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マインド・クロス  作者: 留菜マナ
憑依の儀式編
18/446

第十八章 根本的に彼らの意見はマッチングしない

いつもと同じように、拓也と綾花は昂に付きまとわれながらも、学校に着くと正門から校舎まで歩き、昇降口から教室へと向かう。

そうして教室のドアを開けた瞬間、茉莉が突然、綾花に抱きついてきた。

「おはよう、綾花」

「ふわっ、ちょ、ちょっと茉莉」

「ちょっと聞いてよー!あっ、井上くんもおはよう」

言いながら、茉莉は軽い調子で右手を軽く上げて拓也に挨拶する。

「はあ~。俺は相変わらず、綾花のついでか?」

顔をうつむかせて不服そうに言う拓也の言葉にもさして気にした様子もなく、茉莉は興奮気味に話し始めた。

「この間、布施先輩が参加したゲームの大会を見に行った時にね、すごくゲームが上手い女の子がいたのよ。 なにしろ、優勝した布施先輩と互角に渡り合っていたんだから。でも、何でも偽名登録とかで、その場で失格になってしまったらしいのよ!」

ゲームが上手い女の子、その単語が出た瞬間、綾花の表情があからさまに強ばった。

オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第一回公式トーナメント大会の決勝の噂は、茉莉だけではなく他の生徒達の注目をも集めていた。

「私が思うに、あの宮迫琴音っていう女の子は、綾花の親戚かなんかじゃないのかなって思うのよね!」

核心をついてくる鋭い茉莉に、綾花は内心焦ったように背後の拓也と顔を見合わせた。

茉莉は得意げに人差し指を立てると、さらに言葉を続ける。

「なにしろ、綾花に似た雰囲気の女の子だったんだから!」

「…‥…‥そ、そうなんだ」

「ねえ、もしかして、本当に綾花の親戚の女の子だったりする?」

「えっと…‥…‥」

気圧される綾花を尻目に、興奮冷めやらぬ茉莉を押しのけるようにして拓也は言った。

「あのな、星原。そんなはずないだろう。俺は綾花とは家族ぐるみの付き合いだけど、そういうたぐいものに興味がある親戚の人はいなかったはずだ」

「…‥…‥むっ。まあ、そんな偶然ないよね」

綾花をかばうようにして立った拓也を見て、茉莉は少し訝しげながらも納得したように頷くと自分の席へと引き上げていった。

「あっ!亜夢もそう思った!」

茉莉が自分の席へと引き上げていった矢先、ひょっこりと綾花の前に姿を現した亜夢が陽気な声で言う。

「だって、綾花、ゲームしないもの」

「…‥…‥う、うん」

まさか、思いっきりゲームにハマっていますとは言えず、綾花は曖昧な返事を返した。

それをどう解釈したのか、亜夢は人懐っこそうな笑みを浮かべると思いがけないことを口にし始めた。

「きっと、綾花のそっくりさんだ~」

「…‥…‥そうだな」

なんと答えていいのか分からず、拓也はもやもやしたものを押さえ込むように頷く。

そんな中、ゲームが好きなことを言いたくてたまらないとばかりに、きゅっと目を細めて頬に手を当てる綾花を見て、拓也はすでに残り少ない気力がぐんぐん目減りしていくのを感じていた。






「しかし、どこで対戦するかだな」

拓也が静かにそう告げて、陸上部の部活後、拓也の家に訪れた綾花達を見渡した。

昂と元樹と、つい先日、拓也の日常を引っかき回した彼らがそろいもそろって神妙な顔で座っている。

綾花をめぐっての奇妙な四角関係の彼らが、そろって拓也の部屋にいるのはどこか異質な感じがした。

だが、そうならざるを得ない出来事が、この短い期間に立て続けに起こっていた。

拓也の質問に、綾花は人差し指を立てるときょとんとした表情で首を傾げてみせる。

「ねえ、たっくん。オンラインバトルゲームだから、どこでも対戦できるよ。なんなら、私のーー進の家でオンライン対戦か、布施くんの家で対戦したらどうかな?」

「それはダメだ」

綾花の当然の疑問に、拓也はきっぱりとそう言ってのけた。

うーん。

布施くんのお兄さんと対戦するのだから、布施くんの家で対戦した方がいいんじゃないかな?

