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マインド・クロス  作者: 留菜マナ
魔術争奪戦編
145/446

第十ニ章 根本的に改変された世界で

その瞬間、彼は魔術を使えるようになった。


玄の父親の魔術の知識によって、自身の魂を魔術書に媒介することで一時的に顕在化することができた陽向は、自らが魔術を使えるようになったことをすぐに理解した。

本来の肉体はそのままに、自身の魂が宿った魔術書によって顕在する存在。

そして、魔術書に記載された魔術を行使することができる存在。

魔導書、『アルバテル』ーー。

その不可解な存在になった自身をそう名付けると、陽向はすぐに利用することにした。

陽向は当初の予定どおり、果てなき探求心の赴くまま、今まで叶うことができなかった願いを一通り、やってみる。

家族と一緒に出かけたり、一時的に学校に通ってみたりもした。

昨日、初めて学校に登校したのに、クラスのみんなはまるで陽向のことを親しい友人のように接してくる。

しかし、次の日には、陽向がクラスにいたことを、クラスのみんなも先生も認識していない。

それはきっと滑稽な姿だったに違いない。

だけど、陽向に後悔はなかった。

念願だった学校生活を送れたのだから。

時間制限に縛られず、もっと自由に生きていたい。

今まで思い描いていた夢の数々が叶ったことで、陽向は遥かな高みを目指した。

魔導書、アルバテル。

それは一度手にして読めば叡知が授かり、神の言葉を聴くことができる希少な魔導書。

だからこそ、回そう。

運命の歯車を。

僕の世界を改変するためにーー。

そして、新たな魔術書を用いて、世界を変革するためにーー。






「お父さん、どうだった?」

「反応はあるが、ほとんど信憑性のない情報ばかりだな」

魔術書に媒介して顕在している陽向の問いに、陽向の父親はパソコンに表示されている目撃情報などを見ながら告げる。

魔術を使う少年ーー昂の情報などを収集して、魔術書についてある程度、把握した結論だ。

魔術書を持っている人物、魔術書の在り処、または魔術書を手に入れることを手伝ってくれる協力者などの情報が散乱していたが、どれも信用性に欠けている。

「そうなんだ。時間制限があるから、誰かに協力してもらえたらと思ったんだけど」

陽向は悩むように、パソコンに表示されている情報を見つめる。

そこには時間表示があり、ちょうど、魔術の知識の効果が切れる時間の少し手前を示していた。

「そろそろ、病室に戻らないといけない時間だね」

「陽向、ごめんね」

陽向はそう言って、ふて腐れたように唇を尖らせた。

陽向の母親はそんな陽向のもとに歩み寄ると、そっと抱き寄せる。

陽向の両親は、一人息子である陽向のことを溺愛していた。

そして、今まで普通の生活を送らせてあげらなかったことに対して負い目を感じている。

だからこそ、陽向の両親は出来る限り、陽向の願いを叶えてあげたかった。

「陽向、今度の休みにショッピングモールにでも行こうか?また、前みたいに、店員さんによって女の子の格好をさせられないように気をつけながらな」

「お父さん、忘れたい過去を引っ張り出さないでよ!」

陽向の父親はそう言って表情を切り替えると、面白そうに陽向に笑いかけた。

指摘された陽向は思わず赤面してしまう。

その隣には、陽向の母親が穏やかな表情で二人を見守っていた。

「待て、陽向、反応があったぞ!魔術を使える少年の関係者のようだ!」

「本当!」

陽向の父親の言葉に、陽向はぱあっと顔を輝かせたのだった。





陽向が病室に戻った頃、綾花達は人知れず悩んでいた。

昨夜、魔術を使える人物から、昂の情報、さらに昂から魔術書を奪ってきてほしいという広告メッセージがネット上に流れたからだ。

「…‥…‥どれも当たり障りのないことしか書かれていないか。元樹の方はどうだ?」

昂の部屋で持ってきたノートパソコンを開くと、拓也は額に手を当てて困ったように肩をすくめてみせる。

「メッセージを流した広告提供者に、魔術を使える人物に会いたいとコンタクトを取ってみたんだけど、魔術書を持ってくることを条件に出されたな」

「…‥…‥っ」

元樹がきっぱりとそう告げると、拓也は悔しそうにうめく。

「その様子では、何も見つからなかったようだな。当然だ。魔術を使える者が、我以外にいるはずがなかろう」

「くっ…‥…‥」

「ーーっ」

その最もな昂の指摘に、拓也と元樹は苦虫を噛み潰したような顔で辟易する。

魔術書が並んでいる本棚をぼんやりと眺めながら、綾花はネット上に流れていたメッセージを思い出していた。


『魔術を使って、あなたの望みを叶えます。ただし、魔術書を手に入れるのを手伝ってくれる方限定です』


広告メッセージを流した人物は、明らかに昂が魔術書を持っていることを知っている。

黒峯くんのお父さんが、この情報を流したのかな?

