第四十三章 根本的に本当の音①
昂の通信制高校の編入試験の結果発表日。
「何故だーー!何故、我が編入保留になっているのだ!!」
再び、運命の日を迎えていた昂は、頭を抱えて虚を突かれたように絶叫していた。
まさに、昂の心中は穏やかではない状況だった。
視界に映るのは、見慣れた自分の部屋だ。
都市部から外れた場所に立つ一軒家。
怒り心頭の昂の母親に見張られながら、昂は心底困惑しながらも一心不乱にシャーペンを動かし続けていた。
「我は母上とともに、編入試験というものを既に受けたはずだ。それなのに何故、我は今、母上に見張られながら、謝罪文を書かされているのだ。我は、綾花ちゃんに会いたかったから、編入試験を途中で抜け出しただけだというのに」
そう叫びながら、昂は隅々まで高校から送られてきた書類を凝視する。
そこには、通信制高校の編入するために必要な書類と、試験を途中で抜け出したことへの謝罪文の提出が求められていた。
昂はあの後、面接を受けている途中で、魔術を用いて綾花達の教室に赴いてしまっている。
そして、騒ぎを聞きつけた1年C組の担任の先生が入ってきたことで、昂は通信制高校の編入試験の結果発表日まで姿をくらましていた。
昂は書類をめくると、不満そうに眉をひそめてみせた。
「我は、綾花ちゃんに会いたいのだ。今すぐ、会いたいのだ。…‥…‥むっ、まてよ」
そこで、昂ははたとあることに気づく。
「明日は、いよいよオンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会のチーム戦当日ではないか!母上、このようなことをしている場合ではないのだ!我は今すぐ、綾花ちゃんに会いに行かねばならぬ!」
「……ほう、それで」
昂が不服そうに機嫌を損ねていると、唐突に昂の母親が大した問題ではないように至って真面目にそう言ってのける。
あくまでも淡々としたその声に、昂はおそるおそる声がした方を振り返った。
「……は、母上」
「……昂、編入試験をサボって、今まで何処に行っていたんだい。瀬生さん達の教室に一度、姿を見せた後、行方が分からなくなっていたんだよね。あの後、旅館、レストラン、ショッピングモールなどから請求書がたくさん届いていたけれど、まさか、また、無銭飲食とかをしてきたとは言わないだろうね」
全身から怒気を放ちながら、昂の母親は昂を睨みすえる。その声はいっそ優しく響いた。
「ひいっ!は、母上、話を聞いてほしいのだ!我はこの間の黒峯陽向との戦いで編み出した魔術の費用に使いすぎて、一銭もお金を持ち合わせておらぬから、無銭飲食を繰り返していたわけではないぞ。我は、その、編入試験の続きを受けたくなくて、家に帰るわけにはいかなかったから仕方なくーー」
昂は恐怖のあまり、総毛立った。ふるふると恐ろしげに首を振る。
「今日は、謝罪文を書き終わるまでは外出禁止だよ!」
「母上、あんまりではないか~!」
昂の母親が確定事項として淡々と告げると、昂が悲愴な表情で訴えかけるように昂の母親を見る。
そのタイミングで、昂の母親が軽く言った。
「……と、言いたいんだけどね」
「むっ?」
「舞波くん」
昂が怪訝そうに首を傾げていると、不意に背後から綾花の声が聞こえた。
声がした方向に振り向くと、拓也達とともに昂の部屋に入ってきた綾花が、昂の姿を見とめて何気なく手を振っている。
ランチバックを握りしめて、昂の元へと慌てて駆けよってきた綾花は、少し不安そうにはにかんでみせた。
「突然、お邪魔してごめんね。舞波くんのお母さんから、舞波くんには直前まで内緒のかたちで、明日の大会のための作戦会議は、舞波くんの家でおこなってほしいって頼まれたの」
「おおっ……」
その言葉を聞いた瞬間、昂が溢れそうな涙を必死に堪え、昂の母親の顔を見上げる。
