第五十五章 根本的に昨日の君は僕だけの君だった①
元樹と昂。
陽向と玄の父親。
睨み合う四人の視線が、ステージの中央で不可視の火花を散らす。
先に動いたのは元樹だった。
元樹が地面を蹴って、陽向達との距離を詰める。
「元樹くん、止まーー」
迷いなく突っ込んできた元樹に合わせ、前に出た陽向が早速、魔術を使おうとする。
陽向の行動を確認すると同時に、元樹は陸上部で培った運動神経を用いて急制動をかけた。
「えっ?」
「舞波!」
「むっ、分かっているのだ!」
魔術をかけられる前に、敢えて止まってみせる。
予想外の行動を前にして戸惑う陽向とは裏腹に、元樹は冷静に昂へと視線を向ける。
「黒峯陽向、今こそ、我の魔術を食らうべきだ!」
元樹の言葉に応えるように、昂は裂帛の気合いを込めて魔術を放った。
意表をついた昂の魔術。
だが、それは口にした陽向ではなく、玄の父親へと向かっていく。
「昂くん、残念だが同じ手は食わない」
玄の父親は魔術の知識を用いて、昂の魔術から身を護る防壁を生み出すと、即座に陽向に目配せした。
「陽向くん」
「うん。叔父さん、任せて!」
「……むっ!」
陽向は申し合わせたように、昂が放った魔術を相殺する。
「何故、我の魔術がこうもあっさりと相殺されるのだ! おのれ~。かくなる上は、我が大きくなるべきーー」
「あのな……。だから、こんな場所で大きくなったら、会場が崩壊するだろう!」
居丈高な態度で再び、同じ過ちを繰り返そうとしていた昂を引き留めると、元樹は呆れたように眉根を寄せる。
陽向は人差し指を唇に当てると、人懐っこそうな笑みを浮かべてこう助言した。
「ねえ、昂くん。ここで、大きな魔術は使えないと思うよ」
「かもな」
その言葉が合図だったように、元樹は魔術道具を使って、一瞬で陽向のもとまで移動する。
そして、陽向の体勢を崩すために足払いをした。
「うわっ……!」
静と動。
本命とフェイント。
元樹は移動に魔術道具を用いて、陽向の意表を突くと、緩急をつけながら時間差攻撃に徹する。
攻撃手段が魔術でないため、跳ね返すことが出来ない陽向は次第に翻弄されてしまう。
「元樹くんはすごいね」
間一髪で難を逃れた陽向は、巧妙な元樹の攻撃方法に感嘆の吐息を漏らす。
「布施元樹。黒峯陽向は、我が倒すべき相手だ!」
「うーん。僕は昂くんでも、元樹くんでも、どちらでもいいよ」
昂の挑発めいた発言に、陽向は悠々とその場で浮遊する。
「むっ! 我は納得いかぬ!」
曖昧に言葉を濁した陽向を見据えて、昂は両拳を振り上げて憤慨した。
「何故、どちらでもいいのだ! 貴様、何ゆえ、偉大なる我の方を選らばぬ!」
「僕は、昂くんとも元樹くんとも戦いたいからだよ」
昂の抗議に、楽しげに飛行していた陽向は地面に降り立った。
「さあ、始めようか。麻白をーーそして、魔術書を賭けた勝負を!!」
陽向が魔力を解放する。
その瞬間、陽向から放たれた魔力の大きさに、昂は目を見開いた。
「むむむむむっ……!! 減らず口を叩いていられるのも、今のうちなのだ!!」
昂は対抗するだけではなく、圧倒するための力を放とうとした。
陽向達が綾花達が動くのを待っていたように、昂もまた、陽向達に対抗するために魔力を高めていたのだ。
それは、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』のモーションランキングが落ちたことさえも気付かないほどの昂の意地と執念が成した業だった。
「昂くんの魔力、上がっているね」
昂の魔力を見計らって、さすがの陽向も感服する。
「綾花ちゃんも、我の魔術書も渡さないのだーー!!」
