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マインド・クロス  作者: 留菜マナ
憑依の儀式編
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第二十章 根本的に彼に課せられたこと

綾花の住むマンションは最寄りの駅から少し歩いた先にある。

尚之との再戦後、いつものようにオートロックを解除し、エレベーターで六階へと行くと綾花は思い詰めたような表情で深くため息をついた。

ーー今日も、本当にいろいろなことがあり過ぎたな~。

「おかえりなさい、綾花」

頭を振ってドアを開けると、母親の出迎えがあって綾花は思わず少し戸惑った表情をみせてしまった。

「うん…‥…‥ただいま」

ぎこちなくそう応じる綾花の様子に目を瞬き、少しだけ首を傾げながら、綾花の母親は先を続ける。

「綾花。最近、帰りが遅いけれど、何かあったの?」

「…‥…‥う、ううん、何もないよ。ただ、たっくんと話していて長引いただけなの」

指先をごにょごにょと重ね合わせ、たまらず視線をそらした綾花に、綾花の母親は問いかけるような瞳を綾花に向けていた。

「うーん、本当かしら?綾花、方向音痴だから、お母さんとしては心配なのよね」

「…‥…‥そ、そんなことないもの」

「まあ、でも、拓也くんが一緒にいるのなら大丈夫ね」

そう言ってふて腐れたように唇を尖らせる綾花の頭を、綾花の母親は優しく撫でてやった。

それから、しばらく母親と差し障りのない会話をした後、綾花は自分の部屋へと入っていた。

ほっと一息ついた後、綾花は顔を上げてゆっくりと部屋を見渡し始める。

机の上には昂から取り戻したアルバムが置かれてあり、そして枕元には大好きなペンギンのぬいぐるみが置いてある。

いつもと変わりない自分の部屋。

なのに、不思議と綾花はどこか違和感を感じてしまう。

原因はなんとなく、綾花にも察しがついていた。

進の部屋と違って、この部屋にはゲームソフトもゲーム機も置かれていないからだ。

だから、微妙な違和感を消し去れないのだろう。

ゲーム関係のものを部屋に置いておくことは、拓也から固く禁じられていた。

綾花の部屋には、綾花の両親が立ち入るだけではなく、綾花の友達ーー茉莉や亜夢達も訪れることがある。

進の関連するものはできる限り、部屋に置かないようにして、避けられる危険は回避するべきだというのが、拓也の意見だった。

綾花としては、本当は進の時と同じようにいつでもゲームがしたいなと思っている。

だが、ただでさえ最近、帰りが遅いことを心配されているのに、これ以上、両親の心配の種を増やすわけにはいかなかった。

「ううっ~」

ゲームができないことをまぎわらすかのように、綾花は枕元に置いているペンギンのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる。

「ペンギンさん、負けちゃったね。次は必ず、勝とうね」

独り言のようにぽつりとつぶやくと、綾花はペンギンのぬいぐるみを抱きかかえたまま、どこか切なげな表情で窓の外を眺めていた。






その衝撃の知らせは、尚之との再戦の翌日にやってきた。

「ええっ!魔術で往復するの!?」

素っ頓狂な声を上げた綾花に、昂はさも当然というように頷いた。

放課後、綾花は思いきって拓也にゲームのことを相談しようとしたのだが、そこに何故か昂が強引に割り込んできたのだ。

「うむ。そうすれば、たとえ、綾花ちゃんの帰りが遅くなったとしても、すぐに家に帰れるという寸法だ。綾花ちゃんは早く帰れて、我は綾花ちゃんを送ることができる。まさに、一石二鳥だ」

