第ニ十六章 根本的に真実に至る予感
その日、玄と大輝は学校を休んで、綾花達が通う湖潤高校を訪れていた。
「あなたに降り注ぐ光の先には~!遠く果てない未来がいくつも交差している~!」
大輝の携帯の画面の中で、マイクを握りしめた麻白が調子の外れた歌声を上げる。
それは、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第二回公式トーナメント大会のチーム戦を優勝した際に、黒峯麻白が優勝祝いにと自身の歌を収録した動画を、玄と大輝の携帯に送りつけたものだ。
大輝は否応なしに流れる麻白の歌を止めると、玄とともに校門を通り、体育館に向かって渡り廊下を歩いていく。
玄達が学校に訪れることは、玄の父親達によって、前もって学校側に知らされている。
「玄、陽向から聞いた話、どう思う?」
「分からない。だが、少なくとも、話を聞いた時の父さんの様子から嘘は言っていないと思う」
どこか辛辣そうな玄の言葉にも、大輝は嬉しそうに不適な笑みを浮かべる。
「そうか。それにしても、陽向が告げたとおり、この高校には何か秘密が隠されているんだよな」
「……ああ」
大輝の言葉に、玄は湖潤高校の校舎内を油断なく見つめる。
玄はあの後、広告提供者に魔術を使える人物ーー昂について知りたいとコンタクトを取ってみた。
だが、そのやり取りの過程で、玄は広告提供者が、あの陽向の父親であることに気づいた。
だからこそ、玄と大輝は、真相を聞き出すために陽向の家へと赴いた。
「麻白のことと、広告に掲載している魔術を使える少年について知りたい?」
「ああ」
「あのメッセージを発信した陽向のおじさんなら、何か知っているんだろう!」
家に訪れた玄と大輝からあまりにも衝撃的な質問をぶつけられて、陽向の父親は二の句を告げなくなってしまっていた。
ネットを使って、陽向の協力者を探すーー。
その行動自体が、どうやら裏目に出てしまったようだ。
陽向の父親は悔やむように拳を握りしめる。
玄の父親から、玄と大輝達には真実を告げないでほしいと頼まれていたのにも関わらず、陽向の両親は陽向の望みを叶えることを優先した。
その結果、玄と大輝が広告提供者を自分だと見抜き、麻白を巡る騒動の真実へと近づいてしまった。
混乱と動揺を何とか収めた陽向の父親が、改めて確認するように玄達に告げる。
「すまない。私の一存では、決められないことなんだ。君のお父さんの許可をもらえない限り、私から話すことはない」
「なっ!」
鋭く声を飛ばした大輝をよそに、玄は冷静に目を細めて言った。
「おじさん、お願いだ。本当のことを教えてほしい」
「すまない」
だが、陽向の父親が粛々と頭を下げたことによって、玄が口にしたほんの小さな希望は、呆気ないくらい簡単に砕け散った。
「おじさん、何でだよ!」
大輝が驚愕の表情を浮かべているのを目にして、玄は少し躊躇うようにため息を吐いた。
「父さんから口止めされていることなんですか?」
「あ、ああ」
玄の重ねての問いかけに、陽向の父親は躊躇うように顔を背ける。
「なら、父さんの許可をもらったら、本当のことを教えてもらえますか?」
「ーーっ」
核心を突く玄の指摘に、陽向の父親の顔が目に見えて強張った。
大輝は焦ったように玄に詰め寄ると、ぎりぎり聞こえるくらいの小さな声で言った。
「おい、玄、いいのかよ?」
「後で、父さんに直接、聞いてみる」
「おじさんに?だけど、前の時と同じように教えてもらえないんじゃないのか?」
驚愕する大輝に、玄が躊躇うように続ける。
「父さんは、俺達に何か重大なことを隠している。今度こそ、本当のことを教えてもらえるまでは引き下がらない」
「玄、無理はするなよな」
「ああ」
大輝が不服そうに投げやりな言葉を返すと、ようやく玄はほっとしたように微かに笑ってみせたのだった。
麻白。
俺はーー俺達は麻白のことが好きだ。
大好きだ。
ずっとずっと、俺達の隣で笑っていてくれる大切な妹。
これからもっと、たくさんの人達を巻き込んで一緒に夢を叶えたい。
だからこそ、少しずつでもいいから、麻白の支えになりたいんだ。
そして、これからも麻白と一緒にいたい。
玄は切にそう願った。
だが、その後の玄の追求にも、玄の父親は否定し、拒み続けた。
「父さん、お願いだ。本当のことを教えてほしい」
「それはできない」
玄の説得をよそに、玄の父親は大げさに肩をすくめてみせる。
玄と玄の父親による麻白に関するやり取りは、その繰り返しだった。
このまま、何の進展のないまま、終わるのではないのか?
玄は乱れた心を落ち着かせるように、そっと胸を押さえる。
「玄、大輝。僕が麻白のこと、教えてあげようか?」
そんな中、狼狽し、進退窮まった玄と大輝の下に現れたのは陽向だった。
陽向は、玄達を見つめながらくすくすと笑っている。
その様子は、まるで小動物のようでとても可愛らしい。
「陽向?」
「陽向、おまえ、退院したのか?」
玄と大輝の驚愕に応えるように、陽向は笑みを収めると真剣な表情で言った。
「退院はしていないよ。僕がここにいるのは、叔父さんの魔術の知識のおかげだから」
「魔術の知識?」
玄のその反応に、陽向は満足そうに頷くと淡々と言う。
「うん。今、ここにいる僕は、叔父さんの魔術の知識によって実体化している存在なんだ。実際の僕はまだ、病室にいる」
「父さんが使える力には、そんなこともできるのか?」
玄の疑問に応えるように、陽向は人差し指を唇に当てると、人懐っこそうな笑みを浮かべて言う。
「麻白もね、魔術を使える少年の魔術と叔父さんの魔術の知識のおかげで生き返ったんだよ」
「「ーーっ!?」」
確信を込めて静かに告げられた陽向の言葉は、この上なく玄達の胸を打った。
麻白のことを知りたいーー。
陽向のその言葉は、まさに玄と大輝が知りたかった真実の一つでもあったからだ。
「ねえ、玄、大輝。麻白のことを知りたいのなら、今度、『湖潤高校』で行われる叔父さん達の会社説明会を訪れたら分かるよ」
「湖潤高校?」
「そこに行けば、麻白のことが分かるんだな?」
「うん」
玄と大輝の疑問に、陽向は迷いなく断言する。
「玄達が、そこに行くことへの叔父さんの許可はもらっている。だけど、そこに行ったら、玄と大輝は後悔するかもしれない」
静かにそう結んだ陽向は、両手を伸ばして踵を返すと、その場から姿を消したのだった。
「ここだな」
「玄、行くぞ」
玄と大輝は申し合わせたように、体育館の扉を開けて足を踏み入れる。
何故か、眠っている全校生徒達。
警備員達によって追いかけられている、多くの麻白達。
そして、向かい合っている元樹と昂、玄の父親。
そこには、玄と大輝にとって、完全に理解を超えた現象が広がっていた。
「「ーーっ」」
そこで見たあまりにも衝撃的な光景に、玄と大輝は言葉を失ったのだった。




