第五十四章 根本的に奇跡を願う④
「舞波を拘束していた警備員達も、時が静止したことで動きが止まったみたいだ。時を止めたことが裏目に出たみたいだな」
「そうか。舞波の時が止まっていないから、魔術道具の近くにいた俺達も時が止まっていないんだな」
元樹の的確な意見を聞き留めて、拓也は納得したように昂に目を向ける。
「綾花ちゃんも、我の魔術書も渡さないのだーー!!」
「始めようか、昂くん。麻白をーーそして、残りの魔術書を賭けた勝負を!!」
大会会場の中央で、昂と陽向は互いの信念を賭けて向かい合った。
昂の魔術と陽向の魔術。
それらはそのまま放たれていれば、会場自体が崩壊するほどの威力だっただろう。
会場全体にまで巻き込む容赦ない魔術の嵐の前では、時を止められた状態の人達には為す術もない。
だからこそ、救出してくれた1年C組の担任から告げられたとおり、昂はひとまず、大会会場に被害が及ばない魔術を放った。
「今すぐ、黒峯陽向の背後に回るべきだ!」
「なら、先に昂くんの背後に回ろうかな」
『対象の相手の元に移動できる』魔術を使った昂に対して、陽向は対抗するだけではなく、圧倒するための力を解き放った。
「むっ!?」
「舞波くんの後ろに……!」
「舞波が、逆に背後を取られたのか……?」
綾花と拓也が驚愕する中、いつの間にか昂の背後に佇んでいた陽向は不敵な笑みを浮かべる。
「おのれ、黒峯陽向。我の後ろに回るとは……!」
先手を打つ前に、背後を取られた昂は不愉快そうに顔を歪めた。
「ならば、黒峯陽向。今すぐに、綾花ちゃんから手を引くべきだ!」
「昂くんが手を引いてほしいな」
「うむ。分かったのだ……」
前と同じ要領で魔術を跳ね返されて、昂はあっさりと陽向の要求を呑んでしまう。
「……おい」
「はあ……。舞波の魔術の効果を解かないといけないな」
企業説明会の時と同じ失敗を繰り返す昂に、拓也と元樹はうんざりとした顔で冷めた視線を向ける。
「舞波を元に戻してくれないか!」
「いつも元樹くんが、昂くんの対処に追われているんだね」
決意するように魔術道具をかざした元樹を見て、陽向は同情するように呟いた。
「我は納得いかぬ!」
元樹が使った魔術道具によって、元に戻った昂は地団駄を踏んでわめき散らした。
「何故、我の魔術がこうも先手を取られたり、あっさりと跳ね返されるのだ! おのれ~。ならば、これなら跳ね返したとしても、我が勝利することになる。黒峯陽向、大きくなるべきーー」
「おい!」
「あのな……。こんな場所で大きくなったら、会場が崩壊するだろう!」
居丈高な態度で再び、同じ過ちを繰り返そうとしていた昂を引き留めると、拓也と元樹は呆れたように眉根を寄せる。
「我の魔術に対抗できる者などおらぬ。おらぬのだ。その我が何故、こうもあっさり、黒峯陽向に出し抜かれるというのだ!」
「ふわわっ。舞波くん、落ち着いて!」
ところ構わず当たり散らす昂に、綾花が困り顔でたしなめた。
元樹は腕を組んで考え込む仕草をすると、余裕の表情で事の成り行きを見守っている陽向の様子を物言いたげな瞳で見つめる。
「舞波は意外と功を焦っているのかもな」
「まあ、確かに、いつもより変な行動が多いな」
困惑したように驚きの表情を浮かべる拓也に、元樹は軽く肩をすくめると手のひらを返したようにこう言った。
「だけど、やっぱり、陽向くんの魔術は、舞波の魔術と同じように万能ではない。これなら、対抗することができるな」
「なっ?」
元樹の確信に満ちた言葉に、拓也は不意をうたれように目を瞬く。
戸惑う拓也をよそに、元樹は深々とため息をついて続ける。
「なあ、舞波。魔術書を取り戻すためにーーそして、綾を護るために力を貸してくれないか?」
「ーーっ」
「元樹くん?」
「むっ?」
それは拓也と綾花、そして昂にとって、全く予想だにしていなかった言葉だった。
元樹は先程、届いたメールを見ながら、鋭く目を細める。
