第七十四章 根本的に星屑庭園の蕾⑧
「陽向くん」
「うん。叔父さん、任せて!」
「……むっ!」
陽向は申し合わせたように、昂が放った魔術を相殺する。
「何故、我の魔術がこうもあっさりと相殺されるのだ! おのれ~。かくなる上は、我の全力の魔術を放つべきーー」
「あのな……。だから、こんな場所でそんな魔術を使ったら、会場が崩壊するだろう!」
居丈高な態度で何度も、同じ過ちを繰り返そうとする昂に対して、元樹は呆れたように眉根を寄せる。
陽向は人差し指を唇に当てると、人懐っこそうな笑みを浮かべてこう助言した。
「ねえ、昂くん。ここで、大きな魔術は使えないと思うよ」
「使えなくとも、我は使いたいのだ!」
「そうなんだ……」
打てば響くような昂の無茶ぶりに、陽向は呆れたようにため息を吐いた。
「おのれ~! 貴様、何故、我に呆れ果てているのだ!」
陽向の返答に、昂が癪に障るように声を上げる。
「我は黒峯陽向に、総合病院での戦いの借りを返さなくてならぬというのに!」
「昂くん、そのこと、随分、気にしていたーー」
陽向が指摘を口にする前に、昂は次の一手を講じていた。
「黒峯陽向、さらに喰らうべきだ!!」
その間隙を突いた一撃は、その場にいたほぼ全員が予想していなかった。
昂は迷いなく、陽向に向かって魔術を放つ。
企業説明会で玄の父親に放った魔術と同じように、陽向にだけ攻撃が及ぶように射程を絞っている。
そして、強力な魔術を放てるようにと、威力を一点に集めていた。
誰が見ても完璧な不意討ちを前にして、陽向には動揺の色は見受けられなかった。
むしろ、初めから昂が攻撃をする瞬間を見切っていたように、陽向は後方に移動して魔術をかわす。
「昂くん、今のは不意討ちのつもりだったのかな」
「そのとおりだ、黒峯陽向。この間の借り、そして我の魔術書を取り戻す時が来たのだ!」
「そうなんだ。昂くん、期待しているよ!」
一拍だけ間を置いて、射貫くように鋭い視線を向けた昂に対して、月下に咲く大輪の花のように、陽向は不敵に微笑んでみせた。
昂と陽向のバトルは、熾烈を極める。
視線を再度、交錯させた直後、昂と陽向の魔術が激突した。
大会会場を揺るがす轟音。
その強烈な威力が、二人の意志の強さを伝え合う。
大会会場全体に及ぼす揺れが、波打って高まる戦いの激しさを物語っていた。
「ねえ、昂くん。僕がこの勝負に勝ったら、君の持っている魔術書、今度こそ全部、貰い受けるよ!」
「絶対に渡さないのだ!」
陽向と昂は空中に浮かび、突貫してくる魔術の渦を激突し合わせる。
拮抗し、ぶつかり合う二人の意志。
彼らの放つ魔力の光は重なり合い、時に離れ、会場内に螺旋を描いていった。
「舞波も、陽向くんも容赦ないな……」
魔術道具を掲げた元樹は、その被害の対処に立ち回る。
「黒峯陽向、この一撃を喰らうべきだ!!」
昂と陽向による、綾花と魔術書を賭けた魔術による争奪戦。
積極的な攻勢を仕掛けているのは、昂だった。
しかし、昂から放たれた全ての魔術を相殺すると、今度は陽向が攻めに転じる。
「喰らうのは、昂くんの方だよ!」
「むっ、そのような魔術、我には効かぬのだ!」
陽向の強力な魔術に、昂も即座に振り向いて応戦した。
「昂くんは、闇雲に魔術を使っているわけでもなさそうだな」
意識の一瞬の空隙。
玄の父親の視線が昂達へと向いたその隙に、拓也と綾花、そして輝明は元樹のもとへ駆け寄った。
「元樹、これからどうするんだ?」
「黒峯蓮馬さんの魔術の知識の防壁は、並大抵の方法では打ち破ることができない。みんなで協力して打ち破るしかない」
