第七十八章 根本的に願いを掴むためのその代償④
「一度でダメなら、何度でも魔術を叩き込んでやるのだ! 我が今まで進とともに培ってきた、ゲーム式連打なのだーー!!」
「ゲーム式連打? 面白そうなネーミングだね」
「我のゲームテクニックを見て、吠え面をかくがいい」
昂による打点をずらした魔術の嵐は、陽向の体勢を崩しにかかる。
「ゲームか。少し興味が沸いてきたから、僕も後で麻白達に教えてもらおうかな」
「我は納得いかぬ!」
陽向が発した想定外の内容に、昂は地団駄を踏んで激怒した。
「黒峯陽向! 前々から思っておったが、なにゆえ、綾花ちゃんを狙っている貴様が、綾花ちゃんである麻白ちゃんから教えを請おうとしておるのだ! 麻白ちゃんから手取り足取り、教えてもらえるとはなんと羨ましい!」
憤慨に任せて、昂はひとしきり陽向のことを罵った。
ひたすら考えつく限りの罵詈雑言を口にしまくった。
「だって、僕は麻白とは幼なじみだよ」
「我だって、進とは幼なじみに近い関係なのだ!」
昂の必死の訴えに、陽向は挑戦的な笑みを浮かべる。
「やっぱり、今の麻白は面白いね。綾花さんバージョンと進くんバージョン。でも、僕はそれでも麻白に戻ってきてほしいから、昂くんのその意思に抗うよ!」
無駄に対抗意思を燃やす昂を見て、陽向は自分の想いを言葉にして曝け出す。
麻白に戻ってきてほしいーー。
その目的のために、麻白を気遣う気持ちに蓋をする。
それは頑ななまでの玄の父親の意思とは違い、陽向の純粋な想いの表れだった。
昂と陽向の魔術バトルが加熱する中、1年C組の担任と汐は周囲を阻む警備員達の包囲網を突き崩していった。
「汐、任せろ!」
「ダーリン、こちらは任せて!」
再び、取り囲もうとしてきた警備員達を、汐は行動を合わせてきた1年C組の担任とともに振り払っていく。
だが、警備員達は倒されても、綾花をーー麻白を捕らえるという熱に侵されながら襲い掛かってくる。
それでも1年C組の担任は決して止まることなく駆け回り、警備員達を打ち倒していく。
「こいつをどうにかして止めろ!」
「ダーリンには触れさせない!」
1年C組の担任の勢いに脅威を感じた警備員達は、囲んで制圧しようと一斉になだれ込んでくる。
その猛攻を、1年C組の担任の前に立った汐が拳打と足技で跳ね除けた。
「彼らの連携攻撃の前では、陽向くんも一人では対処するのが厳しそうだな」
意識の一瞬の空隙。
玄の父親達の視線が昂達へと向いたその隙に、美里を筆頭にする警備員達を振り切った拓也は元樹のもとへ駆け寄った。
「元樹、頼む!」
「ああ」
元樹は周囲を警戒しながら、拓也を追いかけてきた美里達との戦いに集中する。
元樹は続く玄の父親達の行動を予知して、脊髄反射で最適行動を取った。
「渡辺、陽向くんの加勢を頼む。私はこのまま、麻白を取り戻す」
「かしこまりました」
玄の父親の指示に、美里は丁重に一礼する。
その言葉が合図だったように、警備員達は速やかに拓也と元樹を包囲した。
「まあ、そう持ちかけてくるだろうな」
一笑に付すべき言葉。
強がりにすぎない台詞。
そのとおりに笑みを浮かべた玄の父親は、次の瞬間、表情を凍らせる。
拓也と元樹が包囲されているのにも関わらず、警備員達の只中を突き進んできたからだ。
「拓也、頼むな!」
「ああ、綾花は絶対に守ってみせる!」
玄の父親達の予想に反して、先陣を切るのは拓也だった。
滑るように迫る爆炎。
閃光と共に駆け抜ける衝撃波。
