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マインド・クロス  作者: 留菜マナ
憑依の儀式編
21/446

第二十一章 根本的に儚い過去に想いを寄せて

「無断欠席、深夜徘徊、中間、期末試験での度重なる単位不足。舞波、おまえは留年したいのか?」

単なる事実の記載を読み上げるかのような、低く冷たい声で、彼ーー1年C組の担任は言った。

職員室内にて、完全に逃げ場を失った昂は仕方なく、ままよとばかりに口を開く。

「綾花ちゃん、頼む!いつものように、我を助けてほしいのだ!」

「うっ…‥…‥、またなの?」

両手をぱんと合わせて必死に頼み込む昂に、綾花が躊躇うように少し困り顔でつぶやいた。

あまりにも勝手極まる昂の言い草に、拓也は額に手を当てて顔をしかめてみせる。

「何故、いきなり、綾花に話を振る?」

「こういう時は、いつも進が助けてくれたからだ!」

「…‥…‥おい」

傲岸不遜な昂の言葉に拓也が呆れていると、綾花は少し気弱な笑みを浮かべて言った。

「いつも、舞波くんはこうなのよね…‥…‥」

言いながら中学の頃のことを思い出したのか、綾花は眉を寄せて苦い顔をする。

さらに表情を曇らせると、綾花は不安そうに昂に言った。

「ねえ、舞波くん。追試や補習はちゃんと受けてくれる?」

「無論だ!…‥…‥まあ、いささか、我の偏差値では厳しいかも知れぬがな。まあ、魔術の教科という科目があれば、我は余裕で合格できるのであろうが」

「…‥…‥あるわけないでしょう」

綾花と昂の相変わらずのやり取りにやれやれと首を振った後、気を取り直したように拓也は綾花に容赦なく釘を刺した。

「綾花、舞波の追試と補習の手伝いはするな」

「…‥…‥う、うん」

その言葉に、綾花はほんの少しふて腐れた表情でうつむき、ごにょごにょとつぶやく。

「なにぃーー!」

拓也のその何気ない言葉を聞いて、昂は大言壮語に不服そうに声を荒らげた。

「貴様、我と綾花ちゃんの楽しい勉強会の時間を邪魔する気か!!」

露骨な昂の挑発に、拓也は軽く肩をすくめてみせる。

「勝手なこと言うな!」

「勝手ではない。『我と綾花ちゃんの楽しい勉強会の時間』。既にこれは、我によって定められた確定事項だ」

「そうなんだ」

傲岸不遜な昂の言葉に、綾花が口元に手を当ててにっこりと花咲くような笑みを浮かべる。

それを見た拓也は、むっと顔を曇らせた。

「おい、綾花」

言葉の応酬が途切れ、拓也の矛先が綾花へと向く。

不機嫌な拓也とは逆に、昂は両手を広げ、満面の笑みで言った。

「さすがすすーーいや綾花ちゃんだ!綾花ちゃんはもちろん、我の追試と補習の手伝いをしてくれるのであろう!」

「いや、綾花はこのまま、俺と帰る!」

昂の断言に、自分に言い聞かせるような声で拓也は言い返した。

「ところで…‥…‥」

ことあることにぶつかる彼らに向かって、1年C組の担任はおずおずと声をかけてきた。

「君達は舞波の友人なのか?」

「…‥…‥は、はい」

「いえ、俺は綾花の付き添いです」

1年C組の担任の問いかけに、綾花と拓也はそれぞれ対照的な答えを口にする。

1年C組の担任はそれを聞くと、意表を突かれた、という顔をした。

「そうなのか。あの舞波に、上岡以外で友人がいたんだな」

「…‥…‥えっと」

まさか、自分がその進自身です、とは言えず、綾花は拓也と視線を合わせると少し困り顔で言葉を濁らせる。

すると、しばらく思案顔で何事かを考え込んでいた1年C組の担任が、顔を上げると皆を見渡しながら自身の考えを述べた。

「なら、二人にも手伝ってもらえないだろうか?」

「どういうことですか?」

怪訝そうな顔をする拓也に、1年C組の担任はきっぱりとこう告げた。

「実はこれから職員会議があり、しばらく舞波の補習に付き添えないんだ。もしよければ、職員会議が終わるまでの間、彼が補習から逃げないように見張っていてもらえないだろうか?」

