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マインド・クロス  作者: 留菜マナ
憑依の儀式編
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第十四章 根本的にこれはトリプルデートというのだろうか

「はあ…‥…‥」

以前、訪れた進の家のリビングで、拓也は窓の近くに置かれた進が手に入れたであろうゲームの大会のトロフィーなどを見ながら、綾花を待っていた。

長方形のテーブルには、拓也の分のポットとティーカップが置かれてある。

自分の彼女に憑依した男の家にいるという、相も変わらずの居心地悪さに、拓也は思わず息をつく。

「たっくん、見て見て!」

拓也のいるリビングへとひょっこりと顔を覗かせた綾花は、目を輝かせて拓也に言った。はにかんでワンピースの裾を掴むとふわりと一回転してみせる。

「なっ…‥…‥」

盛装した綾花の眩しさを目の当たりにして、拓也は思いもかけず動揺した。

綾花はエアリー感漂う花柄のワンピースに、ゆるふわなニットカーディガンを着ていた。控えめにあしらわれた白いフリルはその可憐な容姿によく似合っていた。

そして、髪はいつものサイドテールではなく、ツーサイドアップに結わえてある。

「どうかな?」

そわそわとツーサイドアップを揺らす綾花に、拓也は胸中に渦巻く色々な思いを総合してただ一言だけ言った。

「ああ、よく似合っている」

「ありがとう、たっくん」

瞬間、綾花はぱあっと顔を輝かせた。頬をふわりと上気させて嬉しそうに笑う。

「そうでしょう?進、似合っているわよ」

綾花の後にリビングへとやってきた進の母親が、にこりと笑って言った。

綾花は拓也から離れると、進の母親の元に駆け寄り、自身の袖口を飾るレースにおずおずと手を伸ばした。

「母さん、このレースの模様、可愛い」

「そうなの!一目ぼれだったのよ!やっぱり、女の子だと張り合いが違うわね。進は男の子だったから、今までそういう話できなかったもの」

衣装談義に花を咲かせる二人を前にして、拓也は言い知れぬ疎外感を味わっていた。

しかし、二人が仲良く話している様子を見ていると心温まる思いにもなった。

綾花に上岡が憑依したことを打ち明けた当時はまだ戸惑いを隠せない様子だったのだが、今では進の母親にとって綾花はもう上岡自身なのかもしれない。

一呼吸置いて、拓也は言った。

「なあ、綾花。そろそろ時間も遅いし、帰らないか?」

「…‥…‥う、うん」

あわてふためいたように再び拓也の元に歩み寄った綾花の頭を、拓也は穏やかな表情で優しく撫でてやった。

そんな二人の様子を見て、進の母親は少し名残惜しそうな表情をして言う。

「うーん、もう少し、進と話したかったのだけど仕方ないわね…‥…‥」

顎に手を当てて物憂げに嘆息する進の母親の瞳が、拓也の隣で同じく物寂しそうにしている綾花へと向けられた。

「ねえ、進。明日は学校はお休みよね。なら、一緒にショッピングモールにお出かけしない?」

「…‥…‥えっ?」

思わぬ言葉を聞いた綾花は、進の母親の顔を見つめたまま、瞬きをした。

思わず拓也と見つめあって、すぐに綾花は進の母親に向き直る。

「ショッピングモールに?」

「ええ、久しぶりに進と一緒にお出かけしたいなと思って」

「ちょ、ちょっと待って下さい!」

綾花以上に動揺したのは拓也だ。

何気ない口調で言う進の母親の言葉に、拓也は頭を抱えたくなった。

「それは困ります!綾花の両親や学校のみんなに見られでもしたら、その…‥…‥いろいろと誤解を招かれて大変なことになります!」

「でも、たっくん。この格好なら、みんなにバレないんじゃないかな?」

不似合いに明るく、可愛らしささえ感じさせるような綾花の声に、拓也は苦り切った顔をして額に手を当てた。

「あのな、綾花。いくら何でもそれじゃバレるだろう」

