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マインド・クロス  作者: 留菜マナ
憑依の儀式編
19/446

第十九章 根本的に決着の時、来たりて

「何故、我が負けるのだ!」

翌日、陸上部の部活後、ゲームの勝者である元樹の家へと向かう途中、昂が地団駄を踏んでわめき散らしていた。

「我が、進以外の者に負ける要素などあり得ぬ。その我が、何故、敗北を喫するというのだ!」

「もう、舞波くん!あれは、舞波くんが油断したからだよ!」

ところ構わず当たり散らす昂に、綾花が少し困り顔で昂をたしなめた。

唖然とした顔をした拓也と目が合うと、綾花は少し気弱な笑みを浮かべて聞いた。

「ねえ、たっくんはもう、あの記事は見た?」

「ああ」

銀髪をなびかせた綾花の言葉に、拓也は頷いた。

綾花はデニムジャケットとピンクのパンプスに、フレアスカートを合わせて着ていた。

銀色の髪はツーサイドアップに結わえており、ニット帽を被っている。

そこに立っているのは、間違いなくいつもの綾花だ。

だが拓也には、綾花そっくりの少女ーー『宮迫琴音』がそこに立っているようにも思えた。

「やっぱり、学校の時と同じようにいろいろと騒ぎになっているみたいだな」

表情を曇らせて沈んだ声に言う綾花に、拓也はあえて軽く言った。そして、元樹の家の前に着くと、持っているゲーム雑誌に再び、視線を落とす。

ゲーム雑誌には、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第一回公式トーナメント大会、決勝の舞台の記事が堂々と載っていた。

そこには、優勝した元樹の兄、尚之の写真とともに『宮迫琴音』に扮した綾花の姿も掲載されていた。

「…‥…‥ううっ、だ、大丈夫かな?バレたりしないかな?」

決まりの悪さを堪えるように綾花がおろおろとしながら口元に手を押さえると、元樹はこともなげに言う。

「問題ないだろう。観戦していた星原だって、まさか『宮迫琴音』の正体が瀬生だとは思っていないみたいだからな」

「そんなことより、我は進の勝利を信じている。進の強さは別格だからな」

「うん、ありがとう、舞波くん。絶対に私ーーいや、俺が勝ってみせる」

腕を組んで不遜な態度で告げた昂に、口振りを変えた綾花は俯き、一度、言葉を切った。

だけど、すぐに顔を上げると、綾花は苦々しい顔で吐き捨てるように言う。

「だけど、あいつも手強そうだよな」

「…‥…‥綾花」

「まあ、それでも、俺が絶対、勝つけどな」

そう言うと、綾花は楽しそうに小さな笑い声を漏らした。

そうして笑っている姿は、いつもの綾花そっくりで妙な感慨がわいてしまう。

複雑な心境を抱く拓也とは裏腹に、綾花はひとしきり笑い終えると爽やかにこう言った。

「じゃあ、俺、行くな」

ひらひらと手を振り、あっさりと踵を返した綾花に、拓也が慌てて声をかける。

「おい、綾花!」

「ーーあっ、そうだ」

元樹の家の扉に手をかけたところで、ふと思い出したように綾花は振り返った。

ふわりと翻る銀色の髪。

綾花によく似た顔が、綾花が絶対に浮かべない不敵な表情を浮かべる。


「井上。今日は思いっきりいくんで、ハメを外してしまったらごめんな」


なに言ってーー。

口を開いた拓也が声をかける前に、元樹の家の扉はゆっくりと閉じていった。






先程の言葉はどういう意味なのかーー。


綾花と尚之のバトルが始まってすぐに、拓也は綾花が最後に口にした言葉の意味を理解した。

あのオンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第一回公式トーナメント大会の決勝戦の再来のように、尋常ではないバトルを繰り広げている二人を見て、拓也は思わず頭を抱えたくなってしまう。

