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マインド・クロス  作者: 留菜マナ
魔術争奪戦編
171/446

第三十八章 根本的にいつまでも先に進めないのは

「……なるほどな」


元樹は一拍置いて動揺を抑えると、陽向と玄の父親が以前、企業説明会で口にした言葉を改めて、脳内で咀嚼した。


「陽向くんの魔術なら、病室までの道のりに罠を嵌めることもできるはずだ。だけど、それをしないということは、綾と同じように、陽向くんにも時間制限があるんだな」


確信を持った笑顔。

その表情を見た瞬間、陽向は不満そうに唇を尖らせる。


「何だか、元樹くんに全てを見透かされているような気がする」


自身が出向いた理由をあっさりと言い当てられて、陽向は必死としか言えない眼差しを元樹に向ける。

そんな中、綾花は陽向の顔を見るなり、切羽詰まった表情で言い募った。


「お願い、陽向くん!あたしを元に戻して!」

「うん、いいよ」


綾花のその反応に、表情を切り替えた陽向は満足そうに頷くと淡々と言う。


「えっ?」

「ただし、麻白が戻ってきたらね」

「……っ」


戻る、その単語が出た瞬間、綾花の表情があからさまに強張った。

玄は一呼吸置くと、綾花と陽向のやり取りを油断なく見つめる。


「陽向、麻白のことで話したいことがある」

「玄」


玄が切り出した言葉に、陽向は身構えるように顔を強張らせる。


「俺達は、この間の企業説明会で、麻白に関する全てのことを知った。知った上で、ここに来ている」

「玄達は、麻白に戻ってきてほしくないの?」


玄の訴えに、陽向は視線を逸らすとふて腐れたように唇を尖らせた。

胸に染みる静寂の中、玄はそっと陽向に語りかける。


「俺達も、麻白に戻ってきてほしい。そう願っている。だけど、同時に麻白を悲しませたくない」


陽向は顔を伏せたまま、何も言わなかった。

それでも、想いがそのまま形になるように、とめどなく言葉が、玄の心に溢れてくる。


「麻白は、自分自身でもある瀬生綾花さん、上岡進くんの心を消してしまうことを快く思っていない。麻白は、今の状態のままで生きていきたいんだと思う」


玄の決意の言葉に、顔を上げた陽向は心底困惑したように叫んだ。


「僕は、麻白に戻ってきてほしいよ!」

「陽向。俺達だって、本心は陽向のように麻白に戻ってきてほしいと願っているんだぞ。だけどーー」


苦々しい表情で、大輝は隣に立っている綾花の方を見遣る。


『玄、大輝くん、頼む。麻白に、私達のもとに戻ってきてくれるように頼んでほしい』


湖潤高校の企業説明会が終わった後、玄の父親は視線を床に落としながら玄達に懇願した。


綾花が麻白として生きてくれるのなら、これからはいつでも麻白に会うことができる。

麻白がいないその現実に……耐えなくてもいいのかもしれない。

だけどーー。


大輝の思考を読み取ったように、元樹は静かに続けた。


「だけど、麻白の悲しむ姿を見るのは嫌だったからだろう」

「ーーっ」


前に進み出た元樹の即座の切り返しに、大輝は言いたかった言葉を先に告げられて、ぐっと悔しそうに言葉を詰まらせる。


「玄と大輝は、僕の気持ちを分かってくれると思ったのに」

「陽向」

「ーーっ」


弱音のように吐かれた言葉に、玄と大輝は沈痛な面持ちで陽向を見つめた。

痛いような沈黙。

やがて、感情の消えた瞳とともに、陽向はあくまでも自分に言い聞かせるように告げる。


「麻白が麻白として生きることを拒んでも、僕達は諦めないよ」

「ーーなっ」

「ーーっ」


そう告げて綾花達のもとまでやってきた陽向に、拓也と元樹は綾花を守るようにして陽向の前に立ち塞がった。


「もちろん、玄と大輝が拒んできたとしてもね」

「ーーっ」

「おい、陽向!」


陽向に拒絶の言葉を連ねられて、玄と大輝は明確に怯んだ。

そんな玄達の動揺を見抜いたように、陽向は懇願するように綾花を見る。


「僕達は、麻白が麻白として生きたいと思うように、働きかけをしていくだけだから」

「陽向くんーーいや、陽向、お願いを聞いてくれないか!これからも、陽向にーー父さん達に会いに行くから。絶対に、会いに行くから。だからーー」