ますます困惑して、綾花は不思議そうに聞き返す。

「えっ、なんで?」

「布施先輩は綾花と直接会って対戦したいみたいだし、それにーー」

「うむ!ならば、我の家でやるべきだ!」

元樹の家でやるのは、嫌だからーー。

そう告げる前に先じんで言葉が飛んできて、拓也は口にしかけた言葉を呑み込む。

首を一度横に振ると、代わりに拓也は不満そうに昂に言った。

「何故、そうなる?」

「進の家と貴様らの家がダメなのならば、後は我の家しかあるまい!なにしろ、綾花ちゃんの家にはゲーム機がないのだからな」

「俺の家があるだろう!」

昂の断言に、自分に言い聞かせるような声で拓也は言い返した。

「貴様と綾花ちゃんーーじゃなく、琴音ちゃんとは何の接点がないではないか!」

「おまえもそうだろう!」

あくまでも強気に出る昂に、拓也も退かなかった。

そんな拓也達に対して、元樹は何気ない口調で問いかけた。


「なあ、拓也、舞波。バトルしないか?」


それは拓也にとって、全く予想だにしていなかった言葉だった。

今の今まで、綾花ーーつまり『宮迫琴音』と元樹の兄、尚之の再戦はどこでするのかに対して、拓也と昂は意見をぶつけあっていたはずだ。

それが一体、どうしてそういう話になったのか?

