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マインド・クロス  作者: 留菜マナ
魔術争奪戦編
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第ニ十八章 根本的にいつかの夢

あまりにも想定外なことが起こると人は唖然としてしまうものだが、玄と大輝はまさに自分の目を疑った。

眠っている全校生徒達。

警備員達によって追いかけられている、多くの麻白達。

そして、向かい合っている元樹と昂、玄の父親。

そこには、玄と大輝にとって、完全に理解を超えた現象が広がっていた。


「な、何だよ、これ?」


大輝は思わず、唇を噛みしめると、やり場のない苛立ちを少しでも発散させるために拳を強く握りしめた。

不意に陽向から聞かされていた言葉が、玄達の心に重くのしかかる。


『玄達が、そこに行くことへの叔父さんの許可はもらっている。だけど、そこに行ったら、玄と大輝は後悔するかもしれない』


あまりにも理解不明な現象に、大輝は苛立ちを隠せずに感情に任せて先程と同じ言葉を口にした。


「な、何だよ、これ?」


その時、警備員達に追いかけられていた麻白の姿をした綾花の分身体の一人がぴたりと動きを止める。

その拍子に警備員達によって捕らえられてしまっても、麻白の姿をした綾花の分身体は必死に叫んだ。


「玄、大輝!」

「「麻白!」」


不意に待ち望んでいた声が聞こえてきて、玄と大輝は虚を突かれてしまう。

警備員達によって拘束されている麻白の姿をした綾花の分身体のもとに駆け寄ると、大輝は焦ったように詰め寄った。


「麻白、これはどうなっているんだよ」

「…‥…‥あ、うん」


大輝の切羽詰まったような質問に、麻白の姿をした綾花の分身体はほんの一瞬、戸惑うように息を呑んだ。

そんな麻白の姿をした綾花の分身体の反応に、玄は表情を緩めて軽く肩をすくめてみせる。


「…‥…‥麻白、ゆっくりでいい」

「…‥…‥うん」


玄の言葉に、麻白の姿をした綾花の分身体は自分に言い聞かせるように頷く。


「玄、大輝、心配かけてごめんなさい。この現象は、魔王と陽向くんの魔術、父さんの魔術の知識、そしてあたしが魔王から授かった力によって引き起こされたものなの」


そうして口にされたのは、思いもよらない言葉だった。

これには大輝も、横で話を聞いていた玄も唖然とした。


「麻白が、魔王から授かった力?」

「……麻白の?」

「……うん。あたしがここにいっぱいいるのは、その力の影響なの」


今回の件について説明していくうちに、麻白の姿をした綾花の分身体の声が悲哀を帯びていく。


「なっ!」


鋭く声を飛ばした大輝をよそに、玄は冷静に目を細めて言った。


「麻白、頼む。本当のことを教えてほしい」

「ううっ…‥…‥」


玄の告白に、麻白の姿をした綾花の分身体が輪をかけて動揺する。


「麻白、話せることだけでいい。今度こそ、教えてくれないか?」

「あたし、玄と大輝に嫌われたくない…‥…‥」


玄の重ねての問いかけに、麻白の姿をした綾花の分身体は躊躇うようにつぶやく。


「俺達が、麻白のことを嫌いになるはずがないだろう」

「でも、あたし、麻白であって麻白じゃないから…‥…‥」


泣き出しそうに歪んだ麻白の姿をした綾花の分身体の顔には、はっきりと絶望の色が浮かんでいた。


「麻白であって、麻白じゃない?」

「なあ、麻白。どういう意味なんだよ?」


怪訝そうに問い返してくる玄と大輝が、麻白の姿をした綾花の分身体をまじまじと見た。

二人の姿を視界に捉えると、急速に綾花の勇気は萎えていく。

それでもギリギリのところで踏みとどまり、残された全ての勇気を動員して麻白の姿をした綾花の分身体は告げた。


「あたしはーーううん、あたしの心を宿している綾花は四人分生きているの。そして、あたしはーー麻白はその中の一人に過ぎない」


「……っ」

「なっ…………」


その瞬間、玄と大輝は凍りついたように動きを止める。

彼女の放った衝撃的な言葉は、緊迫したその場の空気ごと全てをさらっていった。






「どうして、ここに玄と大輝を呼んだんですか?」


静かに尋ねる元樹は、既に玄の父親が玄達を呼んだことを確定事項としていた。

その揺らぎない自信に呆気に取られつつも、玄の父親は確信に満ちた顔で笑みを深める。


「玄と大輝くんが来たのなら、麻白の分身体は必ず止まるはずだ。もしくは麻白自身が、玄達のところに駆け寄るかもしれない」

