第八十ニ章 根本的に願いを掴むためのその代償⑧
魔術に関わる家系の者ではないのに、魔術を行使する昂。
黒峯家とは別の魔術に関わる家系の人間である輝明。
陽向は異なる経緯の二人に興味を示す。
魔術の素質がなかった僕も、昂くん達のような魔術を使える存在になりたい。
それは陽向が昂と輝明の存在を知る前も、知った後も、変わることのなかった不変の事実。
媒介した魔術書に記載されているものだけだが、陽向は魔術を行使することができた。
それは一時的とはいえ、陽向は昂達と同じように魔術を使えるようになったといえるのかもしれない。
だからこそ、それを叶えてくれた玄の父親の力になりたいと願った。
「僕達は、麻白を取り戻すことを諦めないよ」
「「「陽向くん!」」」
綾花の分身体達に対して発せられた陽向の矜持と決意。
陽向は改めて、意気込んでいる昂に催促した。
「ねえ、昂くん。次こそは君の魔術書は全て、僕がもらうからね。もっとも今、もらえると嬉しいな」
「我の魔術書を、誰にも渡すはずがなかろう!」
陽向の申し出に、昂が拳を突き上げながら地団駄を踏んで喚き散らす。
「でも、今回は昂くんにも何処にあるのか、分からないんだよね?」
「たとえ、知らぬとも、我は魔術書を自由自在に読み明かし、なおかつ魔術書を守りたいのだ。その上で、黒峯蓮馬達と黒峯陽向を返り討ちにしてくれよう。そして、綾花ちゃんを護ってみせるのだ!!」
「……あのな。無茶苦茶なことを言うなよ」
無謀無策、向こう見ずなことを次々と挙げていく率直極まりない昂の型破りな思考回路に、元樹は抗議の視線を送る。
昂が絶対的な勝利を確信し、断言するーーその姿を視界に収めた陽向は身も蓋も無く切り出した。
「でも、昂くん。今回、僕達を返り討ちするのは無理じゃないかな。僕はもうすぐ、消えるし、叔父さんも気絶しているから」
「そんなことはどうでもいい! 今すぐ、我の魔術書を置いて、ここから立ち去るのだーー!!」
撤退姿勢を取る陽向を前にして、昂は臨戦態勢を展開すると言わんばかりに両手を広げて目を見開いた。
陽向はそれを無視すると、綾花の分身体達に対して宣告する。
「麻白、また、会いに来るね。僕達は、麻白が麻白として生きることを拒んでも諦めないよ」
「「「陽向くん……」」」
慈悲深く、そして偽りなく囁かれる確固たる意思。
陽向の意味深な発言に、綾花の分身体達は声に不安と躊躇いを滲ませる。
「陽向くん、頼む。時間を動かしてもらえないか?」
あっさりと踵を返した陽向に、元樹が慌てて声をかけた。
「心配しなくても、僕達がいなくなれば、時間は動き始めるよ。まあ、だけど、僕としては元樹くん達がどんな手を使って止められた時間を動かそうとしてくるのか、知りたかったな」
そのまま、魔術を使おうと手を掲げたところで、陽向はふと思い出したように振り返った。
そこには、玄の父親のもとに駆け寄った美里の姿があった。
「ねえ、美里さん。叔父さん達も一緒に、魔術で運んでもいいかな?」
「はい。陽向くん、お願いします」
手を掲げた陽向の確認に、美里は丁重に一礼する。
「輝明くんだったよね? 次に会った時は、君の力を見てみたいな」
陽向は未知数である、輝明の魔術を垣間見ることを望んでいる。
だからこそ、好敵手である昂だけではなく、輝明に興味を示す事も当然の帰結だった。
「陽向くん!」
「おのれ~、黒峯蓮馬と黒峯陽向! 我との決着の前に逃げるとは許さないのだ!」
元樹と昂の叫びをよそに、陽向は玄の父親達のもとに移動するとそのまま、その場から姿を消していったのだった。
綾花達が新たに知った魔術の家系の存在。
そして、時を止めるという魔術書を消滅させるほどの極大魔術。
綾花達はまだ、何も知らなかった。
昂が綾花に進を憑依させたことを発端に、綾花達の周辺で大きく情勢が動き始めていることをーー。
オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会のチーム戦の先にある魔術という道標。
「輝明……」
息子の安否を気遣い、彼女の吐き出された想いが虚空を漂う。
「あなたを巻き込んでしまってごめんなさい。でも、あなた達だけは絶対に私が守るから」
過ぎ行く過去の過ちとともに、彼女は牢乎たる志を示す。
『魔術争奪戦』という名の戦いが勃発する。
その日を見据えてーー。
次話から、新章、「魔術深淵編」に入ります。
どうかよろしくお願いします。