元樹は、昂が先程、1年C組の担任に掛けた魔術ーー加速の魔術を拓也に放つ。
元樹の魔術道具の援護を受けた拓也は、警備員達が固まっている場所に向け疾走する。
混戦の中、警備員達の手が一斉に元樹達へと迫った。
「ーーっ!?」
その瞬間、拓也と元樹の姿が消失する。
元樹が魔術道具を使って、一瞬で玄の父親のもとまで移動してきたからだ。
そして、二人で玄の父親の体勢を崩すために足払いをした。
「……っ!」
静と動。
本命とフェイント。
元樹は移動に魔術道具を用いて、玄の父親の意表を突くと、緩急をつけながら時間差攻撃に徹する。
「なっ!」
間一髪で難を逃れた玄の父親の虚を突くように、今度は拓也が蹴りを放ち、攻撃を重ねる。
二人の息の合った連携攻撃。
それは、中学時代から培ってきた長年の盟友の絆の証。
拓也と元樹、二人のコンビネーションは玄の父親達を前にして獅子奮迅の活躍を見せていった。
だが、玄の父親もさるもの。
幾度となく、魔術の知識の防壁に打撃を打ち込まれようとも意に介さない。
玄の父親は美里に陽向を任せると、むしろ、逆に警備員達を指示して拓也達を追い込んでいく。
壁のように迫り来る様は、まるで密集陣形のようだった。
「元樹、これからどうするんだ?」
「黒峯蓮馬さんの魔術の知識の防壁は、並大抵の方法では打ち破ることができない。みんなで協力して打ち破るしかない」
拓也の疑問に、元樹は記憶の糸を辿るように目を閉じる。
「俺と拓也だけではなく、綾と輝明さんの力も必要だ」
先程、元樹は前持って、昂にみんなへの作戦の共有を願い出ていた。
その内容は、『麻白の姿をした綾の分身体を複数、増やせる魔術』を使って、玄の父親の魔術の知識による防壁を打ち破るというもの。
昂は陽向の魔術に苦戦しながらも、その方法ーー魔術でみんなに情報を伝達するという離れ業を実行してみせてくれたのだ。
後は、元樹達がそれに応えるだけである。
元樹は観客席の後方に居る綾花達に目配せした。
輝明は元樹のその気概に促されて、自分のするべき事を理解する。
「……作戦決行だ」
「……うん」
綾花の意気込みに応えるように、輝明はゆっくりと目を閉じた。
今までこの大会会場で起きた非日常の出来事が、次々に思い浮かぶ。
時を止められたチームメイト。
中断されたままの大会。
自身の過去に纏わる魔術という現象。
そして、自身が抱く確かな決意。
輝明の中でバラバラになっていたパズルのピースが組み合わさり、一つの答えを導き出す。
上辺の美しさを越えた先に、見えてくるものがある。
そうやって直視しなければならない事がある。
今こそ、自分の弱さとの決別の時。
自分だけの世界から抜け出す力。
外の世界に目を向ける力。
世界の真理を知る為の勇気。
様々な人との出会いが、それを教えてくれた事に気づく。
それは輝明の側にいる綾花も同じだった。
「私も、みんなの力になりたい」
綾花の縋るような想いに、進と麻白は確かな意思を持って応える。
「これからも、私がーー俺がみんなと共に居るために。俺達のできることをしてみせる!」
綾花は口振りを変えながら、意を決したように声高に叫ぶ。
「じゃあ、俺、ここでみんなのサポートをするな」
「……何を言っている」
麻白の分身体達を見据えた綾花の意見に、輝明が不満そうに声をかける。
「僕達でサポートをするんだろう?」
「……ああ、そうだな!」
綾花は不意を突かれたような顔をした後、すぐに楽しそうに小さな笑い声を漏らした。