「麻白は、もう『麻白』としてしか生きられないから」


途中で口振りを変えた綾花が口にしたほんの小さな希望は、呆気ないくらい簡単に砕け散った。

綾花が驚愕の表情を浮かべているのを目にして、拓也は少し躊躇うようにため息を吐くと、複雑な想いをにじませて言った。


「陽向くん。麻白の心が宿っているとはいえ、綾花は綾花であり、上岡なんだ」

「陽向くん、頼む。綾達の存在を認めてくれないか?」

「認める?」


拓也と元樹の訴えに、陽向は挑戦的な笑みを浮かべた。

その反応に、拓也は身構えそうになって、自分で自分の手を掴むことで抑え込む。


「それはできないよ。僕は、麻白以外の存在を認めないから」


元樹の説得をよそに、陽向は大げさに肩をすくめてみせる。


「陽向!」

「陽向くん!」

「さあ、始めようか。麻白をーーそして、残りの魔術書を賭けた勝負を」


綾花と元樹の叫びをよそに、陽向は決意を込めた声でそう告げたーーその時だった。


「黒峯陽向、喰らうべきだ!!」


その一撃は、その場にいたほぼ全員が予想していなかった。

綾花達が止める暇もなく、昂は迷いなく、陽向に向かって魔術を放つ。

企業説明会で玄の父親に放った魔術と同じように、陽向にだけ攻撃が及ぶように射程を絞っている。

そして、強力な魔術を放てるようにと、威力を一点に集めていた。

誰が見ても完璧な不意討ちを前にして、陽向には動揺の色は見受けられなかった。

むしろ、初めから昂が攻撃をする瞬間を見切っていたように、陽向は後方に移動して魔術をかわす。


「昂くんの魔術はすごいね」

「黒峯陽向。この間の借り、そして我の魔術書を取り戻す時が来たのだ!」

「うん。昂くん、期待しているよ!」


一拍だけ間を置いて、射貫くように鋭い視線を向けた昂に対して、月下に咲く大輪の花のように、陽向は不敵に微笑んでみせたのだった。






「あたしは玄と大輝、そして父さんと母さんのところに帰りたい。……帰りたいよ」


昂と陽向の魔術の戦いを前にして、見守っていた綾花は追い詰められたように訴える。

だが、すぐに自身の考えを改めた。


「これは、本当に麻白の望みなのか?」


奇妙に停滞した心の中で、綾花は思い悩むように自問自答した。

そうつぶやいた瞬間、いつものように麻白の想いが、綾花の脳内にぽつりと流れ込んでくる。


『あたし、玄と大輝にーー、父さんと母さんに会いたい』


「ああ、会いたい」


麻白の想いに誘われるように、綾花は嬉しそうに笑ってみせる。


『だけど、あたし、これからもみんなのそばにいたいよ』


「……これからもみんなのそばにいたい」


麻白の想いに誘われるように、綾花は悲しそうに顔を歪めて力なく項垂れる。


麻白の望みは、みんなのそばにいることだ。

その上で、玄達に会いたいのだろう。


綾花達が麻白のことを想っているように、麻白もまた、綾花達のことを想っていた。


「そうだな」


吹っ切れたような言葉とともに、綾花はまっすぐに陽向を見つめる。


「俺はーーいや、綾花と麻白は魔術に負けない」


綾花は麻白の想いの真実を見たような気がして、穏やかな表情を浮かべた。


「これからもみんなで一緒にいるために、俺に力を貸してくれないか。ーー頼む、綾花!」


綾花は意を決したように声高に叫ぶ。


心の中で魔術に苛まれている自分自身にーー。


その瞬間、綾花の表情は先程までの進の表情とはうって変わって、いつもの柔らかな綾花のそれへと戻っていた。


「陽向くん。私は、これからも瀬生綾花だよ」


唐突な声。

拓也達が望んで、誰もが想像だにしていなかったことが現実に起きた。


「綾花!」

「綾!」

「おおっ、綾花ちゃん!」

「みんな、ただいま」


拓也と元樹と昂がそれぞれの言葉でそう答えると、綾花はほんの少しくすぐったそうな顔をしてから、幸せそうにはにかんだ。

その隣には、玄と大輝が戸惑いながらも、穏やかな表情で綾花達を見守っている。


「どうして……。もう魔術の影響で、麻白としての自覚を持っているはずなのに……」


ただ一人、陽向だけが顔を俯かせて悲痛な声を漏らしたのだった。

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