第五十章 根本的に星と月④
「俺達は、予選Aブロックか」
「ああ」
予選Aブロックのステージに立つと、問いかけるような声でそう言った拓也に対して、元樹は軽く頷いてみせる。
巨大なモニターに表示されているトーナメント表。
それを見た綾花は感極まったように告げた。
「玄、大輝。あたし達、このまま、勝ち進めば、準決勝であかり達、『ラ・ピュセル』と対戦することになるよ!」
「あいつらがそこまで勝ち進めたら、の話だろう」
両手を広げた綾花の嬉しそうな表情を受けて、大輝は不服そうに目を細めてから両拳をぎゅっと握りしめた。
「そうだな」
笑ったような、驚いたような。
あらゆる感情の混ざった声が、玄の口からこぼれ落ちる。
「準決勝で、雅山達と対戦するかもーー」
「さあ、お待たせしました! ただいまから、予選Aブロックを開始します!」
何かを告げようとした拓也の言葉をかき消すように、実況の声が綾花達の耳に響き渡る。
実況の予選Aブロック開幕の言葉に、観客達はヒートアップし、万雷の歓声が巻き起こった。
オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の公式トーナメント大会は、毎年、参加するプレイヤー、チームが多いため、個人戦、チーム戦の予選では、複数のプレイヤー、またはチームが同時に戦って、勝利したプレイヤー、そして、チームが本選に進める流れになっていた。
「たっくん、友樹、そろそろ始まるみたいだから、行ってくるね」
先程までの緊迫した空気などどこ吹く風で、今か今かと了承の言葉を待っている綾花に、拓也は思わず顔をゆるめていつものように優しく頭を撫でる。
「ああ」
「麻白、頑張れよ」
「ありがとう、たっくん、友樹」
拓也と元樹の声援に、綾花はほんの少しくすぐったそうな顔をしてから幸せそうにはにかんだ。
そして綾花は、予選Aブロックのステージで、綾花達のやり取りを見守っていた玄と大輝のもとへと駆けていったのだった。
空から降り注ぐ星の光の先で、美しくも禍々しい天使の羽根がついたロッドが振る舞われる。
星の光の先にいるのは、アンティークグリーンのミニドレスを着た少女だ。
アホ毛を揺らしながら、麻白の姿をした綾花は小柄な身体にあるまじき膂力で、その少女キャラを操作していた。
綾花のキャラに、ロッドの一撃によって吹き飛ばされたことにより一旦、その場を退こうとした対戦相手の出鼻をくじくような形で、玄のキャラは相手の背後を取ると、対戦相手が振り返る間も与えずに続けて斬撃を放ってみせる。
「……なっ」
開始早々、仲間の対戦相手のキャラの体力ゲージをいともあっさりと削り、容赦なく彼らを追い詰めていく綾花達に、対戦相手の一人は愕然とした表情でつぶやいた。
「ーーっ!」
しかし、その動揺も突如、自分のキャラの背後に回った大輝のキャラが、大鉈を振るってきたことでピークを迎える。
反射的に彼は自身のキャラの武器で、『ラグナロック』のさらなる猛攻を迎え撃とうとして、その瞬間、接近してきた玄のキャラに受けようとした武器ごと深く刻まれた。
「……強い」
予選開始から数分後、他の対戦相手達のキャラの体力ゲージをいともあっさりと削り、勝利した綾花達に、拓也は愕然とした表情でつぶやいた。
個人戦と違い、チーム戦は複数のチームと同時に戦う可能性が非常に高い。
必然的に一対一の戦いは少なくなり、不慮の一撃というのも増えていく。
しかし、そんな乱戦状態の中でも、綾花達はーーオンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第二、三回公式トーナメント大会のチーム戦、優勝チーム『ラグナロック』は、的確かつ確実に予選Aブロックを勝利していた。
きっと、俺と玄達とでは、今もまだ、天と地ほどの実力差があるのだろう。
ぴりっと張り詰めた緊張感が溢れる中、元樹が苦々しく呟いた。
「やっぱり、強いな」
ぞんざいに呟く元樹を横目に、拓也は視線を落とすと元樹にだけ聞こえる声で静かに告げる。
「そ、そういえば、元樹は大会には出ないのか?」
