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マインド・クロス  作者: 留菜マナ
魔術争奪戦編
162/446

第ニ十九章 根本的に想いは伝わる

「舞波」

「むっ……」


体育館に入る前にかけられた非情な声。

聞き覚えのあるその声に、昂はおそるおそる声がした方を振り返った。


「おまえは、これから職員室に連れていくからそのつもりでな」

「我は納得いかぬ!」


あくまでも事実として突きつけられた1年C組の担任の言葉に、昂は両拳を振り上げて憤慨した。


「何故、この我が黒峯蓮馬と黒峯陽向とのバトルを繰り広げた後に、呼び出しなどを受けねばならんのだ!」

「退学の手続きをした後、通信制高校の編入試験を受けるための手続きをするからだ!」


昂の抗議に、1年C組の担任は不愉快そうに言葉を返した。

1年C組の担任の剣幕に怯みながらも、それでも必死に、昂は理由をひねり出そうとする。


「我は、これからも綾花ちゃんに会いたいのだ。退学などになってしまえば、綾花ちゃんになかなか会えぬではないか!」

「当たり前だ」


さらに昂が心底困惑して訴えると、1年C組の担任はさも当然のことのように頷いてみせた。

そのあまりにも打てば響くような返答に、昂は言葉を詰まらせ、動揺したようにひたすら頭を抱えて悩み始める。


「舞波くん、大丈夫かな?」


そんな中、目の前で繰り広げられる喧騒に、綾花は不安そうにつぶやいた。


「あいつのことだから、退学してもうまいこと立ち回っているだろう」


頭を抱えた拓也が、そんな綾花の問いかけに顔を歪めて答える。


「…‥…‥うん、そうだよね。こういう時、舞波くんはいつも無類の力を発揮するもの」

「…‥…‥だから、困るんだ」


ほんわかな笑みを浮かべて思い出したように言う綾花をよそに、拓也は苦々しい顔で吐き捨てるように言った。

だが、すぐに状況を思い出して、拓也は表情を引きしめる。


「綾花。とにかく舞波のことは先生に任せて、まずは星原達の様子を見に行こう」

「……うん」


憂いの帯びた綾花の声に、傍観していた元樹もわずかに真剣さを含んだ調子で穏やかに言葉を紡ぐ。


「心配するなよ、綾。舞波はこれから放課後、先生が生徒指導室でマンツーマンで指導してくれるから、いつでも会えるしな」

「ひいっ!何を恐ろしいことを言っているのだ!」


昂は恐怖のあまり、総毛立った。ふるふると恐ろしげに首を振る。


「すまないが、私は今から舞波とともに退学の手続きをした後、通信制高校の編入試験を受けるための手続きの準備をするため、申し訳ないが、後のことは瀬生達に頼みたい」

「先生、あんまりではないか~!」


1年C組の担任があくまでも確定事項として淡々と告げると、昂が悲愴な表情で訴えかけるように1年C組の担任を見る。

だが、昂の悲痛な訴えも虚しく、昂は1年C組の担任に引き連れられて体育館から立ち去っていったのだった。






「綾花!」

「わあーい、綾花だ~!」

「ふ、ふわわっ…………。ちょ、ちょっと、茉莉、亜夢」


綾花達が体育館に戻ると、茉莉と亜夢が綾花に抱きついてきた。

昂は既に、体育館の前で待ち構えていた1年C組の担任によって職員室へと連行されている。


「ちょっと聞いてよー!あっ、井上くんと布施くんも聞いて聞いて!」


言いながら、茉莉は軽い調子で右手を軽く上げて拓也と元樹に声をかける。


「…………ああ」

「星原達は、元に戻ったみたいだな」


顔をうつむかせて不服そうに言う拓也とやれやれと呆れたようにぼやく元樹の言葉にもさして気にした様子もなく、茉莉と亜夢は興奮気味に話し始めた。


「ねえねえ、綾花。不思議なことが起こったの。体育館に入ったら、いつの間にか私達も含めてみんな倒れていて、しかも肝心の企業説明会が終わっていたの」

「綾花達もいなくなっていたー!」

「……う、うん」


企業説明会、その単語が出た瞬間、綾花の表情があからさまに強ばった。

企業説明会で起こった出来事は、茉莉達だけではなく、他の生徒達も話題にしていた。

茉莉は亜夢と顔を見合わせると、不安そうな表情で続ける。


「綾花は何があったのか、知らない?」

「……うん」


まさか、陽向の魔術で洗脳されていたからとは言えず、綾花は曖昧な返事を返した。

それをどう解釈したのか、茉莉は確信に満ちた表情で顎に手を当て思案し始める。


「うーん。舞波くんの仕業じゃないみたいだし、まさに謎が謎を呼ぶ事件ね。もっとも肝心の採用者の一人は、綾花になったみたいだけど」

「綾花、すごいー!」

「なっーー」


綾花と茉莉と亜夢のやり取りを傍観していた拓也は、そこで到底聞き流せない言葉を耳にした気がして困惑した。


企業説明会で告げられたとおり、綾花が採用者の一人になっている…………?


