第三章 根本的に明日の君がきっと泣くから③
「今回、陽向達に協力していた関係者って、もしかしてプロゲーマーじゃないよな」
ステージへと目を向けた大輝が改めて、不安を口にする。
大輝の視界の先で、他のチームのキャラ達が勝利を掴むために熾烈を争っていた。
オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会、チーム戦。
そこには、プロゲーマー達も観戦に来ているかもしれない。
渦巻く陰謀と魔術が取り巻く異常性。
大輝達が知らない間にも、それはオンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会、チーム戦の裏側で蠢いている。
「陽向達が使った時を止める魔術は、魔術書を消滅させるような代物なんだな」
状況がいまいち呑み込めず、大輝は苦々しい顔で眉を顰める。
時間を止める魔術という神業を起こしてきた玄の父親達。
今回、何故か、時間制限のなかった陽向の謎。
拓也が感じた不可解な視線。
まるで玄の父親達に新たな協力者がいることを示すように、綾花がステージに戻ってきた途端に動き始めた時間。
魔術の関係者である玄とその友人である大輝が周知することができなかった謎の数々。
「ああ。大会が終わったら、父さんに詳しい話を聞いてみる必要がありそうだ……」
大輝が発した疑問に、玄は状況を窺知し、加味していく。
「父さんに直接、確かめてみる」
「おじさんに?」
玄の静かな決意に、大輝は躊躇うように問いかけた。
「父さんの書庫には、鍵がかかっていて入ることができない。だから、父さんに直接、会って、真相を確かめてみるつもりだ」
「玄、無理はするなよな」
「ああ」
玄の意思に応えるように、大輝は決然として傍らの綾花を見遣る。
「だけど、今日は大会が終わったら、麻白と一緒に陽向のお見舞いに行くんだろう?」
「……ああ」
大輝が振った話題に、玄は搾り出すように言葉を発した。
「陽向か……。おじさんと陽向、どちらかが真相を話してくれたらいいよな」
「そうだな」
大輝の気遣いに、玄は僅かに表情を綻ばせる。
「なるほどな。プロゲーマーが、この大会を観戦に来ていることがあると兄貴も言っていた。プロゲーマーが、今回の件に関わっている可能性も捨てきれないよな……」
大輝の発言を聞いた元樹は、今回の件との関連性を視野に入れた。
時を止めるほどの極大魔術。
今回の一件に、プロゲーマーが関わっているのかもしれない。
もしかしたら、魔術の関係者はプロゲーマーの一人、もしくはプロゲーマーの関係者なのかもしれない。
元樹は今回の件の真相を求めて、観戦席へと目を向ける。
だが、その真相に迫るにはまだ、判断材料が足りなかった。
「元樹、これからどうする?」
「とにかく、相手の出方を窺うしかないな」
観戦席に視線を投じた拓也の疑問に、元樹は思考を巡らせる。
大輝が発したプロゲーマーという存在。
だが、まだ、結論づけるには情報が足りない。
魔術の関係者はプロゲーマーではなく、別の可能性もある。
真相解明の端緒を掴むために、大会を観戦しながらも元樹達は手がかりを求めていった。
「何故だーー! 何故、我は今、こうして謝罪を繰り返しているのだ!!」
1年C組の担任達によって会場の外へと連れられた昂は、頭を抱えて虚を突かれたように絶叫していた。
まさに、昂の心中は穏やかではない状況だった。
視界に映るのは、毅然とした態度で立つ昂の母親だ。
昂がいる場所は、昂の母親がワゴン車を止めている駐車場である。
「我は、綾花ちゃん――麻白ちゃんとあかりちゃんの戦いを見たかったというのに……」
怒り心頭の昂の母親に見張られながら、昂は心底困惑しながらも一心不乱に謝罪を続けている。
大会が続いているのに、昂がここにいる原因は大会会場内での昂の言動そのものにあった。
「我は納得いかぬ!」
玄の父親と陽向が去った後――。
動き出した会場内の様子を見た昂は、地団駄を踏んでわめき散らしていた。
「おのれ~、黒峯蓮馬と黒峯陽向! 我との決着の前に逃げるとは許さないのだ!」
昂は、陽向と玄の父親との決着が不完全燃焼で終わったことを根に持っていた。
まるで憂さ晴らしのように、昂はところ構わず大会会場内を暴れ回る。
「こうなったら、魔力が回復次第、黒峯陽向がいる病院という場所に乗り込んで魔術書を奪い返してやるのだ!!」
昂は名案とばかりに、意気揚々に拳を突き上げる。
しかし、陽向との決着をつけられなかったことに傾倒し、会場内を暴れていた昂が行き着いた先は、1年C組の担任達と大会会場のスタッフ達による連行という非情な現実だった。
「我は謝罪を終え次第、綾花ちゃんと一緒に魔術書を取り戻しに行きたいのだ……。そして、綾花ちゃんを護ってみせるのだ……」
「舞波は相変わらずだな」
「ダーリン、反省の色が見られない気がする」
それでも自分が置かれた状況を省みず、昂は土下座をして請うように懇願する。
昂のあまりの無謀無策と開き直りによる空謝り。
対応に困った1年C組の担任と汐が辟易した。
「綾花ちゃんに今すぐ、会いたいのだ……」
「……ほう、それで」
昂が不服そうに機嫌を損ねていると、昂の母親が大した問題ではないように至って真面目にそう言ってのける。
あくまでも淡々としたその声に、昂はおそるおそる顔を上げた。
「……は、母上」
「……昂、今がどんな状況なのか、分かっているんだよね。通信制高校から謝罪文の再提出が求められていたけれど、何を書いたんだい。まさか、また、変なことを書いたとは言わないだろうね」
全身から怒気を放ちながら、昂の母親は昂を睨みすえる。その声はいっそ優しく響いた。
「ひいっ!? は、母上、話を聞いてほしいのだ! 我はただ、普通の謝罪文を書いたまでだ。あの謝罪文には、我の想いの全てを込めたのだ。再提出になるはずがなかろうーー」
昂は恐怖のあまり、総毛立った。ふるふると恐ろしげに首を振る。
『すまぬ。だから、我を保留ではなく、合格にしてほしい』
昂はあの日、即座に書き上げた、意味不明な謝罪文を思い起こす。
昂が完璧だと誇っていたあの謝罪文はやはり、通信制高校の試験官達には掴みどころのない内容だったのだろう。
「謝罪文を書き終わるまでは、ここにいるんだよ!」
「母上、あんまりではないか~!」
昂の母親が確定事項として淡々と告げると、昂が悲愴な表情で訴えかけるように手を伸ばす。
「な、何故だーー! 何故、こんなことになったのだ!!」
昂の嘆きは、昂の母親には届かない。
昂の母親の無慈悲な宣告に、昂は頭を抱えて虚を突かれたようにひたすら絶叫していたのだった。