「麻白が戻ってくるのを待っていた。僕達はずっと、麻白が戻ってくるのを待っていたんだよ。昂くん!!」
昂の魔術と陽向の魔術。
それらは一つだけ放たれていれば、辺りを滅ぼすものだっただろう。
だが、二つの流れは衝突し、相殺し合った。
しかし、直後に起きた現象を正確に認識できた者はいなかった。
ただ、二人が振るった最大限に放たれた魔力がーーその場に斬撃の嵐を起こしたとしか、綾花達には理解できない。
「……っ。すげえ威力だな……。少しは手加減しろよな」
「黒峯陽向相手に、手加減など出来るはずもなかろう」
元樹が魔術道具を掲げて会場内を元に戻すと、昂は臨戦態勢を解くこともなく、陽向との戦闘を踏襲する。
「昂くんも、さすがに陽向くん相手では手を抜けないようだな」
「おのれ~! いつの間にか、黒峯蓮馬まで迫ってきているではないか!」
昂が癪に障るように声を振り絞る。
そこにはーー昂達の驚愕に応えるように、玄の父親が嗜虐的な笑みを浮かべて立っていた。
「布施元樹、黒峯蓮馬は貴様に任せる。我は黒峯陽向に総合病院での戦いの借りを返さなくてならぬ!」
「ああ、分かった。陽向くんは、おまえに任せるーー」
元樹が了承を口にする前に、昂は次の一手を講じていた。
「黒峯陽向、喰らうべきだ!!」
その一撃は、その場にいたほぼ全員が予想していなかった。
綾花達が止める暇もなく、昂は迷いなく、陽向に向かって魔術を放つ。
企業説明会で玄の父親に放った魔術と同じように、陽向にだけ攻撃が及ぶように射程を絞っている。
そして、強力な魔術を放てるようにと、威力を一点に集めていた。
誰が見ても完璧な不意討ちを前にして、陽向には動揺の色は見受けられなかった。
むしろ、初めから昂が攻撃をする瞬間を見切っていたように、陽向は後方に移動して魔術をかわす。
「昂くんの魔術はすごいね」
「黒峯陽向。この間の借り、そして我の魔術書を取り戻す時が来たのだ!」
「うん。昂くん、期待しているよ!」
一拍だけ間を置いて、射貫くように鋭い視線を向けた昂に対して、月下に咲く大輪の花のように、陽向は不敵に微笑んでみせた。
「……舞波も陽向くんも容赦ないな」
「た、たっくん、大丈夫?」
「ああ」
観客席にまで巻き込んだ仮借がない魔術の嵐に、拓也は綾花を庇いながらもうめく。
「綾花、行くぞ!」
「……うん」
立ち上がった拓也は、魔術の巻き添えを食わないように綾花を安全な場所へと避難させていった。
綾花は今、麻白ではなく、観戦席に座っていた少女へと姿を変えている。
「麻白お嬢様……!」
「麻白お嬢様を、彼らから取り戻さないといけないというのに、これでは……」
拓也の目線の先では、玄の父親の近くにいた警備員達が行方をくらませた綾花達の捜索を続けていた。
時が止まっている。
だが、警備員達は、それでも自由に身動きが取れていた。
警備員達の視線が向く度に、拓也達は動きを止めて、時が止まっているかのように見せかける。
恐らく、俺達が舞波の魔術と魔術道具の効果で動けているように、陽向くんと黒峯蓮馬さんの力によるものだろうな。
拓也が状況を示唆している最中も、警備員達はどこに本物の綾花が居るのか分からず、混乱を深めていた。
「どうする?」
「別段、問題ない。大会が終わっても、麻白お嬢様はここから出られないからな」
「……出られない? 何か、仕掛けているのか?」
拓也は綾花を守りながらも、警備員達の話に耳を傾け、戦いの趨勢を見極めようとする。
「……ん?」
「ーーっ」
警備員達の目が向けば、拓也達は石のように動きを止める。
綾花、大丈夫だからな。
絶対に守ってみせる。
拓也は胸の内の迷いを振り払うかのように、綾花の腕を掴む手に想いを込めた。