全く理解できなかった拓也は、率直に元樹に聞いた。

「はあ?元樹、どういうことだ?」

だが、元樹はそんな拓也の言葉にまるで頓着せずにゲームを起動させる。

『チェイン・リンケージ』。

その眼前のタイトル表記が消えると同時に、元樹はメニュー画面を呼び出してバトル形式の画面を表示させる。

元樹は拓也の方へ視線だけ向けて、世間話でもするような口調で言った。

「このバトルに勝った者の家で、兄貴と瀬生の再戦をしようって言っているんだ」

「何だ、急に?」

「どうだ?」

驚いて聞き返したのは拓也の方なのに、元樹は再度、聞き返すように言ってのける。

意図がつかめず目を細める拓也とはよそに、昂は腕を組むと不敵な笑みを浮かべて言い切った。

「我は構わぬ。しかし、進以外でこの我に勝とうとするなどとは無知にも甚だしい」

「俺はーー」

その意味深な問いかけに、拓也は顎に手を当てて真剣な表情で思案し始めた。

ふと脳裏に、涙目の瞳でペンギンのぬいぐるみを抱えた幼き日の綾花の姿がよぎる。

気持ちを切り替えるように何度か息を吐き、まっすぐに元樹を見つめた拓也は思ったとおりの言葉を口にした。

「いや、俺だって構わない」

意外とも取れる強きな発言に呆気にとられたような元樹を見て、拓也もまた決まり悪そうに視線を落とす。

「確かに、俺は二人と比べたら、まだまだ初心者かもしれない。でも俺は、綾花からゲームを教えてもらったんだ」

綾花はその言葉を聞いた瞬間、はっとした表情で目を見開き、戸惑うように拓也を見遣った。

驚きの表情を浮かべる綾花を見て、拓也は照れくさそうに口を開く。

「結局、あまりうまくなれなかったけれど、だからといって、自分から勝負を逃げたりはしない」

「…‥…‥拓也、それは俺に対する当てつけか?」

元樹が不服そうに投げやりな言葉を返すと、ようやく拓也はほっとしたように微かに笑ってみせた。

腕を頭の後ろに組んでベットにもたれかかっていた元樹が朗らかに続けた。

「俺だって、負けないからな」

「愚かな。既に、我の一人勝ちが目に見えているではないか」

「「勝手なこと言うな!」」

苛立ちを隠さず、声をそろえてそう言い放った拓也と元樹を前にしても、昂はめげなかった。

「そんなことよりも、綾花ちゃん。我のゲームさばきを知らしめるためにも、ぜひとも我の凄さをあの者達に語ってはくれぬか?」

だが、昂の勝ち誇った哄笑にも、綾花の表情は揺らがなかった。

逆に綾花はそれを聞くと、少し困ったような表情を浮かべて言った。

「ごめんね、舞波くん。それはできないの」

「なっ、何故だ!?」

悲しげにそう答えた綾花に、昂は心底困惑して叫んだ。

「だって、たっくんに勝ってほしいもの」

どこか晴れやかな表情を浮かべて笑う綾花に、昂は頭を抱えて虚を突かれたように絶叫した。

「…‥…‥ま、まさか、進は我があのような初心者に負けるとでも思っているのか!!」

「初心者で悪かったな」

拓也の揚げ足取りのような言葉に、昂は思わず鼻白む。

「…‥…‥おのれ、井上拓也」

歯噛みする昂が次の台詞を出せない間に、やや乱雑な素振りで元樹はコントローラーを再び手に取ると先を促す。

「…‥…‥で、やるのか?やらないのか?」

「むっ?やるに決まっているではないか!」

「ああ!」

少しも動じない二人に、元樹もあくまで淡々と口にする。

「負けないからな」

不意にかけられた言葉が、意味深な響きを満ちる。

絶対にーー。

言外の言葉まで読み取った拓也を尻目に、元樹はゲーム画面に視線を戻すと『デュエルマッチ』を選択する。

「後で、我の実力を見て吠え面をかくといい」

拓也は早くも臨戦態勢に入った昂に軽くため息を吐き、右手を伸ばした。コントローラーを手に取って正面を見据える。

「レギレーションは一本先取。いいな?」

「ああ」

「もちろんだ」

元樹の言葉に拓也と昂が頷いたと同時に、キャラのスタートアップの硬直が解けた。


ーーバトル開始。


「…‥…‥っ」

対戦開始とともに、昂に一気に距離を詰められた拓也は後退する間もなく無防備なまま、一撃を浴びせられる。

さらに昂は、後方から戦闘に加わってきた元樹も軽々と吹き飛ばすと、拓也が立て直す前を見計らって一振り、二振りと追撃を入れてから離れた。

拓也は何も出来ず、いや、何もしていないというのに半分近くまで減った自身の剣士風のキャラの体力ゲージを見ながら唇を噛みしめた。

「…‥…‥強い」

対戦開始早々、拓也と元樹のキャラの体力ゲージをいともあっさりと削り、容赦なく彼らを追い詰めていく昂に、拓也は愕然とした表情でつぶやいた。

前に舞波の家で見ていただけの時は分からなかったが、こいつ、こんなに強かったのかーー。

大技を食らったわけではないし、とてつもない連携技を披露されたわけでもない。なんということもなく基本技のみで相手を撃ちくだしていく姿に、拓也は呆気に取られてしまう。

きっと、俺と舞波とでは、天と地ほどの実力差があるのだろう。

…‥…‥どうする。

どう動けば、圧倒的な実力の持ち主である舞波から体力を削りとることができるーー?

