第五章 根本的に明日の君がきっと泣くから⑤
「三崎カケルさんの父親が、麻白を死なせる原因を作ってしまったのか……」
元樹から伝えられた思わぬ真実。
その事実が、拓也の心に重くのしかかっていた。
「ああ。ただ、準決勝の前に、綾は玄達とともに、三崎カケルさん達と遭遇したと言っていた。その時に、玄達とは和解したみたいだけどな」
「そ、そうなのか……!」
元樹の発言は、現実を伴って、拓也の耳朶を震わせた。
「ただ、少なくとも黒峯蓮馬さん達とは和解していない。それなのに、三崎カケルさんが『クライン・ラビリンス』に入ってからは、社会的制裁を行っていないみたいだな」
元樹は不可解そうに疑念を示す。
現状把握している情報の中には、カケルの父親の話題は報道などされておらず、人々にほとんど周知されなくなってきている。
カケルが『クライン・ラビリンス』に加入した際には少し騒ぎになったようだが、それもすぐに消失してしまった。
ーー三崎カケルさんの父親の話題は、麻白の事故とともに連日報道されていた。
それなのに、三崎カケルさんが『クライン・ラビリンス』に入った途端に、その話題が途絶えたのは何故なのか?
元樹のその疑問は論理を促進し、思考を加速させる。
そうして、導き出された結論は、元樹が今の今まで考えもしない形をとった。
そういえば、麻白の事故の報道も、その頃から少なくなっていったな……。
輝明さんがチームリーダーを務めるチームに入った途端に、三崎カケルさん達への制裁が途絶えた理由……?
不意に別の見解が、元樹の意識の俎上に乗る。
「もしかしたら、魔術の家系である輝明さんの家族が、三崎カケルさん達を護ってくれているのかもしれないな」
「なっ!」
拓也は驚愕しつつも、元樹の考えに苦心した。
「あの黒峯蓮馬さん達が手出しをしてこないのか。輝明さんの家系はやっぱり、黒峯蓮馬さんの家系と何かしらの関わり合いがありそうだな」
思いあぐねる拓也が目を向けた対戦ステージではまもなく、綾花達の準決勝が始まろうとしている。
拓也達は観客席から離れ、対戦ステージの後ろで綾花達のサポートに努めていた。
「さあ、お待たせしました! ただいまから、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会のチーム戦準決勝を開始します!」
オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会の会場で、実況がマイクを片手にそう口にすると、観客達はこれまでにないテンションでヒートアップし、万雷の歓声が巻き起こった。
「まずは、前回、前々回の大会の優勝チームである『ラグナロック』! そして対するのは、準決勝まで上がってきた『ラ・ピュセル』だ!」
「おおっ、『ラグナロック』、やっぱり、つええええ!」
「『ラ・ピュセル』、あの霜月ありさと元プロゲーマーがいる『囚われの錬金術士』に勝ったんだな!」
場を盛り上げる実況の声と紛糾する観客達の甲高い声を背景に、元樹はまっすぐ前を見据えた。
「雅山達もまた、魔術のことを知る者達だ。舞波が居候した霜月ありささんの家族といい、他にも魔術に関わった者達はいる」
「今回、黒峯蓮馬さん達に協力していた魔術の関係者か。対戦チーム、実況、スタッフ、観客などを含めて、全てが要注意人物なんだな」
「ああ」
拓也の懸念材料に、元樹は神妙な面持ちで同意する。
魔術に無関係を装いながらも、作為的な嘘で錯落たる幻想を紡ぐ。
今回、玄の父親達に協力した者はそのような鳴りを潜めていた。
「それにしても、舞波が引き起こした騒動は数え切れないほどあるな」
拓也は改めて、観客席から上がった発言に目を向ける。
『霜月ありさ』。
拓也達がその人物を初めて知ったのは、玄の父親の会社に属するボーカルスクールから逃走を成し遂げた出来事に繋がっていた。
玄の父親達の魔の手から、あかり達の身を護るために別のことへと視野を向けさせる。
そのために、綾花がーー麻白がオンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ4』の主題歌を歌うことへのプロデュースをするーー。
しかし、それは想像していた以上に難解で困難極まりないことなのだと、拓也達は痛感させられていた。
なにしろ、綾花はレッスン初日だったのにも関わらず、玄の父親の手によって、麻白としての記憶を完全に施されてしまったからだ。
そして、これから綾花がーー麻白が通うことになるボーカルスクールは、玄の父親の会社に属する事務所である。
綾花が麻白として初めてボーカルスクールの事務所に行った日、拓也達はそれを嫌というほど実感することになった。
あの日、昂の魔術によって、辛くもボーカルスクールから逃げ延びた綾花は自責の念を抱いていた。
『たっくん、たっくん。わ、私、私、本当の意味で、麻白として生きていくことになってしまったの』
『……ああ、分かっている。分かっている。綾花、護れなくてごめんな』
泣きじゃくる綾花の頭を、拓也は穏やかな表情で優しく撫でる。
『綾、俺も護りきれなくてごめんな』
元樹は、そんな綾花のもとに歩み寄ると、そっと彼女を抱き寄せた。
その時に昂がうっかり口にした発言が、更なる騒動を巻き起こすことになる。
『姿を変えた人物の能力をコピーする』という魔術道具を、居候先の少女ーーありさに使用したという事実だ。
これを期に、昂の二度目の家庭訪問が強制的に行われたことによって、夏休みの間に昂が引き起こした数々の問題が発覚する。
そのことにより、昂の家族は全国各地を謝罪して回ることになったーーのは別の話だ。
今、気にするべき本題は、昂が魔術に無関係の人々に対して、大きく関わっているという事態だ。
それは相次いで揉め事を起こす昂だけではなく、玄の父親達もまた、魔術に無関係の人々に対して、何かしらの事情を交えて関わっているかもしれない。
「『クライン・ラビリンス』か……」
観戦していた拓也はおもむろに、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第三回公式トーナメント大会のチーム戦の決勝で綾花達が対戦したチーム、『クライン・ラビリンス』についてのことをネット上で検索してみた。
そして、表示された『最強のチーム』という評価の高さを見ながら、こっそりとため息をつく。
拓也はあの時、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第三回公式トーナメント大会のチーム戦の決勝の際に交わした元樹との会話を思い起こす。
『俺は『クライン・ラビリンス』についてよく知らないけれど、あの玄達と互角に渡り合えるなんて、すごいチームなんだな』
『ああ。兄貴も、阿南輝明は油断できない相手だと言っていたからな』
似たような言い回しに眉をひそめ、直前に見たネット上の『クライン・ラビリンス』の内容を再考し、拓也は目を見開く。
『それって、あの阿南輝明の固有スキルのことか?』
『ああ。通常、連携技は複数使えるが、必殺の連携技は一つしか使えない。だが、阿南輝明は固有スキルを使用することで一度だけ、別の必殺の連携技を使うことができる』
『クライン・ラビリンス』が、『最強のチーム』だと言われている。
その理由を慎重に見定めて、拓也はあえて軽く言う。
『確か、すごい必殺の連携技なんだよな』
『ああ。阿南輝明が、固有スキルを使うことによって使用できる必殺の連携技は反則的な威力だ。例え、兄貴でも、単純に正面から相対したら、とても防ぎきれるものじゃない』
拓也は今回の魔術の騒動で生じた疑問を解くために、過去の記憶を掘り起こす。
あの頃は、輝明さんと関わりを持つことになるとは思わなかったなーー。
それだけ、拓也達を取り巻く環境は大きく変容していた。