「なっーー」

想像していた以上の提案を聞かされて、拓也はただただ絶句するしかなかった。

綾花だけは自分のクラスの担任ーー1年C組の担任の考えに気づいたのか、納得したかのように彼に頷いてみせた。

「はい、分かりました」

「おい、綾花!」

綾花の返事を聞いて、拓也が焦ったように一息に綾花に振り返る。

すると、綾花は拓也に視線を向けてはっきりと告げた。

「…‥…‥でも、先生が来るまでの間、舞波くんを見張っていなかったら、きっと私達が帰るのを邪魔してくると思うよ」

どちらにしても妨害されそうだけどな、という言葉は、あえて拓也は呑み込んだ。

代わりにこう告げる。

「分かった。だが、職員会議が終わるまでの間だけだからな」

「…‥…‥うん。ありがとう、たっくん」

「ああ」

ほんわかな笑みを浮かべて言う綾花を見て、拓也も笑顔を返す。

昂は自分の両手を見つめながら、興奮した口調で言った。

「うむっ、なんということだ!我の素晴らしい頭脳をフル稼働せずとも、期せずして綾花ちゃんとの楽しい勉強会の時間を得ることができようとはーー、さすがは我だ!」

自分の補習だというのに全く反省の色がない昂の台詞に、拓也は不快げに眉根を寄せたのだった。






「ところで舞波、おまえの苦手科目はなんだ?」

職員室を出てすぐに、真っ先に1年C組の教室へと向かった拓也は教室に入るなり、昂に向かって開口一番にそう聞いた。

「英語以外の全てだ!」

「ーーっ」

昂の即座の切り返しに、拓也はぐっと不満そうに言葉を詰まらせる。

しかし、拓也は昂の言い分に引っかかるものを感じた。

英語以外ということは、英語だけは何とか赤点を回避できたということだ。

そこまで考えて、拓也ははたとあることに思い出す。

そういえば、舞波の父親はよく海外出張をしており、その際のお土産のいくつかが魔術書だったはずだ。

確かに、昂の家で拓也が調べた魔術書の全ての文章には、昂の字で訳された筆跡の跡が残されていた。

だが、すぐに表情を引き締めると、拓也は昂にきっぱりと告げた。

「俺達が付き合うのは一教科だけだ。先程も綾花が話していたが、最近、綾花の帰りが遅いことを綾花の両親が心配しているんだ。さすがに俺達で全教科、相手にしている暇はない」

