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マインド・クロス  作者: 留菜マナ
魔術争奪戦編
158/446

第ニ十五章 根本的にあの日の約束は

「あなた方には、麻白お嬢様から手を引いてもらいます」

「「「「ーーっ」」」」

手を引く、その単語が出た瞬間、綾花の両親と進の両親の表情があからさまに強ばった。

美里がそう言い放つのと同時に、控えていた警備員達は綾花の両親達との距離を一気に詰めていく。

「遥香、僕から離れるな」

「……ええ」

気まずそうな綾花の父親の言葉に、綾花の母親も不安そうに身体を縮ませて頷いた。

「あなた」

「大丈夫だ」

あっさりと自分達を取り囲んだ警備員達に、進の父親は進の母親を護りながら、苦虫を噛み潰したような顔で辟易する。

進に、瀬生さんに、これからもそばにいてほしいーー。

そう恋い焦がれても、その代償はあまりにも大きすぎて間の当てられない現実を前に、進の父親は静かに目を瞑った。

ーーその時だった。


「たあっ!」


聞き覚えのあるその声は、綾花の両親達、そして美里達にとって、全く予想だにしない言葉だった。

なすすべもなく警備員達に囲まれていた綾花の両親と進の両親の腕を掴むと、壇上の幕から颯爽と降りてきた武道家風の女性ーー汐は踵を返して駆け出した。

ーーそう。

綾花の両親と進の両親は、汐の先導によって、その場からただ離れただけだった。

だが、それだけで、汐達は警備員達の包囲網から逃れることに成功していた。

「なっ?」

予想外の助っ人を目の当たりにして、美里は驚愕する。

「汐、任せろ!」

「ダーリン、こちらは任せて!」

再び、取り囲もうとしてきた警備員達を、汐は駆けつけてきた1年C組の担任とともに振り払っていく。

「あなた方を逃がすわけにはいきません!」

綾花の両親と進の両親を追いかけて、壇上を降りた美里達が1年C組の担任達のもとへと駆け込んでくる。

美里達の追手に対して、1年C組の担任がとった行動は早かった。

「汐、後は頼む!」

「うん、ダーリン」

綾花の両親達の護衛を汐に任せると、1年C組の担任は体育館の床を蹴った。

そして、警備員達の前まで移動する。

その見え透いた挙動に、警備員達の反応が完全に遅れたーーその時だった。

1年C組の担任は警備員達に素早く接敵すると、多彩な技を駆使して次々と警備員達を倒していく。

次の瞬間、美里の目に映ったのは床に倒れ伏す警備員達の姿と、冷然と立つ1年C組の担任の背中だった。

「汐、瀬生さん達と上岡さん達を連れて、ここから避難しよう」

「ダーリンの頼みなら、仕方ないっていうか」

きっぱりと告げられた言葉に、汐は恥じらうように頬を赤く染める。

「待ちなさい……っ!」

美里が眠っている生徒達を避けて怯んでいるその隙に、1年C組の担任と汐は、綾花の両親と進の両親に連れ添って体育館を抜け出した。






「なかなか辛いな」

何度目かの攻防の後、元樹は息を吐きながらも陽向と距離を取った。

同時に陽向も浮遊して、万全の攻撃態勢を整える。

次の瞬間、元樹は魔術道具を使って、陽向の背後を取った。

「なっ!」

空高く飛翔しているからその背後を取ることなど不可能ーーそう考えたがゆえの唯一の死角は、ただ魔術道具を使った元樹にあっさりと突かれる。

振り返る前に蹴りを受け、体勢を崩した陽向はそのまま地へと落ちていった。

しかし、元樹の蹴りを食らったのにも関わらず、立ち上がった陽向は平然とした表情で服を整えている。

余裕の表情で佇む陽向を前にして、魔術道具を用いて体育館へと降り立った元樹は悔やむように唇を噛みしめた。

「僕のあらゆる魔術に対処するなんて、元樹くんはすごいよね」

「…………やばいな」

感嘆する陽向とは裏腹に、元樹は必死としか言えない眼差しを陽向に向ける。

その言葉が、その表情が、元樹の焦燥を明らかに表現していた。

元樹の攻撃は、陽向を翻弄している。

だが、次第に体力を消耗していく元樹に対して、陽向はまるで疲れを知らないように平然と立っていた。

「でも、僕には勝てないよ」

「だろうな」

陽向の自信に満ちた言葉に、元樹もまた、まっすぐに強気な笑みを返す。

「だけど、俺の役目は陽向くんを足止めすることだ。後は、時間が解決してくれるだろうしな」

確信を持った笑顔。

その表情を見た瞬間、陽向は不満そうに唇を尖らせた。

「何だか、元樹くんに全てを見透かされているような気がする」

魔術書に媒介して顕在していることに気づいたのか。

はたまた、自分に時間制限があることを気づかれたのか。

陽向は内心、焦ったように、陽向の父親から渡された腕時計に表示されている時間を見つめる。

そこには、まるで照らし合わされたかのように、ちょうど、魔術の知識の効果が切れる時間の少し手前を示していた。

「そろそろ、戻らないといけない時間だね」

「戻る?」

元樹が怪訝そうに見つめている先で、陽向は構えを解いて肩をすくめる。