でも、一度、手放した魔術書をどうして取り戻そうとするんだろう。

思考は堂々巡りで、一向に一つの意見にまとまってくれなかった。

もし、黒峯くんのお父さんじゃなかったら、一体誰がこの情報を流したのかな?

綾花は顔を曇らせて俯くと、ぽつりとそう思った。

「綾花」

ノートパソコンで広告主についてのことを調べていた拓也が、そんな綾花に対して小声で呼びかけた。

「何か困ったことがあったら、すぐに駆けつけるからな。黒峯蓮馬さん達には、綾花を渡さない」

「あっ…‥…‥」

その言葉に、綾花は口に手を当てると思わず唖然として拓也の方を振り返った。

気まずそうに視線をそらした拓也に、不意をつかれたような顔をした後、綾花は穏やかに微笑んだ。

「ありがとう、たっくん」

「ああ」

独り言のようにつぶやいた拓也に、綾花ははにかむように微笑んでそっと俯く。

そんな二人のやり取りをよそに、昂は魔術書が並んでいる本棚を見遣ると不満そうに眉をひそめてみせた。

「ふむ。しかし、我が持っている素晴らしい魔術書を狙ってくるとは納得いかぬな」

「…‥…‥そうなんだ」

「…‥…‥どこが、素晴らしい魔術書だ」

神妙な表情でつぶやく綾花に対して、拓也は呆れたようにため息をつく。

そこで、元樹は昂の台詞の不可思議な部分に気づき、昂をまじまじと見た。

「…‥…‥舞波が持っている魔術書か。なあ、舞波。前に魔術書は、黒峯蓮馬さんの実家に保管されていたもので、誰一人、どのようなものなのかは分かっていないって言っていたよな」

「うむ」

苦虫を噛み潰したような元樹の声に、不遜な態度で昂は不適に笑う。

「だけど、黒峯蓮馬さんは、魔術書がどんなものなのか知っていた。なら、保管されていた魔術書は全て、舞波のおじさんに売ったという話も、実は違うんじゃないのか?」

「むっ!?」

「ーーっ」

「ううっ…‥…‥」

元樹がきっぱりと告げた事実に、昂はーーそして隣で二人の会話を聞いていた拓也と綾花は衝撃を受けた。

元樹に指摘されて、ようやく昂は玄の父親から告げられたあの時の言葉が全て嘘だったということに気づく。

混乱しきっていた思考がどうにか収まり、昂は素っ頓狂な声を上げた。

「おのれ~!黒峯蓮馬!我に嘘を吹き込むのが狙いだったのだな!」

昂が頭を抱えて、玄の父親を罵るように声を張り上げる。

その言葉が、その表情が、昂の焦燥を明らかに表現していた。

「元樹、仮に黒峯蓮馬さんが魔術書を他に持っていたとしても、舞波以外は魔術を使えないんじゃないのか?」

困惑したように驚きの表情を浮かべる拓也に、元樹は軽く肩をすくめると手のひらを返したようにこう言った。

「ああ。だけど、綾から聞いたんだが、『魔術の知識』には俺達や舞波ですらも知らない力があるみたいだ。もしかしたら、魔術の知識を使って、舞波のように魔術を使えるようにすることも可能かもしれない」

「否、我に出来ぬことを、黒峯蓮馬が出来るはずがなかろう!」

元樹の言葉を聞きつけて、昂は即座に地団駄を踏んで否定した。

「我は、黒峯蓮馬から綾花ちゃんを護らねばならぬ、ーー護らねばならぬのだ!その我に出来ぬことを、黒峯蓮馬がやってのけるはずがないのだ!」

憤慨に任せて、昂はひとしきり玄の父親のことを罵った。ひたすら考えつく限りの罵詈雑言を口にし続ける。

「おのれ~、黒峯蓮馬!我の情報を散々流して、我を陥れようとするとは!やはり、黒峯蓮馬は侮れないのだ!」

「…‥…‥おい」

ところ構わず当たり散らす昂に、拓也は呆れたように軽く肩をすくめてみせる。

「あのな。この間のお披露目会で、俺達がおまえの魔術道具を用いて魔術を使っていただろう」

「うむ、確かにな」

元樹がふてぶてしい態度でそう答えると、昂はあっさりと納得したように頷いてみせる。

「こうなったら、仕方あるまい。綾花ちゃんーー否、進。今すぐあかりちゃんに憑依して、黒峯蓮馬を問い詰めてくるべきだ!」

「ふわわっーーって、おい、昂!そんなことしたら、あかりに危害を加えてくるかもしれないだろう!」

まとまらない話し合いの中、昂は既に玄の父親を出し抜く方法を模索してひたすら頭を抱えて悩み始めていた。

突拍子もないあまりにも無茶苦茶な作戦を提案してきた昂に、口振りを変えた綾花が困り顔でたしなめているのを見ながら、拓也と元樹は二者二様で呆れ果てたようにため息をつくのだった。

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