第十章 根本的に戦域の傍観者②
魔術の家系。
自身に秘められた魔力。
そして、黒峯家の者である魔術の使い手と魔術の知識の使い手。
隠されていた真相を聞かされた時、輝明の心に迷いが生じた。
それでも輝明の胸には、戦意がゆっくりと沁み出してくる。
「僕達、『クライン・ラビリンス』が、最強のチームだと言われている所以はなんだ?」
「……はっ? 何言ってーー」
「絶対的な強さと、それを補えるだけの個々の役目」
焔が答えを発する前に、断定する形で結んだ輝明の意味深な決意。
僅かに生じた疑念が、焔の判断を鈍らせる。
「オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会のチーム戦はダブル優勝で終わったがーー」
そこを突くように、輝明の真剣な表情が、一瞬で漲る闘志に変わった。
「……次に戦う時は容赦しない。全てを覆すだけだ」
「……ああ、そうこなくちゃな」
そう告げる輝明の口調に、焔が抱いていたような逡巡や不安の揺れはない。
輝明の振る舞いに、焔は心から安堵し、意思を固めた。
「輝明、おまえは俺が唯一、認めた主君なんだからよ!」
いつもの強気な輝明の言葉に、焔は断固たる口調で言い切る。
それは彼の過去が囁く焦燥か。
あるいは未来を求める際の心の枯渇か。
ーーいや、どちらでもあるのだろう。
絶望から解き放たれた焔の望みは、輝明とともに魔術という概念を変容させることなのだからーー。
きらめく灯りに、聞こえる喧騒に、そして、祝福を交わす喜びに。
ーー焔が煩わしさを感じたのは何時からだっただろうか。
見目麗しいもの、目新しいもの。
いつもとは違う非日常がある日はそれらを存分に楽しめる日でもあり、それゆえにそうした一日を過ごせば疲れもたまる。
「……ったく、退屈だぜ」
だが、焔の心を満たすような不可解な出来事はなかなか起こらない。
そもそも、日常が非日常に変わる日など、めったにお目にかからない。
焔は成すべきことを見出だせないまま、屋敷へと赴いた。
魔術そのものが非日常っていう考えもあるが、長年、魔術の家系の一人として長年、垣間見てきたせいか、慣れ親しんでしまっている節がある。
漏れる陽が細長い窓を暗く彩り、思考に沈む焔の髪をしめやかに撫で付けた。
視線を上げれば、表情が乏しい女性が儚げな眼差しをゆっくりと焔へ向ける。
「また、俺のお目付け役かよ……」
焔の冷たい視線が、虚ろな女性を射抜いた。
女性は人間ではない。
阿南家の魔術の使い手が用いる自動人形だ。
阿南家の魔術の家系の者は生来、魔術の影響を受け付けない。
それと同時に、魔術回路を内臓する自動人形を操る使い手という一面を持ち合わせていた。
人格も意思も持たず、阿南家の魔術の使い手の定められた指示にだけ従う存在。
彼らを使役し、阿南家の魔術の家系の者達は予見どおりに事が進めることができた。
目の前に佇む女性は、焔の祖父が操る自動人形だ。
頻繁に問題を起こす焔のお目付け役として、祖父は度々、彼女を焔のもとへと向かわせている。
今回もまた、監視の意味を込めて、焔のもとへと赴かせたのだろう。
「……煩わしいこと、この上ねぇな」
焔の無愛想な嘆きは、祖父には届かない。
目の前の女性にも伝わらない。
何も成せないまま、銘々の時間が経過する。
焔の内側で長年、燻り続けた想いがあった。
苛立ちを隠せない彼の心に、その感情がゆっくりと沁み出してくる。
魔術書を管理していた名高い黒峯家の魔術の家系の者達に悪意はなく、他の魔術の家系の者達にも悪意はなく、全てはただの符合に過ぎない。
それでも、嗚呼ーー。
「俺は阿南家の存在を、他の魔術の家系の者どもにーー世間に認めさせたいんだ……!」
他の魔術の家系の分家ーー付属品で在りたくなくて、阿南家という魔術の本家本元を識ってもらいたくて。
けれど、それは叶わない。
魔術の才に秀でるものは弛まぬ努力だけで、たとえ今からそれを阿南家の家系の者達が積み重ねたとしても、結実するまでには多くの時を必要とする。
人々の視線は魔術の本元へと向けられ続けて、阿南家はこのまま停滞していく。
それを誰かに気づかれることもないままーー。
「なら、それを覆せばいい」
誰ともない独り言を、しかし、聞き遂げた者がいた。
そう発したのは、焔が屋敷で幾らか見た覚えのある少年だった。
「おまえはおまえの役目を果たせ。僕は僕の役目を果たす。それだけのことだ」
焔の考えを認める人が、阿南家を識る人が、阿南家の家主の息子がこの上なく、不敵に告げる。
後に、主従関係を結ぶことになる二人。
輝明がいずれ、使役することになる桜色の髪の少女が二人の出逢いを祝福していた。
オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会のチーム戦決勝が予想外の結果で終わった後の観戦席ーー。
「『ラグナロック』が準決勝で敗北するなんてな」
元樹はその言葉を口にして、如何したものかと考え倦ねる。
準決勝で敗退したという事実は、玄達、『ラグナロック』の結束を固める形になった。
しかし、これからの指向は、余りにも判断に困るものであった。
チーム戦を敗退しても、綾花は玄達とともあかり達の戦いを観戦するためにこの会場内に残っていた。
それは言い換えてみれば、その間、綾花を捕らえるための絶好の機会を得ているともいえた。
もし、黒峯蓮馬さんの関係者がこの場に留まっているのなら、この好機に綾花を狙ってくるかもしれないな。
元樹の懸念に繋ぐように、拓也は慎重な面持ちで尋ねる。
「元樹、これからどうする?」
「今回、陽向くんには時間制限がなかった。黒峯蓮馬さんの強固な意思といい、今回の作戦には恐らく、誰か魔術に関わる協力者がいたんだと思う」
拓也の素朴な疑問に、元樹は状況を照らし合わせながら応える。
「協力者か……」
「阿南輝明さんの家系の人か、もしくは黒峯家の家系の人、あるいは魔術に関わっているプロゲーマーだろうな」
拓也の躊躇いに応えるように、元樹は今までの謎を紐解いて推論を口にした。
「この大会が終わったら、改めて阿南輝明さんに会うつもりだったけれど、もう帰ってしまったみたいだな。なら、総合病院に行って、陽向くんに改めて事情を聞くしかないな」
「そうだな……」
思考を重ねる元樹に対して、拓也は警戒するように周囲を見渡す。
周囲の時間が停止したという、現実離れしたことが目の前で起きていたというのに、それに気づいているのは自分達だけという事実。
それは薄気味悪く、鳥肌が立つ現象だ。
だが、ただ一つ明らかなことがある。
これから玄の父親達が本腰を入れて、綾花を奪いに来る。
それと同時に、魔術に関わる家系の者達が動き始めようとしていた。
恐らく、玄の父親達の思惑とは別の目的でーー。
「陽向くんが入院している病院には、黒峯蓮馬さん達もいるんだろうか?」
「そうかもしれないな。でも、たとえ、黒峯蓮馬さん達がいたとしても、俺達は今回のことに関して、陽向くんから事情を聞く必要があると思う」
拓也が抱いた不安を吹き飛ばすように、元樹は決意とともに宣言した。




