第七十六章 根本的に願いを掴むためのその代償②
「まだなのだ!」
立ち上がった昂は陽向に向かって、多彩な魔術を何度も打ち込んでいく。
炎の魔術。水の魔術。風の魔術。大地の魔術。
陽向はその全てを正面から弾き、避け、そして相殺して凌ぎきる。
「むっーー」
「昂くん、チェックメイトだよ!」
昂が驚きを口にしようとした瞬間、高く飛翔した陽向は更なる魔術を放った。
「……まだなのだ! 黒峯陽向、今こそ、我の魔術を食らうべきだ!」
陽向の魔力に応えるように、昂は裂帛の気合いを込めて魔術を放った。
意表をついた昂の魔術。
だが、それは口にした陽向ではなく、1年C組の担任へと向かっていく。
「えっ……? 味方に ……うわっ!」
滑るように迫る爆炎。
閃光と共に駆け抜ける衝撃波。
想定内の魔術ーー加速の魔術を受けて、1年C組の担任は一気に踏み込む。
陽向がそれを確認した瞬間、いつの間にか1年C組の担任の蹴り足が陽向を捉えていた。
「ーーっ」
それでも陽向は、1年C組の担任の次撃を寸前でいなした。
1年C組の担任も怯まずに蹴りと拳のコンビネーションで攻め続けるが、陽向はそれを魔術の防壁で見切り、凌ぎ切る。
1年C組の担任の連携の切れ間を的確に捉え、彼を打ち倒そうとした瞬間、閃光が両者の間に割って入ってきた。
汐のサポートを受けた昂が、陽向の動きを制したのだ。
「昂くんの先生達は、やっぱり手強いね」
陽向は次第に、昂による渾身の魔術、1年C組の担任と汐のコンビネーションに翻弄されていく。
時折、無理を強いる昂を休ませながら、1年C組の担任と汐は攻め続ける。
それを目撃した玄の父親は、先程、下した自身の方針を転換した。
「陽向くんが無理なら、私が分身体を操ればいいだけの話だ」
「まあ、そうくるだろうな」
嘲笑うような玄の父親の言葉に、元樹はまっすぐに玄の父親の目の前にいる赤みがかかった髪の少女ーー綾花の分身体を見据える。
「だけど、陽向くんと違って、複数の分身体の対処は厳しいよな」
確信を持った笑顔。
その表情を見た瞬間、玄の父親は元樹の思惑を理解した。
「なるほど。お披露目会の時の作戦のアレンジか」
そう告げた玄の父親の目の前には、新たに二人の麻白が佇んでいる。
拓也と元樹と輝明の背後には、それぞれ別の麻白の姿が見受けられた。
大会会場内に居る麻白はいつの間にか、六人になっていた。
「父さん」
「あたしが本物の麻白だよ」
「ううん、本物はあたしだよ!」
「麻白」
言うや否や、玄の父親のもとにゆっくりと歩み寄ってきた三人の麻白に対して、玄の父親はふと手を伸ばした。
その袖をつまんで、自分の方へと引き寄せる。
だけど、その手はいつのまにか虚空をつかみ、一瞬前まで、確かに自身のもとに引き寄せていたはずの麻白は、三人とも影も形もなくなっていた。
突如、起こった不可解な現象に、玄の父親は眉をひそめる。
「……全て分身体、か」
麻白が消えた事情を察して、玄の父親は忌々しそうにつぶやいた。
咄嗟に玄の父親は、拓也の隣にいた綾花のもとに駆け寄ろうとして予期しない人物達に行く手を阻まれた。
それは、新たな麻白の姿をした綾花の分身体。
彼女達は、ゆっくりと玄の父親のもとへと歩み寄ってくる。
拓也の隣にいた幼い少女に姿を変えていた綾花自身も、麻白に姿を変えているためか、警備員達は誰が本物の綾花なのか分からず、混乱していた。
拓也は周辺の様子を見て、安堵の吐息をこぼす。
「上手くいったな」
「ああ。舞波に前持って頼んでいたんだ。麻白の姿をした綾の分身体を複数、増やせる魔術を使って、黒峯蓮馬さんの裏をかくことをみんなに伝えてほしいってさ。綾には負担がかかってしまうけれど、それぞれの分身体が一時間、実体化できるから、時間制限を気にしなくていいし、一人だけ分身体を出すよりもバリエーションが増やせるしな」
元樹は前持って、昂にみんなへの作戦の共有を願い出ていた。
その内容は、『麻白の姿をした綾の分身体を複数、増やせる魔術』を使って、玄の父親の魔術の知識による防壁を打ち破るというもの。
昂は陽向の魔術に苦戦しながらも、その方法ーー魔術でみんなに情報を伝達するという離れ業を実行してみせたのだ。
「これが、分身体を複数、増やすという魔術か」
元樹が反射的に視線を向けた先には、困惑の色を示す輝明の姿があった。
秘密裏に意思伝達するにあたって、事情を把握していない輝明にも今回の作戦を伝えている。
輝明は脳内に直接、元樹の声が響いてきた時は僅かに動揺の色をみせていた。
だが、すぐに状況を理解し、輝明は手筈どおりに動き始めようとする。
「どうして、おまえが黒峯麻白の姿を取っているのか、おまえ達が何者なのか、ここから出てからじっくり聞かせてもらう。とりあえずはこの中に、本物の黒峯麻白がいるというその思い込みを利用すればいいんだな」
「う、うん……」
挑発的な言葉なのに、少しも笑っていない。
綾花の隠しようのない戸惑いに、輝明は事情を把握していないなりにも短く息を吐いた。
分身体を複数、増やす魔術は、綾花に負担が掛かってしまう。
だが、これがこの状況を覆す最適解だと思ったからこそ、元樹は綾花の力を借りたのだ。
輝明は本物の綾花の手を取ると、元樹が事前に報せた指示に従って、綾花が分身体を操ることができる位置へと移動したのだった。
昨日、更新することが出来なくてすみません。