「なにぃーー!」

容赦なく釘を刺してくる拓也のその言葉を聞いて、昂は不服そうに声を荒らげた。

「ん?」

そんな中、陸上部の部室へと向かう廊下の途中で、元樹は隣の教室で不愉快そうに腕を組んだ拓也と鞄を抱えてしょんぼりとうなだれている綾花の姿を見かけた。

二人と対峙する昂の物言いは、相変わらずの尊大不遜な態度が際立っている。

元樹は声をかけようかかけまいか迷うように何度か長く息を吐いた後、ようやく重い口を開いた。

「拓也、瀬生、何しているんだ?」

「元樹」

「布施くん」

元樹が教室に入ってくると、拓也と綾花が振り返って相次いで言う。

言うか言うまいか迷ったように顔を見合わせている二人を見て、元樹は不思議そうにしながらも先程と同じ疑問を口にした。

「何しているんだ?」

「…‥…‥舞波くんの補習のお手伝いをしているの」

綾花は視線を落とすと、ぽつりとそうつぶやいた。

元樹が綾花の視線を追うと、昂の机には何冊かの教科書が置かれていることに気づく。

元樹は何気ない口調で訊いた。

「補習って、舞波、何か仕出かしたのか?」

「ああ。無断欠席、深夜徘徊、中間、期末試験での度重なる単位不足とかで、早くも留年の危機らしい」

「はあっ?留年!?」

元樹は拓也から昂の留年の話を聞くと、額に手を当ててうめいた。

だが不意に、元樹はある事に気づき、少し声を落として聞いた。

「あっ、もしかして、それで拓也と瀬生は舞波の留年を回避するために補習の手伝いをすることになったのか?」

「ああ」

問いかけるような声で言う元樹に、頭を抱えながら拓也は頷いてみせる。

元樹は拓也に近づくと、拓也の肩をぽんと叩いた。

「なあ、拓也。俺も少しだけ、舞波の補習に付き合ってもいいか?」

「なっ!」

意表を突かれて、拓也は思わず言葉を詰まらせる。

あえて意味を図りかねて拓也が元樹を見ると、元樹はなし崩し的に言葉を続けた。

「拓也達だけで、舞波の補習に付き合うのは大変だろう?まあ、俺は部活があるから、そんなに長い間は付き添えないけどな」

「…‥…‥ありがとう、布施くん」

元樹の言葉を聞いた綾花は一瞬、驚いた顔をした後、すぐにはにかむように微笑んでみせた。

その不意打ちのような笑顔に、元樹は思わず見入ってしまい、慌てて目をそらす。

「あ、ああ」

「元樹、ありがとうな。ーーん?」

拓也も続けてそう言いかけて、言葉を止めた。

何故なら、教室の後ろに飾ってある一枚の写真に、拓也の視線は釘付けになったからだ。

「たっくん?」

綾花が不思議そうにそうつぶやく。

拓也の視線を追った先には、クラスのみんなで撮った集合写真があった。その写真の中に写っている自分のーー進の姿を目の当たりにして、綾花は思いもかけず動揺してしまう。

綾花はいそいそと写真の前まで歩み寄ると、懐かしそうに目を細めた。

「ーーこの写真はね」

不意に、綾花が誰に言うでもなく語り始めた。

「この写真はね、入学式の時にクラスのみんなで一緒に撮った写真なの」

「…‥…‥そうなんだな」

進の話になんと返していいのか把握し損ねて、拓也はつい無愛想な返事をしてしまう。

だけど、綾花はそれには気づかずに嬉しそうに話を続けた。

「あのね、たっくん。この舞波くんの隣に写っているのが私だよ」

そう語る綾花は少しはしゃいでいるように見えた。

拓也達が写真に近づくと、綾花はそっと昂の隣に写っている進の姿を撫でる。

そこに写っていたのは、一見、どこにでもいるような普通の少年だ。

相も変わらず憮然とした態度で腕を組んでいる昂の隣で、明るい顔でピースサインを形作っている。周りのみんなも進の肩に手をかけ、 晴れやかな表情を浮かべていた。

「これが上岡?」

一瞬、遠い目をした拓也の顔を見て、元樹は屈託なく笑った。

「なんか、上岡として振る舞っている時の瀬生に似ているな」

「うん。だって私、進だもの」

「いや、そういう意味じゃないんだけどーー、まあ、いいか」

とりなすように言いかけた元樹だったが、綾花がきょとんと不思議そうに瞬きするのを見てあっさりと言葉を濁らす。

そして、代わりにこう続けた。

「それにしても、上岡って人望厚い奴だよな」

「えっ?」

話をそらすように神妙な表情で言う元樹に、綾花は目をぱちくりと瞬いた。

視線をうろつかせる綾花に、元樹は意図的に笑顔を浮かべて言う。

「陸上部の上岡のクラスの奴らも、上岡がいなくなってからクラスが寂しくなったって嘆いていたしな」

クラスでも学校でも浮いた存在である昂とは違って、昂の唯一無二の友人である進の友人は数多く存在することを拓也は知っていた。

現に、進の失踪が話題になった際も、拓也が進のクラスの生徒達に話を聞きに行くと進は必ず戻ってくる、って彼らが一点張りに言い募っていたことを思い出す。

昂は納得したかのように、何度も頷いてみせた。

「うむ、進は我と同じく、クラスのムードメーカー的な存在だったからな」

思わぬ言葉を聞いた拓也は昂の顔を見つめたまま、瞬きをした。

確かに、上岡はクラスのムードメーカー的な存在だったかもしれない。

だが、少なくとも舞波はムードメーカーというよりはトラブルメーカー的な存在だったのではないだろうかーー。

「…‥…‥寂しいな」

拓也が昂の言葉に訝しげていると、綾花がぽつりとそうつぶやいた。

「乗り越えたつもりだったの。何度も頭の中で整理をつけて、私は今はもう、進としてはみんなには会えないんだからって自分を納得させたつもりだった。綾花としてなら、みんなに会えるんだから、大丈夫だって」

