第四章 根本的に明日の君がきっと泣くから④
「うーむ、何を書けばよいのだ? 我には分からぬ」
昂は真っ白な謝罪文と格闘していた。
せめて、綾花達の対戦の時間までには間に合うように、と昂は不退転の覚悟で挑んだ。
そうーー挑んだのだが、シャーペンを持つ手が止まったまま、一向に先へと進まない。
「我は母上とともに、編入試験というものを既に受け、謝罪文を送ったはずだ。それなのに何故、我は今、母上に見張られながら再び、謝罪文を書かされているのだ。我は、魔術書を取り戻したかったから、大会会場で暴れていただけだというのに」
そう叫びながら、昂は隅々まで高校から送られてきた書類を凝視する。
そこには、通信制高校に編入するために必要な書類と、試験を途中で抜け出したことへの謝罪文の提出が改めて求められていた。
1年C組の担任と汐は、昂が大会会場で暴れた際の不手際に対して、大会スタッフ達に謝罪をしに行っている。
昂は書類をめくると、不満そうに眉をひそめてみせた。
「我は、綾花ちゃんに会いたいのだ。今すぐ、会いたいのだ。…‥…‥むっ、まてよ」
そこで、昂ははたとあることに気づく。
「もうすぐ、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会のチーム戦の準決勝ではないか! 母上、このようなことをしている場合ではないのだ! 我は今すぐ、綾花ちゃん達とあかりちゃん達を応援をしに行かねばならぬ!」
「……ほう、それで」
昂が尊大な態度で言ってのけると、昂の母親の冷淡無情な声が響いた。
あくまでも淡々としたその声に、昂はおそるおそる声がした方を振り返った。
「……は、母上」
「瀬生さんのことは、井上くん達に任せているから、昂は謝罪文を書き終わるまでは、ここにいるんだよ!」
「母上、あんまりではないか~!」
昂の母親が確定事項として淡々と告げると、昂が悲愴な表情で訴えかける。
「……と、言いたいんだけどね」
「むっ?」
昂が怪訝そうに首を傾げていると、昂の母親は本題に入った。
「何でもこの会場内に、黒峯さん達の協力者がいるみたいなんだよね。布施くんから、その調査を頼まれたんだけど、昂、何かを感じるかい?」
「黒峯蓮馬と黒峯陽向の協力者だと!?」
予想外な昂の母親の発言に、昂は大会会場内に魔力を発動するような者がいるのか、意識を傾ける。
しかし、昂の周囲からは魔力を感じられない。
「うーむ。魔力は感じぬが、黒峯蓮馬と黒峯陽向の協力者か。我の知らぬところで、そのような者の存在がいたとはな」
新たな敵の存在に、昂は両手を組んで不敵な笑みを浮かべた。
「昂、協力者の調査には、謝罪文を書き終わってから参加するんだよ」
「もちろんだ、母上」
きっぱりと告げられた昂の母親の言葉に、昂は嬉しくなってぱあっと顔を輝かせた。
『すまぬ。誠にすまぬ。だから、我を合格、もしくは我に『高校卒業証明書』というものを渡してほしい』
昂はさらに、意味不明な要望書――謝罪文を書き終える。
昂が高校を卒業した証明である『高校卒業証明書』のことを知っている理由ーー。
それは、先程まで昂が見ていた通信制高校に編入するために必要な書類と一緒に記載されていたからだ。
謝罪文を掲げた昂は堂々とのたまった。
「母上、謝罪文を書き終えたのだ!」
「なら、一度、その謝罪文を確認してから、調査に移ろうかね」
意気込む昂の心中などお構いなしに、昂の母親は所感を述べる。
昂が以前、書いた謝罪文の内容を見越して、昂の母親はそう結論付けたのだ。
「うおおおおおおっ! ……お、恐ろしい言葉が飛び出してきたのだーー!!」
予想外の言動に、昂は拒絶するように両手を前に突き出しながらひたすら絶叫する。
昂の母親が目を走らせると、案の定、謝罪文には昂の願望そのものが記載されていた。
「……昂、この謝罪文は書き直すんだよ!」
「母上、あんまりではないか~!」
にべもなく名言する昂の母親の姿に、昂は戸惑いを加速させる。
「謝罪文とは一体、どのように書けばいいのだーー!!」
謝罪とは無縁。
自他ともに認める昂はひたすら頭を抱える。
昂の謝罪文の修正は思わぬ方向へと発展し、さらに泥沼化していくのだった。
「なあ、元樹。『クライン・ラビリンス』は、輝明さん以外にどんなメンバーがいるんだ?」
昂が謝罪文と格闘していた頃、拓也は以前から疑問に思っていたことを口にした。
魔術という戦いの山場を越えても、綾花達の前にはオンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会のチーム戦で対戦するプレイヤー達が立ち塞がる。
その最大の難関となる『クライン・ラビリンス』に、拓也は興味を示していた。
「輝明さんが魔術の家系の一人なら、他のチームメンバーにもその関係者がいるかもしれない」
魔術の家系の一人である輝明がチームリーダーを務める最強と名高いチームの存在。
以前のオンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第三回公式トーナメント大会のチーム戦の決勝戦で、拓也はその戦いを目の当たりにしている。
だからこそ、玄達のように、輝明の周りにも魔術に関わる者が近くにいるかもしれない。
その可能性がーー今まで拓也が経験した体験から現実味を持っていた。
「輝明さん以外のチームメンバーにも、魔術に関わる者がいるかもしれないのか?」
拓也が発した言葉に、元樹の周りでぴりっと張り詰めた緊張感が溢れる。
「まあ、確かにその可能性はあるかもしれないな」
元樹は周囲を視野に入れながらそう判断した。
「高野花菜さんと高野当夜さんは、『クライン・ラビリンス』が発足した当時からいるメンバーだ。輝明さんは彼らに誘われて、『クライン・ラビリンス』に入ったみたいだな」
「『クライン・ラビリンス』は、輝明さんが発足したチームではないんだな?」
「ああ。輝明さんは元々、個人戦の方に興味を示していたようだからな。当夜さん達に勧誘されたことがきっかけで、『クライン・ラビリンス』に入ったのかもしれない」
拓也が発した疑問に、元樹は自分の意見を交えて応える。
「もう一人のチームメンバーの三崎カケルさんは、輝明さん自身が勧誘したって噂で聞いたよな」
「輝明さん自身が……?」
拓也は、元樹が発したその言葉の意味を問い直す。
「ああ。三崎カケルさんは『チェイン・リンケージ』のモーションランキングシステム内で、六位の実力者だ。そして……」
元樹はその続きを口にするのを躊躇うように、表情を曇らせた。
どこか辛辣そうな元樹の様子に、拓也は疑問を覚える。
「元樹……?」
「拓也、その、三崎カケルさんの父親はーー」
そう前置きして、元樹から語られたのは、拓也の想像を絶する内容だった。
「麻白に人身負傷事故ーー本来は人身死亡事故を起こした加害者である運転手だ」
「なっ!」
元樹が告げた意外な事実に、拓也に動揺の声が漏れた。
悲しみの焔は揺れ踊る。
在りしき日々は過去の残照とともに、玄の父親の心にいまだ垣根を残していた。
それでも現在、カケルとその家族に、玄の父親達による社会的制裁がないのには理由があった。




