第七十九章 根本的に願いを掴むためのその代償⑤
「舞波、汐、行くぞ!」
「ダーリン、任せて!」
「むっ、先生、分かっているのだ!」
1年C組の担任の指示に、昂と汐は美里と合流した陽向へと視線を注ぐ。
「拓也、一気に迫めよう!」
「ああ」
元樹の決意に、拓也は観客席の後方に控えている綾花と輝明を見据えながら、玄の父親に向き合う。
二手に分かれた戦い。
そのどちらの情勢も鑑みることができるように、観客席から覗き込んだ輝明は集中力を高める。
拓也達に何かしらの動きがあれば、即座に対処できるようにーー。
周囲に視線を張り巡らした輝明は、自身が描く想いを幻視した。
「味方らしい魔術の使い手。そちらは、おまえ達に任せた。そしてーー」
輝明の真剣な表情が、一瞬で漲る闘志に変わる。
「魔術の知識の使い手。母さんと黒峯玄達の身内であっても関係ない。みんなの時を止めたこと、今すぐ後悔させてやる」
「ああ、そうだな。絶対に時間を動かしてみせる」
そう告げる輝明の口調に、綾花が抱いていたような逡巡や不安の揺れはない。
輝明の振る舞いに、綾花は心から安堵し、意思を固めた。
大会会場の只中に、敵味方に分かれた綾花達が互いの信念を貫いて対峙する。
今、ここに玄の父親の魔術の知識の防壁を突き崩す綾花達の総力戦が始まろうとしていた。
「黒峯蓮馬さん。魔術の知識の防壁、打ち破らせてもらいます!」
面と向かって元樹が口にした、それは作戦決行の合図。
それを聞いた綾花達は手筈どおりに動いた。
「分身体はいつでも動かせるな?」
「ああ、大丈夫だ」
輝明の呼び掛けに、綾花は分身体を新たに複数生み出し、戦闘準備を整えた。
大会会場の中央。
そこに、拓也と元樹が警備員達を振り払うように駆け出してくる。
「行くぞ、拓也」
「ああ」
拓也と元樹は包囲されているのにも関わらず、警備員達の只中を突き進んでいく。
滑るように迫る爆炎。
閃光と共に駆け抜ける衝撃波。
元樹は先程、掛けた魔術ーー加速の魔術を再び、拓也に放つ。
元樹の魔術道具の援護を受けた拓也は、警備員達が固まっている場所に向け疾走する。
混戦の中、警備員達の手が一斉に元樹達へと迫った。
「拓也くん、元樹くん、残念だが同じ手は食わない」
玄の父親は魔術の知識を用いて、拓也と元樹の攻撃から身を護る防壁を生み出す。
「同じ手だと判断するのは早いと思います!」
滑るように迫る爆炎。
閃光と共に駆け抜ける衝撃波。
元樹は先程、拓也に掛けた魔術ーー加速の魔術を今度は自身に放つ。
「元樹くん。君も加速の魔術をかけたのか……!」
元樹は拓也とともに警備員達を駆け抜け、玄の父親へと迫る。
攻撃の体勢に入った拓也は戦いの意志を示すように、想いという名の覚悟を込めた。
「黒峯蓮馬さん。麻白の心が宿っているとはいえ、綾花は綾花であり、上岡なんです」
「麻白は麻白だ!」
予測できていた返答には気を払わず、拓也は魔術の知識の防壁に蹴りを加えながら本命の想いを口にした。
「俺も、綾花は綾花だと思っていました。いえ、今も綾花は綾花だと思っています」
「拓也くんと元樹くんの攻撃、効いていないね」
つぶやいた言葉とは裏腹に、魔術を放っていた陽向は妙に嬉しそうに言う。
これから拓也達が何を成すのか、そこに興味を注いでいた。
「麻白は、自分自身でもある綾花と上岡の心を消してしまうことを快く思っていないんです。だから麻白は、今の状態のままで、これからも生きていきたいと願っています」
拓也の決意に、玄の父親は心底困惑したように叫んだ。
「私達はそれでも、麻白に戻ってきてほしい……! 戻ってきてほしいんだ……!」
「……俺達も、同じ想いなんです。綾花に側にいてほしい。ずっと側にいてほしい。そう願っています!」
玄の父親の嘆き悲しむ姿に、拓也は初めて綾花の両親と進の両親が顔合わせした時のことを思い出す。
すれ違いから始まった二家族旅行は、やがて二つの家庭の綻びを解す形へと繋がっていった。
あの日のように軋轢が深まった関係を改善へと導くために、拓也は再度、確かな想いを口にする。
「……だから、もう一度、言います」
断言の形を取った問いの矛先は、元樹に向かっていた。
元樹は拓也の意図を察したように玄の父親の方を振り向くと、神妙な面持ちでそれを再度、口にする。
「麻白に帰ってきてほしい……と望むのなら、まずは今の麻白と向き合って下さい。もし、それが叶わないというのでしたら、俺達は俺達のやり方であなた達を止めてみせます!」
「ああ。俺達の次の攻撃は必ず、あなたの魔術の知識の防壁を打ち破ります! そして、あなた達に止められた時間を動かしてみせます!」
元樹の意思に繋げる形で、拓也は縋るように告げる。
その力強さが、拓也達の綾花達への想いの強さを物語っていた。
「まさか、時間を動かす手段を見つけたのか……?」
その瞬間、玄の父親は凍りついたように動きを止める。
実際には時を動かす手段は判明していない。
だが、それでも拓也達は決意を固め、前を見据える。
陽向と攻防を繰り広げている昂達。
そして、観客席に控えている綾花達。
頼りになる仲間達がここにいるからーー。
みんなと一緒なら、この困難を乗り越えられると知っているからーー。
拓也と元樹は魔術の知識の防壁を破るための攻撃に集中した。
「元樹、同時に行こう!」
「ああ、そうだな!」
拓也と元樹は警備員達による絶え間ない攻撃を躱しながら、魔術の知識の防壁への攻撃を続ける。
「君達には驚かされるな」
元樹と拓也の宣戦布告と怒涛の連携攻撃は、なおも玄の父親の心を掴み宥めようとした。
「まだだ。タイミングが合わない」
「……ああ」
観客席をいた輝明は周囲の状況を把握しながら、綾花とともに切り札を使う時を見極めていた。
拓也と元樹、玄の父親と警備員達による戦い。
「今度は、元樹くんが先陣を切るのか」
玄の父親が発した言葉どおり、次に前に出たのは元樹だった。
元樹は疾風の如き勢いで踏み込むと、魔術の知識の防壁に打撃を叩き込んでいく。
打ちつけるように叩き込んでくる元樹の拳技に、警備員には即座に動き、反撃しようとする。
「ここは俺が引き付ける。拓也、後は頼む!」
「分かった!」
元樹はそれを後方に跳びながら躱し、警備員達を誘導した。
誘導された警備員達を無視して、拓也は玄の父親を護っている魔術の知識の防壁に向かっていく。
「……今だ!」
「ああ!」
輝明の合図に、綾花は拓也の進行方向へと照準をつける。
「「「たっくん、あたし達も手伝うよ!」」」
「なっーー」
その瞬間、玄の父親の目の前には三人の麻白が立っていた。
想定外の事態に、拓也の迎撃に動こうとしていた玄の父親は身動きを止める。
「絶対に時間を動かしてみせる!」
観客席に控えていた綾花は、周囲を窺う輝明とともに未来を掴むために動き始めていた。