拓也は咄嗟にそう言ってため息を吐くと、困ったように綾花に視線を向けた。

指摘された綾花は、ふて腐れたように唇を尖らせる。

「…‥…‥ううっ、そうかな~」

「…‥…‥せめて、もう少し、綾花だと分からないようにしないとな」

「うーん。なら、こうしたらどうかしら?」

拓也がため息混じりに言うと、進の母親は何かを閃いたように口を開いた。そして綾花に近づくと、綾花の頭にアースダウンハットの帽子を被せる。

「これで進として振る舞ってみせたら、さすがに遠目からじゃ分からないんじゃないかしら?」

「…‥…‥っ」

にべもなく言ってのける進の母親に、拓也は反発より先に驚いた。

どうやら、進の母親は綾花を変装させてでも行く気満々らしい。

そのために、先程から綾花の服装をいろいろとアレンジしていたのだろう。

進の母親の手回しの良さに、拓也は思わず呆気に取られてしまう。

感嘆のため息をつくと、勘違いしたらしい進の母親が表情を曇らせて小声で謝ってきた。

「あっ…‥…‥ごめんなさい。無理なお願いをしてしまって…‥…‥」

その言葉に、拓也は今度は別の意味で息を吐いて天井を見上げながら言う。

「…‥…‥分かりました」

「えっ?」

その言葉に、進の母親は驚いたように目を見開いてこちらを見た。

拓也は綾花の手を取ると、淡々としかし、はっきりと言葉を続ける。

「ただ、その、俺も同行してもいいですか?さすがに、綾花一人では心許ないので…‥…‥」

「…‥…‥そ、そんなことないもの」

綾花の硬い声に微妙に拗ねたような色が混じっている気がして、拓也は思わず苦笑してしまう。

その暖かな手のぬくもりを感じながら、拓也は再び、進の母親に視線を移した。

「ええ、ありがとう」

進の母親が丁重に頭を下げてきて、拓也は虚を突かれたように瞬く。

「い、いえ!気にしないで下さい!」

焦ったように拓也が両手を横に振るのをじっと見て、綾花はきょとんとした表情で首を傾げた。

「あっ、もしかして、たっくんも衣装替えするの?」

「…‥…‥そんなわけないだろう」

ここに至ってさえピントのズレたことを言う綾花に、拓也はうんざりとした顔で深いため息を吐いた。

こうして一抹の不安を残しつつも、綾花達はショッピングモールへと出向くことになったのだった。






「…‥…‥何故、ここにいるんだ?」

翌日、綾花と進の母親の三人でショッピングモールに行く約束をし、駅前広場の待ち合わせ場所に立った拓也は自分でもわかるほど不機嫌な顔を浮かべていた。

その理由は、至極単純なことだった。

「やっぱ、休日は混んでいるな」

「何故、綾花ちゃんに口づけをしてのけた、不届き千万な貴様までここにいるのだ!」

すぐ後ろでカジュアルな装いの元樹が辺りを見回し、同じく私服姿の昂が腕を組みながら隣の元樹に食ってかかっているのが、拓也の目に入ったからだ。

「何故、ここに元樹と舞波までいるんだ?」

涼しげな表情が腹立たしくて、拓也はもう一度、同じ台詞を口にした。

拓也は昨日、進の母親から綾花と一緒にショッピングモールに行かせてほしいと請われた。そして、自分も同行することで、それを承諾したはずだ。少なくとも二人に話した覚えはない。

にもかかわらず、元樹と昂は当然のようにここにいる。

拓也の問いかけに、昂はこの上なく不敵な笑みを浮かべながら答えた。

「前に告げたであろう!綾花ちゃんが行くのなら、どこにでも我は行くと!綾花ちゃんの動向は前もって、全て下調べ済みだ!」

「…‥…‥おい」

居丈高な態度で大口を叩く昂に、拓也は低くうめくようにつぶやいた。

そんな中、元樹がざっくりと付け加えるように言う。

「俺は今日は久しぶりに部活が休みなんで気ままにどこかに出かけようとしていたんだけどさ、その時、たまたま舞波が前を歩いているのが見えたんだよ。また、何か企んでいそうな感じだったんで、慌てて舞波の後を追いかけてきたんだ」

