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マインド・クロス  作者: 留菜マナ
魔術争奪戦編
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第七章 根本的に彼女に恋をした瞬間

「ううっ…‥…‥」

「…‥…‥はあ。完全に、黒峯蓮馬さん達の思惑どおりになってきたな」

放課後、とぼとぼと歩き、今にも泣きそうな表情で校舎裏の前に立った綾花に対して、元樹は悔しそうにそうつぶやいた。

その言葉は、全てを物語っていた。

恐らく、黒峯蓮馬さんは、舞波が退学の危機であることを前持って知っていたのだろう。

その上で、玄と大輝に、俺と麻白の交際のことを告げた。

そうすれば間違いなく、玄と大輝は真実を知るために麻白に会おうとするからだ。

玄と大輝と一緒に遊園地に行くこと。

そして、自身の会社の企業説明会。

綾をーー麻白を手に入れることができる二つの絶対的なアドバンテージを前にして、俺達がこれからどう動くのかを見極めようとしているのだろう。

「元樹、これからどうするつもりだ?」

「そのことなんだが」

拓也の疑問を受けて、感情を抑えた声で、元樹は淡々と続ける。

「大輝は、俺達には来てほしくないみたいだが、綾一人で遊園地に行かせるわけにはいかない。俺達も、綾に同行しようと思う」

「つまり、いつものように、綾花のそばで黒峯蓮馬さん達から護っていくっていうことか?」

呆気に取られた拓也にそう言われても、元樹は気にすることもなくあっさりとした表情で言葉を続けた。

「ああ。今回の遊園地には、雅山達も来るみたいだし、麻白の姿をした綾の分身体を出しても、また黒峯蓮馬さんに操られてしまう可能性があるからな」

元樹は拓也達の方へ視線だけ向けて、世間話でもするような口調で言った。

「だが、恐らく、黒峯蓮馬さんはありとあらゆる手段を用いて、麻白の姿をした綾を自身のもとに留めようとしてくるだろう。まさに、俺達の思いもよらない方法でな」

「うむ、確かにな」

元樹の言葉に、昂は納得したように頷いてみせる。

呆気に取られている拓也に目配りしてみせると、元樹はさらに続けた。

「だからこそ、舞波、今回の遊園地では、黒峯蓮馬さん達の妨害に徹してほしい。黒峯蓮馬さん達は、今回も俺達が後手に回ると思っているはずだ。それを逆手に取って、思いっきり攻めてきてくれないか」

「なるほどな。ついに我と黒峯蓮馬、りゅーー何とか、否、竜闘虎争の戦いに決着の時が来たというわけだな」

真剣な眼差しで視線を床に降ろしながら懇願してきた元樹に、昂は持ってきていた四字熟語の辞典を開くと、この上なく不敵な笑みを浮かべながら答えた。

「よかろう!我が必ず、綾花ちゃんを黒峯蓮馬の魔の手から救ってみせるのだ!」

「ありがとうな、舞波。俺達も必ず、綾を護ってみせるな」

昂の自信に満ちた言葉に対して屈託なく笑う元樹に、拓也は訝しげに眉をひそめる。

「おい、元樹。どうする気だ?」

「これから俺達は、玄と大輝、そして雅山達と一緒に遊園地に行かないといけない。だが、舞波がいると、少し厄介なことになる」

「舞波がいると?」

予想外の元樹の言葉に、拓也は少し意表を突かれる。

元樹はつかつかと近寄ってきて、拓也の隣に立つと、ぎりぎり聞こえるくらいの小さな声で言った。

「下手をしたら、玄と大輝、そして雅山達は、『魔術を使う少年』である舞波から真相を聞き出そうとするかもしれない」

「…‥…‥そういうことか」

苦々しい表情で、拓也は昂の方を見遣る。

目下、一番重要になるのは、綾花を護ることだ。

玄と大輝、そして雅山達から質問攻めを受けてしまえば、舞波は思わず、肝心なことを漏らしてしまうかもしれない。

そうなれば、綾花を護るどころではなくなるだろう。

昂の周到な段取り、手回しの良さを充分、思い知らされていた拓也だったが、それと同時に間の抜けた昂の行動も理不尽ながら知り得ていた。

「おのれ~、黒峯蓮馬め!貴様の命運も、ここまでだ!」

「ふわわっ、舞波くん。そんなに強く引っ張ったら、辞典が破れるよ!」

そんな彼らの様子など露知らず、昂はすでに玄の父親達を出し抜く方法を模索してひたすら頭を抱えて悩み始めていた。

玄の父親達を翻弄する方法が思いつかず、辞典に当たり散らす昂に、綾花が少し困り顔でたしなめているのを見ながら、拓也と元樹は二者二様で呆れ果てたようにため息をつくのだった。





