第八十章 根本的に願いを掴むためのその代償⑥
玄の父親の目の前に突如、現れた麻白の分身体達。
彼女達はまるで申し合わせていたように、玄の父親を見上げる。
「父さん」
「あたしが本物の麻白だよ」
「ううん、本物はあたしだよ!」
「麻白」
言うや否や、玄の父親のもとにゆっくりと歩み寄ってきた三人の麻白に対して、玄の父親はふと手を伸ばした。
その袖をつまんで、自分の方へと引き寄せる。
だけど、その手はいつのまにか虚空をつかみ、一瞬前まで、確かに自身のもとに引き寄せていたはずの麻白は、三人とも影も形もなくなっていた。
突如、起こった不可解な現象に、玄の父親は眉をひそめる。
「……全て分身体、か」
麻白が消えた事情を察して、玄の父親は忌々しそうにつぶやいた。
それを目撃した玄の父親は改めて、自身の意識を転換する。
「麻白の分身体をいくら出そうとも、本物の麻白の居場所さえ特定すればいいだけの話だ」
「まあ、そうくるだろうな」
嘲笑うような玄の父親の言葉に、元樹はまっすぐに玄の父親を護るーー屈強な魔術の知識の防壁を見据える。
「だけど、特定する前に、複数の麻白の分身体に迫られたら対処は厳しいよな」
確信を持った笑顔。
その表情を見た瞬間、玄の父親は元樹達の思惑を理解した。
「「「あたし達も、たっくんと元樹くん達と一緒に戦うよ!」」」
「……なるほど。これが君達の狙いか」
新たに姿を現した麻白の分身体を見据えて、玄の父親は表情に驚きの色を滲ませる。
「麻白、一気に攻めよう!」
「「「うん!」」」
「……麻白っ」
拓也の指示に、麻白の分身体達は一斉に動く。
複数の麻白の分身体達の連続攻撃に対して、玄の父親は反応できない。
警備員達が捕らえようとしても、麻白の分身体達は触れた瞬間、その場で姿を消してしまう。
そして、すぐに新たな麻白の分身体達が現れ、補充される。
盲点を突いたその協力攻撃は、玄の父親達をことごとく困惑させた。
本物の綾花を認識することが出来ないまま、玄の父親を護る魔術の知識の防壁はその協力攻撃をまともに食らい続ける。
だが、玄の父親もさるもの。
幾度となく、魔術の知識の防壁に打撃を打ち込まれようとも意に介さない。
「麻白の分身体がいるのなら、本物の麻白はまだ、この会場のどこかにいるはずだ。警備室などは全て封鎖している。以前、用いてきた監視カメラは使えないはずだ」
玄の父親はむしろ、警備員達に指示を出し、拓也達だけではなく、新たに現れた麻白の分身体達をも追い込んでいく。
壁のように迫り来る様は、まるで密集陣形のようだった。
「僕はここから何をすればいい?」
激しく動く戦局を眺めながら、輝明は自問自答する
「この状況を覆すためにはーー」
「『絶対的な強さと、それを補えるだけの個々の役目』……だろう?」
輝明が答えを発する前に、綾花は断定する形で結んだ。
「ああ、そうだな!」
輝明の心に確かな勇気が沸いてくる。
「魔術の知識の使い手。おまえ達の思いどおりにはさせない。全てを覆すだけだ!」
輝明は時間を止めている魔術の綻びを突き止めるために、自分ができることを模索した。
自身に眠る魔力。
自身が抱く確かな意思。
時間が止められたままの仲間達を救う手立てを探すために、輝明は改めて、自身に秘められたその力の意味を問い直す。
「このままでは埒が明かないな。黒峯蓮馬さんの魔術の知識の防壁を打ち破るためには、まだ何か足りない」
輝明と同様に、元樹もまた、状況を改善するために思考を走らせる。
『まさか、時間を動かす手段を見つけたのか……?』
黒峯蓮馬さんはあの時、そう言っていた。
つまり、それは時間を動かすための何かしらの手段があるということなんだろうなーー。
元樹のその疑問は論理を促進し、思考を加速させる。
そうして、導き出された結論は、元樹が今の今まで考えもしない形をとった。
「拓也、麻白。もしかしたら、時間を止めている魔術には何かしらの綻びがあるのかもしれないな」
「なっ!」
「「えっ?」」
予想外な真実を突き付けられて、拓也と綾花の分身体達が目を見開く。
「その綻びの場所を発見することができれば、時間を動かすことができるかもしれない」
「……なるほどな」
元樹の提案に、拓也は躊躇いながらも頷いた。
時間を止めている魔術の綻びの場所は特定もーー判明さえもしていない。
だが、それでも拓也達は決意を固め、前を見据える。
陽向と攻防を繰り広げている昂達。
そして、観客席で援護してくれている綾花達。
頼りになる仲間達がここにいるからーー。
みんなと一緒なら、この困難を乗り越えられると知っているからーー。
拓也と元樹は敢えて、玄の父親の魔術の知識の防壁を破るための攻撃に集中した。
「元樹、麻白、同時に行こう!」
「ああ、そうだな!」
「「うん!」」
拓也と元樹、そして綾花の分身体達は警備員達による絶え間ない攻撃を躱しながら、魔術の知識の防壁への攻撃を続ける。
「君達の連携には驚かされるな」
元樹と拓也の怒涛の連携攻撃と綾花の分身体達の撹乱作戦は、なおも玄の父親の心を掴み宥めようとした。
拓也と元樹、玄の父親と警備員達による戦い。
「今度は、拓也くんが先陣を切るのか」
玄の父親が発した言葉どおり、次に前に出たのは拓也だった。
魔術道具の効果を得た拓也が前進する。
だが、拓也は玄の父親達に迫る手前で大きく後退した。
「なっ!」
鋭く声を飛ばした玄の父親をよそに、元樹は瞬時に動いた。
最優先は、玄の父親を護る魔術の知識の防壁を打ち破る事。
元樹は一気に間合いを詰めると、魔術の知識の防壁に打撃を放つ。
玄の父親達に反応させることさえ許さず、先制の一撃を叩き込んだ。
一撃を叩き込むと即座に、魔術の知識を使わせないように更なる攻撃を繰り出す。
打ちつけるように叩き込んでくる元樹の拳技に、警備員には即座に動き、反撃しようとする。
「ここは俺が引き付ける。拓也、後は頼む!」
「分かった!」
元樹はそれを後方に跳びながら躱し、迫り来る警備員達を誘導した。
誘導された警備員達を無視して、拓也は玄の父親を護っている魔術の知識の防壁に向かっていく。
「……今度はあの場所だ!」
「ああ、分かった!」
輝明の合図に、綾花は拓也の進行方向へと照準をつける。
「「「たっくん、あたし達も手伝うよ!」」」
「なっーー」
その瞬間、玄の父親の目の前には新たに三人の麻白が立っていた。