そんな拓也の疑心を尻目に、茉莉は得意げに人差し指を立てると、さらに言葉を続ける。


「確か、えっと……、先生の説明だと、綾花が卒業したら、すぐに住み込みで働いてもらうみたい」


少し戸惑いながらも当然のように告げられた茉莉の言葉に、緊張した空気がさらに張り詰める。

拓也と元樹ーーそして、当の本人である綾花でさえ、茉莉に言葉を返すことができなかった。

綾花達は終業のホームルーム開始のチャイムが鳴り、慌てて教室に戻った後も、その事実に唖然とすることしかできずにいた。






「ううっ…………」

「…………はあ。完全に、黒峯蓮馬さん達の思惑どおりになってきたな」


放課後、とぼとぼと歩き、今にも泣きそうな表情で校舎裏の前に立った綾花に対して、元樹は悔しそうにそうつぶやいた。

その言葉は、全てを物語っていた。


恐らく、黒峯蓮馬さんは、今回の企業説明会で綾を奪えなくても、自身の会社の採用者の一人にしておけば、卒業後に確実に綾を手に入れることができると踏んだのだろう。

その上で、陽向くんに協力を求め、玄と大輝を湖潤高校に呼んだ。

そうすれば間違いなく、綾が玄と大輝に真実を告げようとするからだ。

綾にーー麻白に関する真相を知った玄と大輝。

そして、綾の卒業後の進路の確立。

綾をーー麻白を手に入れることができる二つの絶対的なアドバンテージを前にして、俺達がこれからどう動くのかを見極めようとしているのだろう。


「元樹、これからどうするつもりだ?」

「そのことなんだが」


拓也の疑問を受けて、感情を抑えた声で、元樹は淡々と続ける。


「もうすぐ、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第四回公式トーナメント大会のチーム戦が始まる。だからその前に、玄と大輝に、こちらの味方になってくれるように事情を説明してみようと思う」

「玄と大輝に?」


呆気に取られた拓也にそう言われても、元樹は気にすることもなくあっさりとした表情で言葉を続けた。


「ああ。もっとも、黒峯蓮馬さんは、玄と大輝に綾がーー麻白が戻ってきてくれるように訴えてもらいたいみたいだけどな」


元樹は拓也達の方へ視線だけ向けて、世間話でもするような口調で言った。


「恐らく、黒峯蓮馬さん達はありとあらゆる手段を用いて、麻白の姿をした綾を手に入れようとしてくるだろう。まさに、俺達の思いもよらない方法でな」

「大会に出場しながら、黒峯蓮馬さん達、そして今回は陽向くんの動向にも気を配らないといけないのか」


苦々しい表情で、拓也は隣で思い悩んでいる綾花の方を見遣る。


世界の記憶の概念の一部を書き換えて、事象そのものを上書きしたりすることができる黒峯蓮馬さんの魔術の知識。

舞波さえも翻弄されてしまう陽向くんの魔術。

そして、ついに真実を知った玄と大輝。

八方塞がりな状況に悩みに悩んだ拓也達が導き出した結論は、玄と大輝の協力を得るという儚きものだった。

しかし、この結論さえも何の根拠もないものだと分かり得ている。

確かに玄と大輝の協力を得ることが出来れば、黒峯蓮馬さん達から綾花を護ることができるかもしれない。

だが、玄と大輝がそれを拒めば、俺達は完全に窮地に立たされることになる。

まさに、一か八かの賭けだった。


拓也の思考を読み取ったように、元樹は静かに告げた。


「拓也、綾。玄と大輝を信じよう」

「……ああ、そうだな」

「……うん」


断固とした意思を強い眼差しにこめて、はっきりと言い切った元樹に応えるように、拓也と綾花は戸惑いながらも頷いた。

そんな二人に、元樹は屈託なく笑うと意味ありげに続けた。


「例え、否定されても、綾の気持ちを伝える方法はいくらでもあるだろう。 綾にはもう、上岡の勇気と麻白の想いがあるんだからな」

「ーーううっ、ご、ごめんね、ごめんね。元樹くん、ありがとう」


そう言葉をこぼすと、綾花は滲んだ涙を必死に堪える。

やがて、涙がこぼれた赤らんだ頬にそっと指先を寄せる綾花の頭を、拓也はため息を吐きながらもいつものように優しく撫でてやった。


「……綾花。結果がどうなったとしても、綾花と上岡ーーそして麻白の想いを、玄と大輝に伝えた方がいいのかもしれないな」

「何か困ったことがあったら、すぐに俺達が助けるからさ」

「…………うん。ありがとう、たっくん、元樹くん」


拓也と元樹の何気ない励ましの言葉に、綾花はようやく顔を上げると嬉しそうに笑ってみせたのだった。

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