「兄貴は、陸上部と個人戦の掛け持ちをしているけれど、俺は出るのは非公式の大会だけに留めている」
拓也の疑問に、元樹は記憶の糸を辿るように目を閉じた。
「なっ! 元樹は、公式の大会には出たことはないのか?」
「ああ」
やや驚いたように声を上げた拓也に、元樹は少し逡巡してから答えた。
「兄貴や麻白達の付き添いとかで、こうしてステージの近くに立ったことはあるけれどな」
拓也の言葉にそう答えた元樹は、携帯を取り出すと、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』のモーションランキングシステムをネット上で検索してみる。そして、携帯に表示されたランキングリストと補足説明を、拓也にそっと見せた。
モーションランキングシステム
1位、布施尚之
(個人戦の三冠覇者)
2位、阿南輝明
(第一回公式トーナメント大会のチーム戦、優勝チーム、そして、第二、三回公式トーナメント大会のチーム戦、準優勝チームである『クライン・ラビリンス』のリーダー)
3位、黒峯玄
(第二、三回公式トーナメント大会のチーム戦、優勝チームである『ラグナロック』のリーダー)
4位、高野花菜
(第一回公式トーナメント大会のチーム戦、優勝チーム、そして、第二、三回公式トーナメント大会のチーム戦、準優勝チームである『クライン・ラビリンス』のメンバー)
5位、浅野大輝
(第二、三回公式トーナメント大会のチーム戦、優勝チームである『ラグナロック』のメンバー)
6位、ーー
7位、ーー
8位、布施元樹
9位、雅山春斗(『ラ・ピュセル』のリーダー)
10位、ーー
「……舞波が、上位から落ちているな」
「ああ。舞波は最近、不調みたいだな」
怪訝そうな顔をする拓也に、元樹はきっぱりとこう続けた。
「だが、雅山の兄は段々、俺とそんなに差はなくなってきているはずだ。俺も負けていられないな」
元樹は携帯をしまうと、迷いなく断言する。
「そういえば、肝心の舞波はどうしたんだ?」
「ああ。舞波に頼んで、遠くから俺達と黒峯蓮馬さん達の様子を探ってもらっていたんだが、その際、大会参加チーム用の入口ゲートを強行突破しようとして捕まったらしい」
「……それで、舞波の姿が見当たらなかったんだな」
元樹の言葉に、額に手を当てて呆れたように肩をすくめると、拓也は弱りきった表情で言った。
「まあ、舞波が暴走するのはいつものことだけどな」
「……確かにな」
呆れを帯びた元樹の声に、拓也もわずかに真剣さを欠いた調子で穏やかに言葉を紡ぐ。
ふとその時、元樹は大会会場の入口ゲートの端に、見覚えのある警備員達の姿を目にする。
「…‥…‥拓也。どうやら、黒峯蓮馬さん達に先手を取られたみたいだ」
「元樹、どういうことだ?」
拓也が意味を計りかねて元樹を見ると、元樹は悔やむように唇を噛みしめた。
「既に大会会場の入口ゲートは、黒峯蓮馬さんの警備員達によって封鎖されているみたいだ。黒峯蓮馬さんは今回も、俺達をこの大会会場から出すつもりはなさそうだな」
「なっーー」
元樹の思いもよらない言葉に、拓也は不意をうたれように目を瞬く。
戸惑う拓也に、元樹は深々とため息をついて続ける。
「俺は先生に連絡して、事情聴取を受けている舞波の確保をお願いしようと思っている。拓は、ここから逃げられそうな場所を探してくれないか?」
「わ、分かった」
元樹の言葉に思わず、そう頷くと、拓也は不意に以前、玄の父親から告げられた、ある言葉を思い出した。
『……麻白。麻白が望む未来をーー私達が望む未来を必ず、私は手にしてみせる。誰にも邪魔はさせない。例え、それが麻白の友人だったとしても』
麻白達が望む未来か……。
大会会場の入口ゲート付近に配置されている玄の父親の警備員達を見て、嫌な予感が拓也の胸をよぎった。
綾花達のバトルが終わるまでに、黒峯蓮馬さんの警備員達の包囲網を掻い潜り、ここから抜け出す方法を探せるだろうかーー。
この上なく熱いバトルが繰り広げられている予選ステージを見つめながら、拓也は漠然と消しようもない不安を感じていたのだった。




