第十七章 根本的に彼には問題点が多すぎる
「我は納得いかぬ!」
スタジアムの騒動から帰宅後ーー。
自分の家の様子を見た昂は、地団駄を踏んでわめき散らしていた。
何故なら、物々しい数の警察官らしき人物達が、昂の家を家宅捜索をするために昂達の帰りを待ち構えていたからだ。
裁判所の令状に基づき、自宅の捜索が行われることを警察から説明された昂の母親が戸惑いの表情を浮かべる。
留守を任せていた昂の父親が、昂の母親と一緒に警察の応対に追われているのを見て、元樹は決まり悪そうに視線を落とした。
「やっぱり、魔術書を手に入れるために、家宅捜索へと乗り出してきたか」
「元樹、どういうことだ?」
拓也の疑問を受けて、感情を抑えた声で、元樹は淡々と続ける。
「陽向くんの目的は、舞波の持っている魔術書だ。そして、黒峯蓮馬さんの目的は綾をーー麻白を手に入れることだ。恐らく、陽向くんの協力を得る代わりに、舞波の持っている魔術書を陽向くんに渡そうとしているんだろうな」
「陽向くんは、スタジアムでかなり強力な魔術を使っていたよな。それでも、陽向くんにとって舞波の持っている魔術書はそんなに魅力的なものなのか?」
「ああ。間違いないだろうな」
拓也の言葉に、元樹はきっぱりとそう答えた。
それは、仮定の形をとった断定だった。
「だからこそ、魔術書を証拠物件として押収することで、陽向くんが望んでいる舞波の魔術書を手に入れようとしているんだろうな」
「そんなことはどうでもいい!このままでは、我の魔術書が警察という者達に全て取られてしまうのだーー!!」
元樹の言葉を打ち消すように、昂は頭を抱えて虚を突かれたように絶叫する。
「こうなったら、魔力が回復次第、警察署という場所に乗り込んで奪い返してやるのだ!!」
「ふわわっ、舞波くん、落ち着いて!」
得意げにぐっと拳を握り、天に突き出して高らかにそう言い放つ昂に、綾花は口元に手を当てて困ったようにおろおろとつぶやく。
「はあ…‥…‥。魔術書か」
荒々しい喧騒の中、拓也は静かにそう告げて、顎に手を当てて真剣な表情で思案し始める。
「だけど、元樹。警察が理由もなしに、舞波の部屋の魔術書を全て押収するのはいくら何でもやり過ぎじゃないのか?」
「いや、舞波は頻繁に問題を起こしているし、警察が立ち入る理由はそれなりにあるんだろうな。でも、俺もやり過ぎだと思う。だから、少し小細工させてもらったんだよな」
探りを入れるような元樹の言葉に、拓也の顔が強張った。
「小細工って、もしかして舞波の部屋にある魔術書も偽物なのか?」
「ああ」
拓也の疑問に、元樹は意味ありげな笑みを浮かべる。
「留守を任せていた舞波のおじさんに頼んで、舞波の魔術書の一部を別の場所に運んでもらったんだ」
「ーーっ」
「あっ…‥…‥」
「むっ!」
元樹の思いもよらない言葉に、拓也と綾花は不意をうたれように目を瞬く。
そして、警察と魔術書を賭けた全面対決に挑もうとしていた昂が、元樹の言葉に弾かれたように顔を上げた。
「別の場所に運んでもらった?」
「ああ。今回、舞波の魔術書が狙われていることが分かっていたからな。俺達がいない間に、黒峯蓮馬さんの関係者が舞波の家を訪ねてくると思ったんだ」
拓也が意味を計りかねて元樹を見ると、元樹は眉を寄せて腕を頭の後ろに組んでから続ける。
「まあ、一部だけだから、舞波は納得いかないかもしれないけどな」
「当たり前なのだ!我は納得いかぬ!」
あくまでも事実として突きつけられた元樹の言葉に、昂は両拳を振り上げて憤慨した。
「我の魔力が回復次第、警察署に乗り込んで魔術書を賭けた天下分け目の戦いに挑むべきだ!!」
「おまえは警察に捕まりたいのか?」
昂の抗議に、1年C組の担任は不愉快そうに言葉を返した。
打てば響くような返答に、昂が思わず、たじろいていると、1年C組の担任は気を取り直したように汐に向き直り、話を切り出してきた。
「汐。舞波はいろいろと大変かもしれないが、よろしく頼むな」
「ダーリンの頼みなら、仕方ないっていうか」
1年C組の担任が幾分、真剣な表情で告げると、汐は嬉しそうに頬を赤く染める。
「ひいっ!あ、綾花ちゃん、魔術書を取り戻すためにも、今すぐ我を助けてほしいのだ!」
「ふわっ、ちょ、ちょっと、舞波くん」
それだけを言い終えると、ついでのように昂が綾花を抱きついてきた。
「おい、舞波!どさくさに紛れて、綾花に抱きつくな!」
「おまえ、勝手なことばかりするなよな!」
「否、我なりのやり方だ!そして、我は綾花ちゃんから離れぬ!」
ぎこちない態度で拓也と元樹と昂を見つめる綾花を尻目に、拓也と元樹は綾花から昂を引き離そうと必死になる。だが、昂は綾花にぎゅっとしがみついて離れようとしない。
「ううっ…‥…‥」
そんな中、激しい剣幕で言い争う拓也と元樹と昂に、綾花は身動きが全く取れず、窮地に立たされた気分で息を詰めていた。