「玄、大輝!」

少女は泣いていた。

小学校の廊下で、玄と大輝は自分の教室に行ったはずの麻白がランドセルを背負ったまま、慌てて追いかけてくる姿を見かけた。

玄は少し困ったように、妹の顔を覗き込んで言った。

「…‥…‥麻白、どうした?」

「玄、あ、あたしも玄と大輝と同じクラスがいい」

言葉に詰まった麻白は顔を真っ赤に染めてぽつりと俯いた。麻白の瞳からは、涙がぽろぽろとこぼれ落ちる。

話を聞いてみると、どうやら、自分一人だけが別の学年のクラスなのが嫌だったらしい。

そんな麻白の手を取ると、玄は淡々としかし、はっきりと告げた。

「麻白、すまない。しばらくの間だけだ」

「…‥…‥す、すぐに会えるの」

その麻白の涙声に、微妙に拗ねたような色が混じっている気がして玄は苦笑した。

「…‥…‥ああ、大丈夫だ」

「…‥…‥う、うん」

そう言って泣きじゃくる麻白の頭を、玄は優しく撫でてやった。

そして、もう片方の手で、震える小さな手に、玄はそっと力を込める。

麻白が泣きやむまで頭を撫で続けていた玄は、不意に背後から声をかけられた。

「おい、そこ、麻白に甘すぎだろう」

「大輝が冷たすぎ」

大輝がここぞとばかりに指摘すると、麻白は不満そうに頬を膨らませてみせる。

「麻白、俺は冷たくないぞ。ただ、事実を告げただけだ」

麻白のふて腐れたような表情を受けて、大輝は不服そうに目を細めてから両拳をぎゅっと握りしめた。

「大輝、冷たすぎ!」

「そんなことないだろう!」

麻白が態度で再度、不満を訴えてくると、大輝は当然というばかりにきっぱりと告げる。

だが、一触即発の状態にも、麻白は動じなかった。

それどころか、さらに思いもよらない言葉を口をする。

「もう、いいもん!あたし、友樹のところに行くから!」

「なっ!?」

勢いを失した大輝をよそに、麻白はそっぽ向くとそのままトコトコと駆け出していった。






「ーー麻白、行くな!」

胸を突く小さな痛みは、大輝を幾度も目覚めさせる。

夜の時間はとても長く、夢の最後を繰り返し思い返すのにいくらでも時間があった。

「…‥…‥友樹のところに行くなよ」

小さな呟きは、誰にも聞こえない。

ベットから起き上がると、大輝は乱れた心を落ち着かせるようにそっと胸を押さえる。

だが、何度、落ち着かせようとしても、麻白に伝えきれなかった言葉が喉で絡まり、出口を失った気持ちだけが心の中で暴れ回っていた。

麻白が、友樹と付き合っている?

なんの冗談だよ?

どうして、こんなことになっているんだ。

麻白が誰かと付き合っているなんて、嫌だ。

嘘だと言えよ!

頼むから、誰か言ってくれ!

そんな、あらゆる想いと悪態が、大輝の中でぐるぐるとめぐっていた。

しかし、布団に潜って顔を埋めると、大輝は悲愴な表情で、ただ一つの言葉だけを吐き出した。


「俺は、麻白が好きだ」


だが、それはもう叶わぬ願いだ。

麻白は、友樹と付き合っている。

大輝の想いが、麻白に届くことはない。

このまま、大輝が何もしなければ、変わることはない現実だーー。

だからこそ、大輝はこの現状を打破するための方法を考えた。

どうすれば、麻白の心を留めておけるのか。

大輝が考えて思いついたのは、平凡極まりないものだった。

麻白に、自分の想いを伝えよう。

麻白は、大輝から告白されて困るかもしれない。

麻白のサポート役である拓と友樹と、険悪なムードになるかもしれない。

だけど、麻白を誰にも渡したくなかった。

ただそれだけの想いが激しく大輝の心臓を打ち鳴らし、ひとかけらの冷静さをも奪い去ってしまった。

麻白の笑った顔も、泣いた顔も、恥ずかしがる顔も、ふて腐れた顔も、全てが愛おしいと感じる。

「麻白、俺はおまえがーー」

大輝は何度も告白の練習をした。

麻白、いつも減らず口ばかり叩いてごめんな。

でも、この言葉は、この想いだけは本当だからなーー。


『玄、大輝、これからもずっと一緒!そして、陽向くんもずっと一緒!』


不意に、大輝は以前、麻白が自然公園の入口で告げていた言葉を思い出す。

それは今も入院生活を送っている玄の従兄弟である陽向を含めた大輝達、四人の大切な約束だった。

「ああ。俺達は、これからもずっと一緒だからな…‥…‥」

大輝は布団から顔を出すと、携帯の電源を入れて真剣な眼差しで見つめる。

携帯の待受画面。

そこに写し出されていた玄と大輝、そして麻白の写真に、大輝は今日も恋い焦がれて、幸せを噛みしめた。

寝静まった世界の中、刻々と夜明けの時刻が近づいていた。

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