なおも、綾花は悔いるように語る。

綾花の震える声が止まらない。

「でも、やっぱり無理。私、みんなに会いたい。会って、私のことーーいや、俺のことを伝えたい…‥…‥」

口振りを変えてそう言葉をこぼすと、綾花は滲んだ涙を必死に堪える。堪えた涙は限界を越えそうになっていた。

それでも、綾花は目元を拭い、前を見つめながら言葉を続けた。

「ーーなんてな、そんなの無理なのは分かっているけど」

あくまでも強がりを言い続ける綾花を、拓也はなんとも言えない顔で見つめていた。

言葉にすれば言葉にするほど、ため息ばかりが綾花を覆う。

上岡進は、確かにこのクラスにいた。

その事実は拓也が思っている以上に、綾花を幸せにーーそして不幸にしていたようだった。

「無理なんてーー」

元樹はカッとした。

言葉を途切らせた後、 苛立つ心のまま、元樹は声の限りに叫んだ。

「無理なんて言うなよ!」

「布施?」

元樹はつかつかと綾花のもとに歩み寄ると、拓也と昂に咎められる前にするりと綾花の手を取った。

「会えなくても、おまえの気持ちを伝える方法はいくらでもあるだろう!」

「ーーううっ、…‥…‥で、でも、布施くん」

元樹がそう言った瞬間、綾花の表情がいつもの柔らかなーーでも、泣きそうな表情に戻る。

滑らかな頬を淡く染め、たまらず悲しげにうつむいた綾花を、元樹は愛おしそうにそっと抱き寄せた。

「なっーー」

そして、拓也が咎めるより先に、元樹は綾花の唇に自分の唇を重ねる。

矢継ぎ早の展開。それも唐突すぎる流れに、綾花は一瞬で顔が桜色に染まってしまう。

だが、予想外のことをされた驚きが勝ってか、咄嗟にその顔からは悲しげな色は消えていた。

「おい、元樹!」

「おのれ~!一度ならず二度までも、綾花ちゃんに口づけをしてのけるとは不届き千万な輩だ!」

「絶対に負けないからな」

苛立たしそうに叫んだ拓也と昂に、元樹ははっきりとそう告げると背後の綾花へと向き直る。

「なあ、瀬生。写真の裏に、メッセージでも書いてみたらどうだ?」

「…‥…‥えっ?写真に?」

意外な提案に、綾花は顔を上げて目をぱちくりと瞬いてみせた。

元樹は軽く息を吐いて言う。

「上岡のクラスの奴らなら、きっと、メッセージに気づくと思うな」

「…‥…‥そ、そうかな」

綾花が沈痛な面持ちでうつむいていると、雨音を遮り、元樹の声が降ってきた。

「絶対に気づくって!試しに書いてみろよ?」

「…‥…‥う、うん」

雨が降りしきる中、元樹にそう急かされて、綾花は写真の裏に自分のーー進としてのメッセージを刻み込み始める。

その字はいつもの見慣れた綾花の字ではなく、男子が書いたような少し雑な字だった。

「みんな、気づくかな?ううん、きっと気づくよね」

一気に書き終えた後も、綾花は浮かない顔をしていた。所在なさげに手に持ったペンをいじっている。

拓也は写真に視線を向けると、はっきりと言った。

「ああ。きっと、綾花のーー上岡の言葉は届くと俺は信じている」

「心配するなよ、瀬生」

「うむ、問題なかろう」

「…‥…‥うん、ありがとう」

拓也達がそれぞれの言葉でそう答えると、綾花は花咲くようににっこりと笑ってみせた。そして、嬉しさを噛みしめるように持っているペンをぎゅっと握りしめる。






真っ白な写真の裏に、ぽつんと記された進の少し雑な字。

それはクラスのみんなのメッセージにしては短いーーでも、進の帰りを待っている進の友人達が最も待ち望んでいたメッセージだったーー。


『ただいま、みんな』


「これ、上岡の字じゃんか!」

「おい、舞波!進、学校に来たのか?」

「我は何も知らん。何もな」

翌朝、隣のクラスから聞こえてきた懐かしくも心地よい喧騒に耳を傾けながら、綾花がこの上なく嬉しそうに笑っているのを見て、拓也と元樹はほっと息を吐き、胸を撫で下ろしたのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 進君がフューチャーされればされるほど、戻してやってくれーって思いますねぇ。彼にも彼の人間関係や人生があったわけで、惜しまれますねぇ。昴は典型的な興味ないことは努力しない人のようですが、少し…
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