第八十一章 根本的に願いを掴むためのその代償⑦
三人の麻白はーー綾花の分身体達は拓也を護るように手を広げる。
想定外の事態に、拓也の迎撃に動こうとしていた玄の父親は身動きを止めた。
拓也はその間隙を突くように、魔術の知識の防壁へと攻撃を叩き込んでいく。
拓也と元樹による、絶え間ない攻撃のコンビネーション。
捕らえようとしてくる警備員達に対して、元樹は魔術道具を用いた素早い動きで翻弄する。
拓也はその隙に、玄の父親の動きに合わせて攻撃を叩き込む。
「「「たっくん達には手出しはさせないよ!」」」
「これならどうだ!」
観客席にいる綾花達の援護を受けた拓也は、魔術の知識の防壁に抉るような一撃を放つ。
何十回目の連打は、屈強なはずの玄の父親の魔術の知識の防壁に罅を入れた。
私の魔術の知識の防壁に罅が入ったのかーー。
玄の父親が口にするまでもなく、状況は見て取れた。
玄の父親を護る魔術の知識の防壁に罅が入っている。
『俺達の次の攻撃は必ず、あなたの魔術の知識の防壁を打ち破ります! そして、あなた達に止められた時間を動かしてみせます!』
拓也が口にした言葉どおり、自身の魔術の知識の防壁が打ち破られようとしていた。
その可能性が、僅かに生じた疑念が、玄の父親の判断を鈍らせる。
「魔術の知識の防壁に罅が入ったら、そこを突けばいい」
輝明は拓也達のその気概に促されて、自分のするべき事を理解する。
輝明は目を伏せて、目の前の相手に神経を集中する。
もう一度、魔術の知識の防壁へと意識を向ける。
だが、これは魔術の知識の防壁を打ち破る為だけの戦いではない。
止められた時間を動かす為の戦いだ。
「まさか、私の魔術の知識の防壁を打ち破るつもりなのか? 本当に、時間を動かす手段を見つけたのか?」
玄の父親は現状を把握する事に気を取られ、画一的な攻防に終始してしまっていた。
「いや、私達の干渉なしで、時間が動き始めるはずがない」
玄の父親は自身の思考を否定するように、冷たい激情を迸らせる。
そこを突くように、輝明の真剣な表情が、一瞬で漲る闘志に変わった。
「……あの位置だ!」
「あの位置?」
輝明が指し示した方角を、綾花は目で追う。
そこには、玄の父親の魔術の知識の防壁の罅。
その防壁の隙間から、細い光が床を伝って微かに溢れていた。
「たっくん、元樹くん。あたしが攻撃した場所に集中して!」
「ああ」
「分かった」
輝明の意図を把握した綾花は、即座に分身体達を操り、拓也達に声をかける。
綾花の分身体が攻撃を叩き込んだ場所めがけて、拓也と元樹は疾走した。
様々な思惑が入り交じる混戦の中、警備員達の手が一斉に元樹達へと迫る。
「ーーっ!?」
しかし、その瞬間、拓也と元樹の姿が消失する。
元樹が魔術道具を使って、一瞬で玄の父親のもとまで移動してきたからだ。
そして、二人同時に、玄の父親の体勢を崩すために足払いをした。
「……っ!」
静と動。
本命とフェイント。
元樹は移動に魔術道具を用いて、玄の父親の意表を突くと、緩急をつけながら時間差攻撃に徹する。
「なっ!」
間一髪で難を逃れた玄の父親の虚を突くように、今度は拓也が蹴りを放ち、攻撃を重ねる。
二人の息の合った連携攻撃。
それは、中学時代から培ってきた長年の盟友の絆の証。
拓也と元樹、二人のコンビネーションは玄の父親達を前にして獅子奮迅の活躍を見せていった。
絶え間ない攻撃を前にして、玄の父親を護る魔術の知識の防壁の罅が広がる。
「「はああああっ!」」
「ーーっ!?」
やがて、拓也と元樹の強烈な蹴りを受けて、玄の父親を護っていた魔術の知識の防壁が高い音を立てて壊れた。
陽向が魔術を使っているため、自身を護る魔術の知識の防壁しか使えない玄の父親。
だが、それすらも打ち破られ、完全に無防備な状態に追い込まる。
「拓也、一気に行こう!」
「ああ!」
そこを突くように、元樹と拓也が間合いを詰めてきた。
自分の想定を越える綾花達の団結力にーー玄の父親は口元を綻ばせる。
玄の父親が持っていた既知というアドバンテージは引き剥がされ、ここから先はどんな展開が待っているのか分からない。
だが、それでも、玄の父親は麻白を求める。
「麻白は麻白だ……」
身を焦がすあらゆる感情を呑み込んで、玄の父親は大切な娘の名前を口にした。
たとえーーいつか現実が、理想を呑み込んでしまったとしても、玄の父親は頑なに事実を拒む。
「君達がいくら拒んでも、麻白が否定したとしても……私は諦めない」
玄の父親はただ、弱音を吐いたように心を病み、顔を俯かせて悲痛な声を漏らす。
まるで、自分自身に言い聞かせるように、玄の父親は自身の理想を体現しようとする。
叶わぬ願いを実現させるためにーー。
「麻白は取り戻す!」
狂おしいほどの愛を込めて、玄の父親は麻白にーー綾花の分身体達に手を伸ばす。
玄の父親の手が綾花の分身体達に届く前に、拓也と元樹は接近していた。
「綾花は絶対に守ってみせる!」
「綾は渡さない!」
拓也と元樹は間断なく攻撃を繋いでくる。
自身を護る術がない玄の父親は、拓也と元樹の猛攻をなす術もなく食らうしかなかった。
「叔父さん!」
陽向の悲鳴が虚しく、大会会場内を木霊する。
「どうして……。叔父さんの魔術の知識の防壁は絶対に破れないはずなのに……」
陽向は信じられないものを見たように、顔を俯かせて悲痛な声を漏らした。
昂はそれを見越した上で、徹頭徹尾、自分自身のためだけに行動を起こす。
「決まっているであろう。偉大なる我が、この状況を生み出したからだ!」
「えっ? 昂くん、何かしたの?」
意気揚々に語る昂の発言に、陽向は反応する。
またしても図らずとも、ブラフをかける昂。
だが、当の本人は虚実をない交ぜにし、ハッタリを噛ませながら語り続けていた。
「黒峯陽向! 今から思う存分、我の魔術の凄さを知らしめてやるのだ!」
事情を察すると同時に、陽向は残念そうに首を振った。
「うーん、昂くん。残念だけど、それは叶わないかな……」
「むっ! 貴様、どういうことなのだ!!」
陽向の否定に、昂は警戒するように両手を前に突き出す。
「僕は叔父さんの魔術の知識の力で、この場に顕在化している。だから、叔父さんが気絶した今、僕はこの場には居られない」
「我は納得いかぬ! 貴様、またしても勝ち逃げするつもりなのか!」
「僕も納得できないけれど、とりあえず今回は昂くんの勝ちでもいいよ」
捲し立てる昂の言葉を遮り、陽向は説明を続ける。
「それにしてもまさか、叔父さんの魔術の知識の防壁が打ち破られるなんて思わなかったな」
昂の意気がる様子を眺めながら、陽向は深く大きなため息をついた。
「輝明くんの真価を見極めたかったけれど、その時間もないかな……」
徐々に薄れていく自身の姿を確認した陽向は意気消沈する。
「『あの人』も、今回ばかりは力を貸してくれなさそうだからね」
陽向は牢乎たる志を持って告げた。