「…‥…‥ハメを外しすぎだ」

押し殺すような拓也の声に、元樹は軽く肩をすくめてみせた。

「まあな。でも瀬生に負けず劣らす、兄貴も随分、ハメを外しすぎているけどな」

「うむ…‥…‥」

昂はそんな台詞には意を介さず、意味ありげに言葉を続けた。

「ハメを外そうともこの気迫、さすが進だ。まあ、初心者たる貴様には分からぬことゆえ仕方あるまいな」

「…‥…‥おい」

そこから、しばし拓也と昂の視線での攻防戦が続いた。

睨み合う二人をよそに、綾花はゲーム画面にしか目に入っていないかのように抱きしめんばかりの勢いでコントローラーを操作していた。

最強の相手というのは、綾花のーー進の心をこれ以上なく熱くさせるものだった。

残像が残るほどの速く激烈な斬撃。

上下左右、ほぼ予測不可能なタイミングで襲ってきたそれらを弾き返し、打ち返しながら、綾花もまた浴びせかけるような連撃を繰り出す。

宮迫琴音として扮したことがバレないかハラハラしていた綾花も、綾花との決勝戦の再来を待ち望んでいた尚之も、ひとたびバトルを始めれば、果てのない死闘に夢中になっていた。

綾花に連撃を見舞っていた尚之が、技の終息に合わせて必殺の連携技を発動させる。

『烈風十四連撃!!』

「ーーっ!」

一呼吸の間に、十四連撃を繰り出す大技中の大技。

驚愕する綾花を穿つ連携技の大技は、しかし、ぎりぎりのところで体力ゲージを残した。

ーー兄貴がし損ねた!

元樹が驚きを口にしようとした瞬間、綾花は超反応で硬直状態に入った尚之のキャラに乾坤一擲のカウンター技を放つ。

『ペンギンローリング!!』

連携技の大技後の大技。

大技後の硬直の隙を狙ったにしては豪華すぎる技に、尚之は思わず目の色を変えた。

誰が見ても完全なタイミングでのカウンターは、刹那、尚之の絶妙なコントローラーさばきによって、体力ゲージぎりぎりのところまでで何とか凌ぎきられる。

驚きとともに大振りの技を誘導された綾花に、尚之はとっておきの技を合わせる。

「ーーっ!?」

音もなく放たれた一閃が、綾花の操作するキャラを切り裂いた。

致命的な特大ダメージエフェクト。

体力ゲージを散らした綾花のキャラは、ゆっくりと尚之のキャラの足元へと倒れ伏す。


『YOU WIN』


システム音声がそう告げるとともに、尚之の勝利が表示される。

「よしっ!」

「くっ、負けた!」

尚之と綾花の二人が、それぞれ同時に別の言葉を発する。

「…‥…‥勝った」

尚之は噛みしめるようにつぶやくと、胸の奥の火が急速に消えていくような気がした。

同時にフル回転していた思考がゆるみ、強ばっていた全身から力がぬけていく。

あのオンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第一回公式トーナメント大会の決勝の舞台でつけられなかった決着をようやく成し終えて、尚之は満足げに笑みを浮かべてみせる。

