするなよな!」
「麻白からーー瀬生さんから離れろよな!」
「否、我なりのやり方だ! そして、我は綾花ちゃんから離れぬ!」
ぎこちない態度で四人を見つめる綾花を尻目に、拓也と元樹と大輝は綾花から昂を引き離そうと必死になる。
だが、昂は綾花にぎゅっとしがみついて離れようとしない。
「ううっ……」
そんな中、激しい剣幕で言い争う拓也と元樹と大輝と昂に、綾花は身動きが全く取れず、窮地に立たされた気分で息を詰めていた。
その賑やかな様子を、不敵な笑みを浮かべて見つめている者がいた。
綾花が陽向に情報を求めようとした今回の件の協力者ーー焔である。
「井上拓也だったか。……ったく、あいつごときに気づかれるとは阿南家の面汚しだぜ」
大会会場で遭遇した拓也の姿を掘り起こして、焔は不満を暴露した。
「……ったく、魔力もない、魔術道具も持たない奴が俺の存在に気づくなよ!」
拓也に対して愚痴りながらも、焔は次の手を決めかねていた。
魔術の使い手という昂の特異性だけではなく、魔術道具の使い手である元樹の手腕も侮ることはできないと感じていたからだ。
焔は暗中飛躍する。
距離を保ちながらも、綾花達の後をつけていった。
綾花達と焔の邂逅。
これは新たな魔術の開戦を知らせる文字どおりの嚆矢だった。
「黒峯陽向に、ついに我の真価を見せる時が訪れたのだ!」
雪辱戦に挑む昂の意気込みは、虚しく病院内に響き渡る。
「むっ! 我は納得いかぬ!」
何の反応も返ってこないのを見かねて、昂は両拳を振り上げて憤慨した。
「何故、誰も、我を見ていないのだ! 貴様ら、何ゆえ、偉大なる我の口上を聞かぬ!」
「ふわわっ、舞波くん、落ち着いて!」
これ見よがしに昂が憮然とした態度で言うのを聞いて、綾花は表情に戸惑いの色を滲ませる。
「黒峯陽向。貴様は今日、ここで我が引導を渡してやるのだ! 綾花ちゃんと我の魔術書は必ず、守ってみせるのだ! 悔い改めて諦めるのなら、今のうちだと考えるべきだ!」
人差し指を突き出し、昂は挑発めいた発言を放ったが、陽向の病室からは何の反応もない。
「我がこれほど、再戦を望んでいるのだ! 早く出てくるべきだ! 何故、いつまでも出てこないのだ!」
不満を爆発させた昂は、両拳を突き上げながら自棄に走ったように絶叫する。
「ーーあのね、昂くん。まだ、調子が戻っていないから、魔術書に顕現できないだけなんだけど……」
先程、大会会場で行った時を止めるという極大魔術の影響で、陽向は魔術書に顕現できないほど憔悴していた。
病室の外で響き渡る昂の絶叫ーー騒音並みの喧騒に、ベッドで休んでいた陽向の動悸が激しくなる。
「ここから、我の魔術を駆使して、黒峯陽向を退ける筋書きのはずだ。それなのに何故、我は今、黒峯陽向の病室の前で宣戦布告をしているのだ。我は早々に、綾花ちゃんと一緒に勝利の一服を満喫したかったというのに」
そこで、昂ははたと自身の目的に気づく。
「とにかく、我は黒峯陽向に、大会会場での戦いの決着をつけなくてならぬ!」
「ここは病院内ですが……」
闘志を滾らせる昂の言葉を遮るように、陽向の担当医師の冷たい声が響いた。
「ひいっ! 話を聞いてほしいのだ! 我は、その、黒峯陽向と再戦がしたくて仕方なくーー 」
静けさの漂う医師の凄みに、昂は恐怖のあまり、総毛立った。ふるふると恐ろしげに首を振る。
こんな調子じゃ、先が思いやられるなーー。
拓也は気持ちを切り替えるように、顔を曇らせて言った。
「元樹、陽向くんとは面会出来そうなのか?」
「こればかりは、舞波の行動を許してもらわないと分からないな」
拓也の素朴な疑問に、元樹は医師から叱責を受ける昂の様子に目を向ける。
「恐らく、俺達が訴えても、陽向くんは今回のことを話してはくれないだろう。陽向くんのことは、玄と大輝に任せるしかないな」
「……そうだな」
真剣な眼差しでそう告げた元樹から目を逸らすと、拓也は複雑な表情を浮かべる。
「心配するなよ、拓也。舞波の件で、陽向くんとの面会は困難になりつつあるけどさ。それでも俺達は今、こうして真相究明のために、陽向くんの病室の前をいるんだからな」
「そうだな」
元樹の決然とした言葉に、拓也は真剣な眼差しで応えた。