「昂、作戦会議には、謝罪文を書き終わってから参加するんだよ」
「もちろんだ、母上」
きっぱりと告げられた昂の母親の言葉に、昂は嬉しくなってぱあっと顔を輝かせた。
『すまぬ。だから、我を保留ではなく、合格にしてほしい』
昂は即座に、意味不明な謝罪文を書き終える。
机から颯爽と立ち上がった昂は、おそるおそる人差し指を、綾花がランチバックから取り出した黄色のお弁当袋に向けて差し示すとぽつりぽつりとつぶやいた。
「あ、綾花ちゃん……、そ、それはま、ま、まさかーー」
「……う、うん。お母さんと一緒に、サンドイッチを作ってきたの」
昂の問いかけに、綾花は持っているお弁当袋に視線を向けると、恥ずかしそうに顔を赤らめる。
「綾花ちゃんのサンドイッチだと!」
綾花の何気ない言葉に、昂は両拳を握りしめて歓喜の声を上げた。
「ならば、そのサンドイッチは、我が全てもらうべきだ!」
露骨な昂の挑発に、拓也は軽く肩をすくめてみせる。
「勝手に決めるな!」
「勝手ではない。すでにこれは、我によって定められた確定事項だ」
いつもの傲岸不遜な昂の言葉に、拓也はむっと顔を曇らせる。
ことあるごとにぶつかる二人に対して、元樹が軽い調子で声をかけてきた。
「サンドイッチ、すげえ良いよな。俺も、綾のサンドイッチ、食ってみたいな」
「あのな、元樹」
あっけらかんとした元樹の言葉に、拓也が不満そうに顔をしかめてみせる。
すると、綾花はランチバックを床に置くと両手を広げ、生き生きとした表情でこう言ってきた。
「後で、みんなで食べよう」
「……あ、ああ」
拓也が少し不満そうに渋々といった様子で頷くと、綾花は嬉しそうに顔を輝かせる。
その後ろでは、昂の母親が戸惑いながらも、穏やかな表情で綾花達を見守っていたのだった。
「うむ、我は満足だ!」
あっという間にサンドイッチを平らげてしまった昂を、 拓也と元樹は唖然とした表情で見遣る。
「ご、ごめんね。舞波くん、いつもこうなの」
綾花は拓也と元樹を交互に見遣ると、顔を真っ赤にしながらおろおろとした態度で謝罪した。
「勝手に、綾花のサンドイッチを独り占めするな!」
「はあっ……。舞波って、ホントに変なことばかり考えるよな」
あっさりとサンドイッチを奪われて非難の眼差しを向ける拓也と、やれやれと呆れたようにぼやく元樹の言葉にもさして気にした様子もなく、昂は興奮気味に話を促した。
「さあ、綾花ちゃん!早速、作戦会議を始めようではないか!」
「……うん。でも、どんな対策を立てたらいいのかな?」
不安そうな綾花の疑問に答えるように、昂が人差し指を立てて言った。
「決まっているではないか!先日、我が編み出した分身体の魔術を使えば、黒峯蓮馬と黒峯陽向を出し抜くことができるのだ!我は、黒峯陽向に打ち勝ち、晴れて黒峯蓮馬も出し抜くことができる。まさに、一石二鳥だ」
「……どこがだ」
間一髪入れず、この作戦の利点を語って聞かせた昂に、拓也は苛立たしげに顔をしかめる。
「相変わらず、取って付けたような強引なやり方だな」
「我なりのやり方だ」
呆れた大胆さに嘆息する元樹に、昂は大げさに肩をすくめてみせた。
「だけど、分身体は、前回のショッピングモールの時に陽向くんに操られてしまっただろう。それに、黒峯蓮馬さん達も、綾を麻白にするために、新たに何らかの手を打ってくるかもしれない。他に、何か作戦の当てはあるのか?」
「……むっ。そ、それらは全て、我の魔術を使えばどうとでもーー」
「なら、決まりだな。舞波が編み出した分身体の魔術は、陽向くんが立ち去った後に使おう」
言い淀む昂の台詞を遮って、元樹が先回りするようにさらりとした口調で言った。
その、まるで当たり前のように飛び出した意外な発言に、さしもの昂も微かに目を見開き、ぐっと言葉に詰まらせたのだった。