「元樹」

名前を呼ばれて、そちらに振り返った元樹は、最後の一撃を放ってから天を仰いでいた尚之を見た。

「今日は、宮迫さんを連れてきてくれてありがとう」

「それはいいけど、宮迫と再戦したこと、誰にも言わないでくれよな」

「ああ、分かっている」

元樹が念を押すようにぼやくと、尚之は真剣な表情でしっかりと頷いてみせた。






時刻はもう夜だった。

かたことと揺れる列車の車内で窓の外を通り過ぎる住宅地やショッピングモールなどの景色を眺めながら、拓也は拳を強く握りしめて唸った。

ちょうど帰宅ラッシュのピークとぶつかり、車内はかってないほど混みあっている。

帰りの列車の中で身を縮め、何とか吊革に掴まりながら不服そうに唇を尖らせている綾花から視線をそらすと、拓也は薄くため息をついた。

「…‥…‥それにしても綾花が負けるなんて、布施先輩はホントにすごいんだな」

「そうか?俺はあの兄貴と互角に渡り合った瀬生の方がすごいと思うけどな」

しれっとした元樹のその口振りに、拓也は意外そうに眉をひそめてみせる。

拓也は軽く肩をすくめると、前々から疑問に思っていたことを口にした。

「それにしても、元樹も布施先輩も陸上部で忙しいというのに、よくここまで強くなれたな」

「まあ、兄貴の場合、陸上部にはゲームのために入ったようなものだから」

「はあ?なんだ、それは?」

呆れ顔の拓也にそう言われても、元樹は気にすることもなくあっさりとした表情で言葉を続ける。

「中学時代にさ、兄貴、欲しかった初回限定版の新作ゲームソフトを買おうとしたことがあったんだ。だけど、先を越されて買えなかったことがあったんだよ。それ以来、足を鍛えるとか何とか言って、俺と同じ陸上部に入ってきたんだよな」

「そんなことはどうでもよい。我のテリトリーの中で、綾花ちゃんが泣いているというだけでも万死に値する」

元樹があっけらかんとした口調で言ってのけると、憤懣やる方ないといった様子で昂がそう吐き捨て、目の色を変えて綾花のもとに近づこうとする。

「はあ?…‥…‥泣いている?」

これ見よがしに昂が憮然とした態度で言うのを聞いて、拓也と元樹ははっとしたようにまじまじと綾花を見た。

「ううっ…‥…‥」

拓也達のいる場所から押し出されたのか、いつの間にか周りを体格のよい乗客に囲まれて、小柄な綾花は押しつぶされそうになっていた。身動きが取れないのか、辛そうに眉根をよせてうつむいている。

「綾花!」

「瀬生!」

「綾花ちゃん、我が必ず救ってみせるのだ!」

次の瞬間、拓也達は無我夢中で密集する乗客を押しのけて綾花のもとへと進んでいっていた。


綾花!

もう少し!

もう少しの辛抱だ!


拓也の必死に伸ばした手が、つり革をつかめずにさ迷っていた綾花の手に触れた。

涙目の綾花が、弾かれたように顔を上げる。

「ううっ…‥…‥たっくん!」

「綾花!」

拓也は綾花の手を強くつかみ、人と人の間に強引に分け入りながら、綾花を自分達の方へと引き寄せる。

「もう、大丈夫だからな!」

「…‥…‥うん」

再び、乗客によって引き離されないように背中で彼らを押し戻しながら、拓也は綾花を抱きしめていた。

綾花は拓也の胸に顔をうずめて、肩を震わせている。

「うむ、心配するな、綾花ちゃん。我が綾花ちゃんのことを守ってみせるのだ!」

「…‥…‥ま、舞波くん!」

そう言うと同時に、昂が綾花の背中に抱きついてきた。

「おい、舞波!どさくさに紛れて、綾花に抱きつくな!」

「否、我は綾花ちゃんを守らなければならぬ!」

ぎこちない態度で拓也と昂を交互に見つめる綾花を尻目に、拓也は綾花から昂を引き離そうと必死になる。だが、昂は綾花にぎゅっとしがみついて離れようとしない。

「…‥…‥はあ」

そんな中、拓也達と同様に綾花のもとへと向かっていたのだが、入口付近で新しく乗ってきた乗客に囲まれてしまい、綾花達の輪に入り損ねてしまった元樹が不満そうに唇を噛みしめていたのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ゲームのために陸上部というのがファンキーで、なんというか新しい発想で面白かったです。懐かしい感覚ですね。ゲームを買うのにダッシュするって。ゲームの勝敗もまた気を揉まされて。今回もとても面白…
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