「…‥…‥おい」

間一髪入れず、この作戦の利点を語って聞かせた昂に、拓也は苛立たしげに顔をしかめる。

「おまえ、魔術は謹慎処分になっていたんじゃなかったのか?」

「綾花ちゃんのためなら、謹慎処分など我の知ったどころではない」

苦虫を噛み潰したような拓也の声に、不遜な態度で昂は不適に笑う。

「ねえ、舞波くん」

しばらく考えた後、綾花は俯いていた顔を上げると昂に言った。

「どうかしたのか?綾花ちゃん」

「ごめんね。私、やっぱり、魔術には頼らない」

きっぱりとそう言い切った綾花に、昂は心底困惑して叫んだ。

「な、何故だ!?」

予想もしていなかった衝撃的な言葉に、昂は絶句する。

彼女が発したその言葉は、昂にとって到底受け入れがたきものであった。

拓也と昂を交互に見遣ると、綾花は申し訳なさそうに頭を下げた。

「だって、母さんと約束したもの。もう二度と、舞波くんの魔術には関わらないようにするって」

混乱しきっていた思考がどうにか収まり、昂は素っ頓狂な声を上げた。

「…‥…‥お、おのれ~!井上拓也!貴様、進の母上に根回しをするばかりではなく、綾花ちゃんにまで我の送り迎えをさせぬようにするとは不埒千万だ!」

「おまえの自業自得だろう」

昂が罵るように声を張り上げると、拓也は不愉快そうにそう告げた。

「ねえねえ、綾花」

腹の探り合いを続ける二人をよそに、茉莉が綾花に声をかけてきた。

「どうしたの?茉莉」

にこやかに言い募る茉莉に、綾花は不思議そうに首を傾げてみせる。

「あのね、今日、布施先輩が一緒に帰ろうって言ってーー」

そこまで言うと、茉莉は綾花の隣に立っている昂に訝しげな眼差しを向け、二度三度と瞬きを繰り返して聞いた。

「舞波くん。最近、綾花の周りに、よく付きまとっているわね?」

「うむ、当然だ!なにしろ、綾花ちゃんは我の彼女ーー否、我の将来の結婚相手だからな!」

よく見ろと言わんばかりに自分の顔と綾花の顔を指差しながら、昂は自慢げに胸を張ってみせる。

「もう、なに言っているのよ!舞波くん」

一瞬で顔を真っ赤に染め、赤らんだ頬にそっと指先を寄せる綾花に、昂は不適な笑みを浮かべて当然のように言ってのけた。

「仕方あるまい。 未来の支配者たる我の妃と呼べる者は、もはや綾花ちゃんしかおらん。つまりーー」

足を踏み鳴らして昂が高らかに宣言するのを受けて、残っていた生徒達がみな、不思議そうにこちらに視線を向けてきた。

「ーーばっ!?」

咄嗟に拓也が右手で昂の口を塞ぎ、事なきを得る。

困ったような視線を向ける綾花に、拓也は大丈夫だと頷き、帰宅のサインを示してみせた。

「あ、俺達、そろそろ行かないと」

「ーーあ、うん。茉莉、亜夢、また、明日ね」

「むっ、我はまだ、語り足りぬぞ!」

拓也は焦ったように綾花と昂の腕を掴むと、二人を教室から強引に連れ出した。

「綾花、大変だ~」

「井上くんも、ーーそれに、布施くんもね」

その慌ただしい様子に、今までのほほんと話を聞いていた亜夢が不思議そうに目をぱちくりと見開くのを受けて、茉莉は元樹の綾花への恋が前途多難を暗示しているように思えたのだった。






昇降口に辿り着いた拓也は、二人に振り返ると窮地に立たされた気分で息を詰めた。

視界に広がる雨の帳に、さらに拓也の心は憂鬱になる。

「頼むから、余計なことは言うな」

「むっ、綾花ちゃんは我の彼女だと言って何が悪いのだ」

昂は面白くなさそうに顔をしかめると、つまらなそうに言ってのける。

拓也はきっと厳しい表情で昂を見遣るときっぱりと告げた。

「綾花は俺の彼女だと言っているだろう!」

「否、我の彼女だ!」

慣れた小言を聞き流す体で、昂は拓也に人差し指を突きつけると勝ち誇ったように言い切った。

「さあ、綾花ちゃん、今日も楽しく下校しようではないか!」

どこまでも我田引水の見本のような台詞を吐く昂が、昇降口で靴を履き替えようとした瞬間、飾り気のない白い封筒がひらりと舞い落ちる。

「むっ?これはーー」

「ええっ!?…‥…‥ま、舞波くんに手紙?」

昂が眉を上げて訝しげる中、綾花は視線を落とすと動揺をあらわにして言った。

そんな中、拓也は平然と落ち着き払ってこちらに舞い落ちてきた手紙を拾う。そして封筒を手に取り、差出人を確認した。

「たっくん…‥…‥?」

混乱と動揺を何とか収めた綾花は、流れるように差出人を見て呆気にとられている拓也へと視線を向ける。

片手で顔を押さえていた拓也は、綾花の視線に気づくと朗らかにこう言った。


「舞波、おまえ、一体、何をしたんだ?」


衝撃的な言葉は、その場の空気ごとすべてをさらっていった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ほんとに何をして、何があったのですか?(笑)思わず聞きたくなるような、読者の興味をそそる幕引きが素晴らしかったです。さらなる波乱の予感がまた楽しいですね。今回もとても面白かったです。
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