「なるほどな。麻白の姿をした綾の分身体が止まれば、本物の綾の居場所を特定しやすくなるからか」


周囲に視線を巡らせる玄の父親を前にして、元樹は推測を確信に変える。


「ああ。本物の麻白の居場所が分かれば、いつでも麻白を取り戻すことができるからな」

「おのれ~、黒峯蓮馬!綾花ちゃんは渡さないのだ!」


玄の父親の静かな決意を込めた声。

付け加えられた言葉に込められた感情に、昂は拳をぎりぎりと握りしめ、不愉快そうに顔を歪めながら言う。

その玄の父親の言葉が合図だったように、元樹は意を決したように玄の父親の方を振り向くと、神妙な面持ちで話し始めた。


「黒峯蓮馬さん。綾がーー麻白が、玄と大輝に真実を告げても構わないんですか?」

「本来なら、望ましくない状況だ。だが、陽向くんが、玄と大輝くんにここに来れば真相が分かることを告げてしまったからな。それに、麻白を取り戻すための引き金にもなる」


核心を突く元樹の言葉に、玄の父親はどうしようもなく期待に満ちた表情で、ただ事実だけを口にした。


「引き金?」

「瀬生綾花さん達が私達に会える日のみ、麻白に会うことができる。しかし、それではいつまでも経っても、麻白は私達のもとに帰ってこれない。私達は、麻白に帰ってきてほしいんだ。だからこそ、瀬生綾花さんに麻白として生きてくれるように頼みたい」


元樹の疑問に、玄の父親は目を伏せる。


「だが、今のままでは、瀬生綾花さんも上岡進くんも、麻白の意向には沿ってくれないだろう。だからこそ、玄と大輝くんには真実を知ってほしい。真実を知った上で、麻白に訴えてほしいんだ」

「綾がーー綾の中に宿る麻白の心が、もっとも信頼を寄せている玄と大輝に協力を求めて綾を奪う。シンプルですが、辛辣な作戦ですね」


元樹の嫌悪の眼差しに、玄の父親は大仰に肩をすくめてみせる。

少し間を置いた後、元樹は幾分、真剣な表情で続けた。


「玄と大輝が、今の麻白を否定したらどうするんですか?」

「玄と大輝くんが麻白を否定するなど、あり得ないことだ」


その吐き捨てるような元樹の言葉に、玄の父親は淡々と返す。


「それなら何故、玄と大輝に今まで真実を告げなかったんですか?」

「私自身が怖かったからでもある。私は、麻白から四人分生きているという事実を告げられることが怖かった」


元樹の言葉に、玄の父親は一呼吸おいて、異様に強い眼光を麻白の姿をした綾花の分身体に向ける。

その眼差しは、執拗に麻白にこだわり、自身の家族

の行く末を憂いていた。


「正直、瀬生綾花さんと上岡進くんのご両親には会いたくなかった。彼らに会えば、今の麻白には、私達以外の家族がいることを知ることになってしまう」

「黒峯蓮馬さん……」


玄の父親の嘆き悲しむ姿に、元樹は初めて綾花に進が憑依したという事実を聞かされた時のことを思い出す。


「俺も拓也も、最初は不安でした。綾に、上岡が憑依したという事実が信じられませんでした」


元樹は寂しげにそう告げた後、何かを訴えかけるように自分の胸に手を当てる。


「でも、今の綾と接していくうちに分かったんです。今の綾も、以前の綾も、どちらも綾自身だということに。麻白の心が宿った綾も、俺達にとって大切な綾なんです」

「麻白は麻白だ!」


元樹の言葉を打ち消すように、玄の父親はきっぱりとそう言い放った。


「私はーー私達はただ、麻白に帰ってきてほしい。帰ってきてほしいんだ……」


拳を握りしめ、苦悩の表情を晒す玄の父親は、明らかに戸惑っていた。

元樹達が綾花を守りたいと願っているように、玄の父親達もまた、麻白に戻ってきてほしいと焦がれている。

すれ違う想いは、元樹達と玄の父親達の間に確かな亀裂を生じさせていた。


「社長」


遠慮がちな声をかけられて、玄の父親は元樹達から美里へと視線を向ける。


「そろそろ企業説明会が終わる時間です。先生方が戻ってくる頃合いかと」

「……分かった。玄と大輝くんを連れて来てほしい」

「かしこまりました」


玄の父親の指示に、美里は丁重に一礼すると、麻白の姿をした綾花の分身体から真相を聞いて驚いている玄達のもとへと歩み寄る。


「黒峯蓮馬さん!」

「おのれ~、黒峯蓮馬!我との勝負の前に逃げるとは許さないのだ!」


元樹と昂の叫びをよそに、玄の父親達は玄達を伴って湖潤高校を後にしたのだった。

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