元樹自身はそれで説明責任を果たしたと言わんばかりの顔をしていたが、拓也は不服そうに顔をしかめてみせる。

「はあ…‥…‥」

呆れたようにため息をついた拓也に、元樹はこともなげに言う。

「まあ、いいじゃんか!拓也は何度か上岡として振る舞った瀬生を見たことがあるかもしれないが、俺はまだ一度きりだしな」

「あのな、元樹」

「井上!」

拓也がそう言って元樹に声をかけようとした矢先、不意に綾花の声が聞こえた。

声がした方向に振り向くと、少しばかり離れた時計台に綾花が拓也の姿を見とめて何気なく手を振っている。その隣には、進の母親が穏やかな表情で綾花を見つめていた。

綾花から名字呼びされるのは二度目なのだが、相変わらず慣れない拓也は思わずぎょっとしまう。

拓也達の元へと駆けよってきた綾花がてらいもなく言った。

「今日、一緒に来てくれてありがとうな」

「いや…‥…‥」

拓也はそう答えたが、進だという意識が強いせいか、言葉に不信と戸惑いの色を隠せなかった。

綾花はジーンズと白スニーカーに、トレンチコートを合わせて着ていた。

髪はツーサイドアップに結わえており、昨日、進の母親が被せていたアースダウンハットの帽子を被っている。

普段の綾花なら、めったに見ることのないカジュアルなコーディネートに拓也は目を丸くする。

確かにこれならば、綾花だと判断するのは難しいかもしれない。

「よお、瀬生」

「布施」

元樹が拓也と綾花のやり取りに割って入ると、綾花は元樹の方を振り向き、彼の名を呼んだ。

「なあ、俺も同行していいか?」

「うん?俺は別に構わないけど」

元樹の問いかけに、綾花は拍子抜けするほど、あっさりとそう答えてみせた。そして唇を引き結ぶと、進の母親と顔を見合わせる。

「私も構わないわよ」

綾花と同じく、さらりと答えてみせた進の母親の順応性の高さに、拓也は唖然とした顔で辟易してしまう。

こういう気兼ねない態度や仕草は、親子なだけあって似たもの同士なのかもしれない。

だが、進の母親は昂の方を見遣ると、目を伏せてきっぱりと言った。

「でも、昂くんはダメ!」

「な、何故だ!?」

予想もしていなかった衝撃的な言葉に、昂は絶句する。

進の母親が発したその言葉は、昂にとって到底受け入れがたきものであった。

「井上くんから話は聞きました。魔術の謹慎処分になっていたのにも関わらず、魔術を使ったそうじゃない!」

「…‥…‥そ、それは」

にべもなく言い捨てる進の母親に、昂は恐れをなした。

昂は若干逃げ腰になりながらも、昂は進の母親から拓也へと視線を向ける。

「…‥…‥お、おのれ~!井上拓也!貴様、進の母上に根回しして、我をショッピングモールに行かせぬようにするのが至上目的だったのだな!」

「おまえがしたことを話しただけだろう」

昂が罵るように声を張り上げると、拓也は不愉快そうにそう告げた。

「も、もちろん、進は我も同行して構わんであろう?」

何とかしてくれと言いたげに、昂は救いを求めるように綾花を見た。

「むっ、否、進が綾花ちゃんになったのだから、綾花ちゃんの彼氏である我が同伴することはもはや確定事項だ!」

昂が力強くそう力説すると、綾花は訝しげに眉根を寄せる。

「俺はそんな馬鹿げたことを認めた覚えなんてないからな!」

腰に手を当ててきっぱりと言い切った綾花に、昂は不満そうな声でさらに切り伏せた。

「進を綾花ちゃんにしたのだから、つまり、もう綾花ちゃんは我のものだ!」

「なっーー」

あまりにも勝手極まる昂の言い草に、拓也は思わずキレそうになったがかろうじて思い止まった。

まもなく列車が到着するという、駅アナウンスが流れたからだ。

「さあ、行きましょう」

形の上では拓也達に言葉を向けながら、進の母親は綾花にそう語りかけていた。

「あっーー!!我も一緒に行くと告げておるではないか!!」

そう絶叫して後から追ってきた昂とともに、綾花達はショッピングモールへと向かったのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 大人として、きっぱりと昴にNOを突きつける進ママはさすがでした。それでも理由のわからんこと言ってついてくるあたりが昴ですが。自分ちの子供なら、ド説教かましちゃうかもです(笑)そして綾花ちゃ…
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