第六十九章 根本的に星屑庭園の蕾③
「確か、おまえは魔術の知識の使い手だと言っていたな。黒峯蓮馬……つまり、黒峯玄の父親か?」
「……そこまで気付いたのか。彼らから聞いたのか、もしくは自分で判断したのか、どちらにしても君も彼女と同じく、聡明なようだな」
そこで、輝明が核心に迫る疑問を口にする。
まるで玄の父親の心を読み、その先を推測するような受け答えに、玄の父親は驚きを通り過ごして感嘆していた。
「輝明くん。君は、私達に協力はしてくれないのかな?」
玄の父親の疑問は、輝明からすれば愚問だった。
「どうして協力すると思った?」
「……そうか、残念だ」
輝明の拒絶に、玄の父親はそれ以上の勧誘を止める。
「なら、この話は終わりだ。陽向くん、そろそろ幕引きとしよう」
玄の父親は陽向を一瞥し、表情の端々に自信に満ちた笑みを迸らせて告げた。
だが、話を振られた陽向は、渇望する程に求めた魔術の力を持っているかもしれない輝明に対して興味を示す。
「叔父さん。あの輝明っていう人も、昂くんと同じように魔術を使えるかもしれないんだよね」
「ああ。輝明くんの母親である彼女もまた、昂くんと同じように魔術の使い手だからな」
「そうなんだ。だったら、叔父さん。初めから昂くんではなく、その人に魔術を使ってもらえるように、働きかけをしたら良かったんじゃないのかな」
「同じ『魔術に関わる家系の人間』とはいえ、彼女は私の考えを受け入れてくれなかったからな。最初は協力してくれたが、それ以降は袂を分かつようになった」
陽向の打てば響くような返答に、玄の父親は確信に満ちた顔で笑みを深める。
「昂くん以外で、魔術を使えるかもしれない人がいたんだね」
魔術書を代々保管している黒峯家以外に、魔術を使うことができる家系の者達がいる。
その事実を改めて玄の父親から聞かされて、陽向は心底、心を震わせた。
魔術に関わる家系の人間の中で、魔術を使える人と使えない人がいるのは何故なんだろう?
それに魔術に関わる家系でない昂くんが、魔術を使えるのはどうしてなんだろう?
魔術に関わる家系の者ではないのに、魔術を行使する昂。
黒峯家とは別の魔術に関わる家系の人間である輝明。
陽向は異なる経緯の二人に興味を示す。
玄と麻白は魔術を使っている姿を見たことはないけれど、もしかしたら二人も何らかの魔術の素質を持っているのかな。
もし、先天的だけではなく、後天的にも魔術を使えるようになることが証明されれば、僕もいつか、叔父さんの魔術の知識の力に頼らなくても魔術を使えるようになるかもしれない。
陽向は謳のごとき、リズムで言葉を放つ。
「……やっぱり、魔術って奥が深いね」
魔術の家系とは無関係な昂が魔術を使えるという事実は、この上なく陽向の胸を打った。
魔術の素質がなかった僕も、昂くん達のような魔術を使える存在になりたい。
それは陽向が昂と輝明の存在を知る前も、知った後も、変わることのなかった不変の事実。
媒介した魔術書に記載されているものだけだが、陽向は魔術を行使することができた。
それは一時的とはいえ、陽向は昂達と同じように魔術を使えるようになったといえるのかもしれない。
だからこそ、それを叶えてくれた玄の父親の力になりたいと願った。
「僕達は、麻白が麻白として生きることを拒んでも諦めないよ」
「陽向くん!」
綾花に対して発せられた陽向の矜持と決意。
陽向は改めて、意気込んでいる昂に催促した。
「ねえ、昂くん。君の魔術書は全て、僕がもらうからね。もっとも今、もらえると嬉しいな」
「我の魔術書を、誰にも渡すはずがなかろう!」
陽向の申し出に、昂が拳を突き上げながら地団駄を踏んで喚き散らす。
「でも、昂くんにも何処にあるのか、分からないんだよね?」
「たとえ、知らぬとも、我は魔術書を自由自在に読み明かし、なおかつ魔術書を守りたいのだ。その上で、黒峯蓮馬達と黒峯陽向を返り討ちにしてくれよう。そして、綾花ちゃんを護ってみせるのだ!!」
「……あのな。無茶苦茶なことを言うなよ」
無謀無策、向こう見ずなことを次々と挙げていく率直極まりない昂の型破りな思考回路に、元樹は抗議の視線を送る。
昂が絶対的な勝利を確信し、断言するーーその姿を視界に収めた陽向は身も蓋も無く切り出した。
「でも、昂くん。僕達を返り討ちするのは無理じゃないかな。僕、今回はいつもと違って、時間制限がないから」
「そんなことはどうでもいい! 今すぐ、我の魔術書を置いて、ここから立ち去るのだーー!!」
臨戦態勢を取る陽向を前にして、昂は絶対防壁を展開すると言わんばかりに両手を広げて目を見開いた。
「我の魔術書を取り戻した暁には、一目散に綾花ちゃんを守らなくてはならぬのだ! このような問答を繰り返している場合ではないのだ! 我は今すぐ、貴様に勝たなくてはならぬ!」
「舞波」
「むっ……」
不服そうに機嫌を損ねる昂の意見を遮るように、非情な声が会場内に響いた。
聞き覚えのあるその声に、昂はおそるおそる声がした方を振り返った。
「これから、私達は彼の魔術と周囲の者達の対処をすることになる。全力を叩きつけるつもりだから、そのつもりでな」
「我は納得いかぬ!」
あくまでも事実として突きつけられた1年C組の担任の言葉に、昂は両拳を振り上げて憤慨する。
「何故、この我が先生達と共闘をせねば、ならんのだ! 黒峯陽向の相手は、我一人で充分だというのに!」
「今の彼の相手は、おまえ一人では荷が重いからだ!」
形にならぬ昂の空論気味な抗議に、1年C組の担任は不愉快そうに言葉を返した。
1年C組の担任の剣幕に怯みながらも、それでも必死に、昂は理由をひねり出そうとする。
「我は、黒峯陽向に総合病院での戦いの借りを返さなくてならぬのだ。先生達と共闘というのは、我には全く想像出来ぬ」
「初めて行うことだから、当たり前だ」
さらに昂が心底困惑して訴えると、1年C組の担任はさも当然のことのように頷いてみせた。
そのあまりにも打てば響くような返答に、昂は言葉を詰まらせ、動揺したようにひたすら頭を抱えて悩み始める。
「それはまさに、我にとって不可解極まりないことではないか」
昂は戦々恐々としていた。
昂にとって、苦手意識を持っている1年C組の担任と汐との共同戦線を張ることはどこまでも難解極まりない事柄だった。