ぴりっと張り詰めた緊張感が溢れる中、元樹が苦々しくつぶやいた。

「やっぱり、手強いな」

ぞんざいにつぶやく元樹を横目に、拓也は視線を落とすとコントローラーをぎゅっと握りしめ直す。

そうだ。

相手は舞波だけではない。

元樹もだ。

拓也は先程の慢心を諌めるように自分に言い聞かせ、まっすぐ画面を睨みつけた。

昂は自身の侍風のキャラの武器である刀を片手に持ち替えると、たん、と音が響くほど強く地面を蹴る。

次の瞬間、拓也が認識したのは大上段なら刀を振り落とす昂のキャラの姿だった。

「っ!?」

反射的に、拓也は剣で受けようとしーー刀の刀先が剣を通り抜けるのを目の当たりにする。

透視化の固有スキルかーー。

何の障害もないように刀に斬りつけられ、体力ゲージを減らした拓也は反射的に反撃しようとして、その出先を刀の柄に押さえられた。

たまらず、バッグステップで距離を取ると、拓也が後退した分だけきっちり踏み込んだ下段斬り上げを見舞わされる。

斬りつけられた拓也のキャラは、少なくないダメージエフェクトを放出していた。

「うむ。やはり、全く相手にならぬな」

「…‥…‥くそう、俺じゃだめなのか!」

噛みしめるように意味深な笑みを浮かべる昂に、半ばヤケを起こしたように拓也が叫ぶ。

ぶつけようもない不安と苛立ちを吐き出そうとするも、自分に返ってきては再び、拓也の頭をもやもやさせる。

「たっくん、頑張って!」

綾花から拓也への応援の声が聞こえてくる度に、昂は拓也を目の敵にするように更なる追撃をかけてくる。

そんな昂に呆れつつも、元樹はコントローラーに目を落としながら問いかけてきた。

「次の連携技が、反撃のチャンスだな」

「なっーー」

唐突な質問。だが、それは問いかけではなかった。

拓也が応える前に、急加速した昂が連携技の一撃を浴びせようと仕掛けてきたからだ。


『たっくん、連携技がくると分かったらねーー』


不意に、綾花の声が聞こえてきた気がした。

拓也は昂のキャラの刀が伸びた分だけ距離を作って、ぎりぎりのところで刀を回避した。

「なにっーー」

「最初から連携技がくると分かっていれば、いくらでも対処はできる」

拓也がなんということもなく言うと、昂は咄嗟に拓也を睨みつける。

しかし、昂はすぐに画面に向き直ると超反応で追撃とばかりに斬撃を繰り出し、わずかに残っていた拓也のキャラの体力ゲージを根こそぎ刈り取った。


『YOU LOST』


拓也の視界に、不意に紫色の文字がポップアップし、システム音声が拓也の負けを宣告する。

ーー負けた。

そう確認する拓也を嘲笑うように、昂と元樹はいまだに交戦を続けている。

「…‥…‥ごめんな、綾花」

深刻な表情を浮かべた拓也は、何かに急きたてられるように一気にまくし立てた。

「せっかく、綾花からゲームについていろいろと教えてもらっていたのに勝てなかった」


『たっくん、連携技がくると分かったらね。いくらでも、対処はできるんだよ』


その言葉は以前、拓也が格闘ゲームについて聞いた時に綾花から告げられたアドバイスだった。

顔をうつむかせて表情を曇らせる拓也に、綾花は少し照れくさそうにうつむくとサイドテールを柔らかに撫でつけながら言う。

「ううん、たっくん、すごくかっこよかった」

「…‥…‥ありがとうな、綾花」

感慨深そうな拓也を見据えて、綾花は明るく弾けるような笑顔を浮かべてみせた。

「…‥…‥おのれ、井上拓也!ボロ負けしたというのに、綾花ちゃんに誉められすぎなのだ!」

「…‥…‥おまえ、いい加減、闘いに集中しろよな」

コントローラーをぎりぎりと握りしめ、不愉快そうに顔を歪めながら言う昂を横目に、元樹は呆れたように嘆息するのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] わけわからん理由の勝負を受けた段階で拓也君は、男の子としては失策でしたね。再戦の場所決めるのに、なぜゲーム勝負なのかと。昴はやはりゲームではそして強いという(笑)今回もとても面白かったです…
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