拓也の疑問に、元樹は記憶の糸を辿るように目を閉じる。
「黒峯蓮馬さんの魔術の知識と陽向くんの魔術の対処。そして、対処した後、俺の持っている魔術道具か、舞波の魔術でこの場から離脱しなくてはならない」
機会を窺う元樹の思考は、さらに加速化する。
「だが、大会はまだ、続いている。この場を離脱しても、俺達は再び、ここに戻ってきて、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会のチーム戦の間、綾を護り抜かないといけないな」
僅かに焦燥感を抱えたまま、元樹は遠い目をする。
「手っ取り早いのは、みんなの時間を動かすことだ。みんなの時間が動き始めれば、黒峯蓮馬さん達も周囲への対処に追われることになる。黒峯蓮馬さん達の動きを阻害することができるはずだ」
「……そうか」
真剣な眼差しでそう告げた元樹を見据えて、拓也は複雑な心境を抱いた。
元樹の言うとおり、みんなの時間が動き始めるという想定外の出来事が起これば、黒峯蓮馬さん達は綾花を狙うのを一旦、止めてくれるかもしれない。
しかし、輝明さんの協力を得たとはいえ、黒峯蓮馬さんの魔術の知識の防壁を破り、みんなの時を動かす方法を見つけることができるのだろうかーー。
そんな拓也の不安を拭うように、輝明は情念の想いを燃やす。
「事情は飲み込めないが、どんな状況からでも諦めないのがおまえ達の強さなんだろう」
「だけど、どうすれば……」
拓也が生じた疑問の答えは遅滞する事なく、輝明によって示された。
「全てを覆せばいい。その子を守りたいんだろう。なら、それを示せばいい」
「ーーっ」
輝明の気迫に、拓也は一瞬、気後れする。
綾花を護る。
それは拓也が幼い頃から抱いていた信念で、今も決意を固める強い意思だった。
昂による魔術の儀式の騒動。
綾花の家族と進の家族の間に生じた亀裂。
昂が持っている魔術書。
その書物を管理する家系であり、麻白の父親でもある玄の父親との対立。
玄の父親が使う魔術の知識によって、昂と同様に魔術が使えるようになった陽向と出会い。
そして、未だに終わりの見えない彼らとの戦いの領域。
拓也は綾花を護る過程で、何度も己の無力さを噛みしめた。
でも、今は違う。
拓也には拓也なりに、綾花にーーそして上岡と雅山と麻白にできることがある。
拓也は記憶を辿るように、大会会場へと視線を巡らせた。
脳裏に今まで出会った多くの人達が過ぎ去り、幾多の光景が遠退いていく。
最後に広がったのは、あまりにも鮮明な過去の景色。
幼い頃、綾花とともに仲睦ましげに歩いた、桜の木が立ち並ぶ川沿いの遊歩道。
それは決して変わることのない憧憬が見せた一瞬の幻だった。
帰れない過去の想い。戻れない日々。今更のように胸を衝く激しい悲しみ。
だが、それでも拓也はその哀切を振り切る。
綾花を護る――。
拓也はその信念を確かなものとするために、前を見据えた。
それは、拓也にとって、今も昔も変わることのない不変の事実だった。
今の綾花は綾花であり、上岡であり、麻白でもある。
そして、今は時を止められている雅山と、心という命の契りで繋がっている。
それを口にすることは、どこまでも簡単なようで、かなりの重責を担うことであるように拓也には思えた。
だけど、綾花と上岡、麻白は信じている。
俺と元樹と舞波と輝明さん、そして先生達。
俺達と一緒なら、どんな困難でも乗り越えられるはずだと。
なら、俺達なりに綾花達にできることがある。
綾花と上岡と麻白、そして雅山の夢が叶えられるようにーー。