こうして、昂の魔術書は一部を除いて、警察に押収されてしまったのだった。
「魔術書?」
「ああ」
翌日、魔術書に媒介して顕在した陽向の問いに、陽向の父親は先程、玄の父親から送られてきた魔術書が入った箱を開いた。
「昨日、一部を除いてだが、舞波昂くんが持っていた魔術書を回収することに成功したそうだ」
「本当!」
陽向の父親の言葉に、陽向はぱあっと顔を輝かせる。
「ああ。ただし、魔術書を渡す代わりに、陽向に麻白を取り戻すのを手伝ってほしいようだな」
「そうなんだ。『執着心を増す魔術』。この魔術、意外と面白そうだね」
陽向は魔術書を取り出すと、嬉しそうにページをめくった。
「叔父さんに頼まれなくても、麻白は僕の数少ない友達の一人なんだから絶対に取り戻すよ」
魔術書を読んでいた陽向は、昔を懐かしむように明るい笑顔で語る。
「そして、昔みたいに一緒に遊ぶんだ」
「そうだな」
「麻白は、陽向の大切な友達だものね」
どこまでも楽しそうな陽向を見て、陽向の両親は穏やかに微笑んだ。
「うん。叔父さんの期待に応えるためにも早速、この魔術を昂くんに使ってみようかな」
陽向の両親の言葉に、陽向はほんの少しくすぐったそうな顔をしてから幸せそうに笑った。
そして、陽向は詠唱を口にしながら、導かれるかのように宙に両手を伸ばす。
するとその瞬間、室内は幻想的な蒼い光に縁どられていた。呼吸するように揺れるその蒼は煌めく海のような色だった。
その蒼い光が消えると、陽向は髪を撫でながらとりなすように言う。
「うん、これでいいんだよね。上手くいきますように」
子供のように無邪気に願う陽向を見て、陽向の両親はほっと安心したように優しげに目を細めたのだった。
「ううっ…‥…‥」
「そろそろ出ないと会社に間に合わなくなるな」
「困ったわね」
翌日、マンションの玄関で、妙に感情を込めて唸る綾花と困惑した表情を浮かべる綾花の両親の姿があった。
登校する前だったのか、綾花は既に湖潤高校の制服を着ていた。
昨夜から降りだした雨は、今もなお、降り続いている。
「どうしよう…‥…‥」
電話の不在メッセージを聞きながら思い悩む綾花の様子に目を瞬き、少しだけ首を傾げながら、綾花の母親は先を続ける。
「綾花、舞波さんには連絡はつかないの?」
「…‥…‥うん」
綾花は携帯を鞄に入れると、指先をごにょごにょと重ね合わせ、たまらず視線をそらした。
綾花の母親は、問いかけるような瞳を綾花に向ける。
「舞波さんがいないのなら、上岡さん達か、先生に相談するしかないわね」
「ううっ…‥…‥。舞波くん、まだ、玄関にいるのかな」
弱音のように吐かれた綾花の言葉に、綾花の父親は自分でもあまり気持ち良くないことを自覚しつつ、突然の訪問者である昂を責めるように言う。
「舞波くんはかなり強引すぎるな」
「で、でも、それはきっと、舞波くんにとって魔術書が大切な宝物だったからだと思うの」
綾花の父親の言葉に、綾花が少し困ったようにはにかんでそう言った。
「綾花。だからといって、迷惑行為をしていい理由にはならないだろう」
傘を持ち、スーツに身を包んだ綾花の父親は、頭が回らないながらも居住まいを正して真剣な表情でそう答えた。
綾花は再び、携帯を取り出すと、慌てて拓也に電話をかける。
「綾花、朝早くからどうしたんだ?」
「あのね、たっくん。舞波くんが一緒に、警察署に行こうって言ってきたの」
電話に出た拓也の疑問に答えるように、綾花は不安そうに玄関へと視線を向けた。
「な、なんだ、それは?」
予想外の展開に、拓也は思わず、頭を抱えてうめいた。
「舞波のやつ、わざわざ綾花のマンションまで来たのか?いや、それよりもなんで、今から警察署に行こうとしているんだ?」
「なんでも、昨日、警察に押収された魔術書を取り戻そうとしているらしいの。私が一緒に来てくれるまでは、玄関の前から動かないって。でも、もうすぐ、お父さんの出勤時間だから、お父さんもお母さんもすごく困っているの」
「はあ?」
あまりにもストーカーまがいな行動と勝手極まる昂の言い草に、拓也は思わずキレそうになった。
「お父さんが今、警察に電話しようか悩んでいるんだけど、どうしたらいいのかな?」
「俺も、警察に電話するべきだと思う」
綾花の戸惑いに、怒り心頭の拓也はきっぱりとそう答えた。
「我は悪くない!ただ、何故か、綾花ちゃんと一緒に警察署に乗り込まなくてはいけないと思ったまでだ!」
「…‥…‥ほう。詳しい話は署で聞こうか」
警察官の無慈悲な逮捕宣告に、昂は恐怖のあまり、総毛立った。ふるふると恐ろしげに首を振る。
「ひいっ!あ、綾花ちゃん、助けてほしいのだ!」
昂は警察官に拘束されると、あっさりとパトカーに連行された。
そして、昂は他者の行為を妨げる迷惑行為を行ったとして、警察官の取り調べを受けることになったのだった。
この異常な昂の行動そのものが、陽向の魔術によるものだと綾花達が知ることになるのは、その日の放課後である。