「麻白、また、会いに来るね。僕達は、麻白が麻白として生きることを拒んでも諦めないよ」

「陽向くん、頼む。みんなを元に戻してもらえないか?」

あっさりと踵を返した陽向に、元樹が慌てて声をかけた。

「心配しなくても、もう元に戻っているよ。まあ、だけど、みんなには、これからも麻白が麻白として生きたいと思うように、働きかけの協力はしてもらうつもりだから」

そのまま、魔術を使おうと手を掲げたところで、陽向はふと思い出したように振り返った。


「ねえ、麻白。これからもずっと一緒だよ」


「ーーっ!?」

その台詞はーー。

拓也とともに警備員達の手から難を逃れていた綾花が声を上げる前に、陽向はその場から姿を消したのだった。






「…………はあはあ。これならどうなのだ」

強力な魔術を放った影響で、昂は息を切らしてバテていた。

魔術は、玄の父親にだけ攻撃が及ぶように射程を絞っている。

そして、強力な魔術を放てるようにと、威力を一点に集めていた。

だが、そこまでしても、玄の父親の魔術の知識による防壁を破ることには悪戦苦闘していた。

「魔術の知識がほとんど使えない状態で、昂くんの魔術から逃れるのは至難の技だな」

昂の強力な魔術を、何とか防いだ玄の父親は忌々しそうにつぶやいた。

玄の父親自身も、昂の魔術から身を守るだけで精一杯な状態である。

「黒峯蓮馬!我の魔術のすごさが分かったであろう!」

明確な怒気のこもった鋭い玄の父親の視線に、昂は腕を組むとこの上なく不敵な笑みを浮かべながら言った。

「なにしろ、我は綾花ちゃん、あかりちゃん、そして、麻白ちゃんの婚約者ーーって、貴様、何しに来たのだ!」

「はあ…………。おまえはいつもそれだな」

人差し指を突き出して放たれた昂の指摘に、陽向が去ったことで参戦した元樹は不愉快そうにそう告げる。

「布施元樹くん。君がここに来たということは、陽向くんは戻ったんだな」

「そうなるな」

決意のこもった元樹の言葉に、玄の父親はふっと悟ったような表情を浮かべる。

「なら、魔術の知識を使って、君達から麻白を取り戻すとしよう」

「綾は絶対に護ってみせる!」

「うむ。綾花ちゃんは渡さないのだ!」

そう告げて元樹達のもとまでやってきた玄の父親達に、元樹と昂は綾花と麻白の姿をした綾花の分身体達を守るようにして、玄の父親の前に立ち塞がった。

「魔術の知識は、事象そのものを上書きしたりする力だったよな?」

交錯する視線。

とらえどころのない空気を固形化させる元樹の問いに、玄の父親は嗜虐的に笑みを浮かべる。

「ああ。例えば、このようにな」

「むっ!」

「ーーっ」

異常な寒気と倦怠感。

まるで脳を直接触られるような不快感に、頭を押さえた昂と元樹はそれぞれ魔術と魔術道具を用いて凌ぎ切った。

「結論から言わせてもらう。君達には、麻白のことを忘れてもらいたい」

元樹と昂が取った行動に、玄の父親は心の底から残念そうに言う。

「瀬生綾花さんには、麻白として生きてほしい。麻白として生きてくれるというのなら、昂くんから奪った魔術書を全て返そう。そして、度々、君達に、そして、彼女達の家族に会わせることを約束する」

「…………相変わらず、最悪に近い取引だな」

元樹の嫌悪の眼差しに、玄の父親は大仰に肩をすくめてみせる。

少し間を置いた後、元樹は幾分、真剣な表情で続けた。

「綾が麻白として生きるのなら、舞波から奪った魔術書を全て返す。だけど、それを拒めば、黒峯蓮馬さん達はどんな手段を使っても、綾をーー麻白を取り戻そうとするんだろう。先程のように、綾と上岡のーーそして麻白に関する記憶の消去とかな」

「むっ!」

あまりにも残酷な取引を突きつけられていたことに気づいた昂は驚愕する。

「布施元樹くん、君は鋭いな」

「許せぬ! 許せぬぞ!!」

玄の父親が元樹にさらに何かを告げる前に、昂は両拳を突き上げながら地団駄を踏んでわめき散らし始めた。

「おのれ~、黒峯蓮馬!我の綾花ちゃん達に関する記憶を消そうとするとは!」

「瀬生綾花さんには、このまま麻白として生きてほしい」

「綾花ちゃんは、もう既に麻白ちゃんとして生きているであろう!」

玄の父親の言葉を打ち消すように、昂はきっぱりとそう言い放った。

玄の父親は目を伏せると、静かにこう告げる。

「…………確かに、麻白の人格断片をーー麻白の心と記憶を受け継いだ瀬生綾花さんは麻白だ。だが、今のままでは、麻白はいつまで経っても私達のもとに帰ってこれない」

「我は今までのように、いつでも綾花ちゃんと進に会いたいのだ!」

玄の父親の言葉に、昂は不愉快そうに言葉を返した。

打てば響くような返答に、玄の父親は確信に満ちた顔で笑みを深める。

「ならば、この話は終わりだ。さあ、続けようか。瀬生綾花さんをーー麻白を懸けた勝負を」

「続けられるのならな」

「ああ、続けさせてもらおうか、布施元樹くん」

元樹の挑戦的な言葉に、玄の父親は表情の端々に自信に満ちた笑みをほとばしらせたのだった。

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