「今、先生と先生の奥さんが、黒峯蓮馬さん達から綾を護るための行動を移そうとしている。拓也は、俺と舞波が陽向くんと黒峯蓮馬さんに対抗している間、魔術の被害から綾を護ってくれないか?」
「わ、分かった」
断固とした意思を強い眼差しにこめて、はっきりと言い切った元樹に、拓也は綾花の手を握りしめると戸惑いながらも頷いてみせた。
しかし、元樹の提案を聞いた昂が、なおも不服そうに機嫌を損ねる。
「布施元樹。我の魔術の前では、貴様の協力など必要ないのだ!」
「ああ、分かっている」
昂の言葉に、元樹が納得したように頷いた。
だが、すぐに、元樹は意味ありげに綾花に視線を向ける。
「だけど頼む、舞波。俺に、おまえの魔術を直で見せてほしい。綾を護るためには、おまえの魔術が必要不可欠になる。恐らく、おまえの魔術がさらなる真価を発揮しないと、綾を護れそうもないからな」
「なるほどな。ついに貴様にも、我の魔術の神秘的な凄さが分かったというわけだな」
真剣な眼差しで視線を床に降ろしながら懇願してきた元樹に、昂は腕を組むとこの上なく不敵な笑みを浮かべながら答えた。
「よかろう!我が必ず、綾花ちゃんをーー麻白ちゃんを、黒峯蓮馬と黒峯陽向の魔の手から護ってみせるのだ!」
「ありがとうな、舞波。俺も、できる限りのフォローをするな」
昂の自信に満ちた言葉に対して屈託なく笑う元樹に、拓也は訝しげに眉をひそめる。
「おい、元樹。どうする気だ?」
「これから、俺達は陽向くんと黒峯蓮馬さん達から、綾を護っていかないといけない。だが、陽向くんと黒峯蓮馬さん、どちらも厄介な相手だ」
「ああ」
拓也があくまでも真剣な表情で頷くと、元樹は意図的に笑顔を浮かべて言う。
「時を止められていることで、俺達と舞波の近くにいた先生達しか頼れる人がいない。恐らく、舞波のおばさんも止まっているはずだ」
「確かにな」
苦々しい表情で、拓也は陽向の方を見遣る。
これから、陽向くんと黒峯蓮馬さん達から、綾花を何としても護らないといけない。
舞波と同じように魔術が使える陽向くん。
そして、舞波さえも知らない魔術の知識を用いる黒峯蓮馬さん。
どちらも、魔術を使える舞波を翻弄するほどの使い手だ。
確かに、あの魔術道具を持っている元樹の協力は必要不可欠かもしれない。
その上で、新たな協力者となり得る阿南輝明にどう接触し、説明するのか。
拓也の思考を読み取ったように、元樹は静かに続けた。
「まあ、俺達に出来ることは限られてくるし、前と同じ対処じゃ、これから先は通用しないと思う」
「布施元樹くん。君はやはり、侮れないな」
元樹の提案に、綾花達のもとを訪れた玄の父親は目を伏せると静かにこう告げる。
「だが、別の対処で挑めば、私と陽向くんに対抗できるというのは間違いだ」
「だろうな」
嘲笑うような玄の父親の言葉に、元樹はまっすぐに陽向を見据えた。
「だけど、陽向くんが魔術を使っている時は、黒峯蓮馬さんは身を守る程度の魔術の知識しか使うことができないはずだからな」
決意に満ちた顔。
その表情を見た瞬間、玄の父親は元樹の思惑を理解した。
「なるほど。それが狙いか」
「たとえ、二人がかりでも、僕達には勝てないよ」
ふっと悟ったような表情を浮かべる玄の父親をよそに、両手を広げた陽向が滔々と言う。
「やってみないと分からないだろう!」
「黒峯陽向、そして黒峯蓮馬。今度こそ、我の魔術の凄さを知らしめてみせるのだ!」
元樹が態度で陽向の言葉を否定すると、昂は当然というばかりにきっぱりと告げる。
そんな中、綾花達も、玄の父親達も気づいていなかったのだが、観戦席からそんな彼らの様子を見つめている者がいた。
時が止まっているーー。
「……何が起きている?」
この局面において、彼は予想外の出来事に見舞われたようにつぶやいた。
「……当夜も花菜もカケルも、まるで時が止まってしまったかのように動かない」
彼はーー『クライン・ラビリンス』のチームリーダーである阿南輝明は周囲の視線を巡らせ、茫然自失の状態に陥っていたのだった。




