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マインド・クロス  作者: 留菜マナ
魔術争奪戦編
137/446

第四章 根本的に彼と進路相談④

それは、綾花が玄の母親と初めて出会った時のことーー。

「ただいま、母さん。心配かけてごめんなさい」

「ーーま、麻白!」

部屋のドアを開けながら、開口一番、小声で謝ってきた麻白を見るなり、玄の母親は調度を蹴散らすようにして麻白の傍に走り寄ると、華奢なその体を思いきり抱きしめる。

あまりにも突然の出来事だったため、麻白はすぐには反応することができず、されるがままに抱き寄せられていた。

「…‥…‥麻白、麻白、おかえりなさい」

「…‥…‥ただいま、母さん」

先程まで焦点の合わない虚ろな表情を浮かべていたはずの玄の母親は、麻白を抱きしめると、初めて花が綻ぶように無垢な笑顔を浮かべる。

そんな二人の姿を見て、美里はほっとしたような、でもそのことが寂しいような、複雑な表情を浮かべていた。

死んだはずの娘が帰ってきた。

だけど、それは偽りの再会。

何故なら、彼女は、本物の娘ではないのだから。

美里はそう思いながらも、微かに笑みをこぼしていた。

正直、この時の私はそれなりの優越感に包まれていたのだと思う。

彼の妻である彼女が知らないことを私は知っている、という幸せに浸っていた。

美里はふと、彼に初めて出会った時のことを思い出す。

青春の記憶を。

もう二度と戻らないと思っていた、輝かしい記憶を。

幸せは永遠だと信じていたあの頃を。

入社初日に大きなミスをして困っていた美里に、この会社の社長である蓮馬は優しく仕事の説明をしてくれた。

上司と部下の関係ではなく、ただ、まっすぐに正面から接してくれた。

「あ、あの、社長、この書類についてなのですが…‥…‥」

「分かった」

戸惑いの表情を浮かべた美里に対して、蓮馬は彼女のもとに訪れると書類を受け取る。

美里は、社長の立場である彼と気兼ねなく話せるのが嬉しかった。

超一流会社でありながら、アットホームな雰囲気に包まれていた職場が楽しかった。

それはきっと、彼がーー蓮馬がいたからだろう。

美里が、蓮馬に恋に落ちるのはそれほど時間がかからなかった。


ーーあなたが好きです。


本当はあの時ーー恋心に気づいたあの時、言ってしまいたかった本当の気持ち。

しかし、彼には既に妻と幼い子供がいた。

だから、美里は麻白を抱きしめている玄の母親に向かってぽつりとつぶやいた。

「私は…‥…‥彼のことが好きなんです」

美里は改めて自分に言い聞かせる。

「優しいんです。彼は本当に誰よりも優しい人でした。だから、彼の愛を独り占めできるあなたが羨ましいかった」

羨望と嫉妬に苛まれながらも、美里は心の底から自身に嫌気が差す。

「玄様と麻白お嬢様は、社長とあなたの子供です。ですが、私にとってもお二人は大切な存在なんです」

美里は胸が張り裂けそうな想いの中で、幸せそうな玄の母親の笑顔を見つめた。


社長、私はあなたが好きです。

それは決して口にしてはいけない気持ち。

伝えてはいけない気持ち。

それは分かっています。

けれど、私にとって、あなたがどれだけ大切な存在だったのか。

どれだけずっと一緒にいたいと思ったのか。

せめてそれだけは、私の心に刻みつけたかったんです。

そして、願わくは玄様と麻白お嬢様のことを、私と社長の子供のように思うことをお許し下さい。


想いを堪えきれなくなってしまった美里は、リビングの窓へと視線を向ける。

このマンションのどこか。

同じ空を見上げていると信じて、美里は誰よりも愛しい人に想いを馳せた。






夕闇色の1年C組の教室を背景に、長い黒髪の少女が立っていた。

昼下がりの放課後の教室に、場違いなほど幻想的な光景。

「…‥…‥うむっ。やはり、綾花ちゃんはいつ見ても可愛いのだ」

1年C組の担任が来て、拓也達が今回の件について話し始めても、昂は自分の席に座ったまま、黒髪の少女ーー綾花をぼんやりと眺めながら、顎に手を当てまんざらではないという表情を浮かべていた。

「おい、舞波!聞いているのか!」

あくまでも綾花を満喫できて、ご機嫌な様子の昂に、1年C組の担任は突き刺すような眼差しを向ける。

それでも綾花に見とれる昂を現実に戻したのは、1年C組の担任のこんな言葉だった。

「舞波、井上達、そして先程、舞波さん達から全ての事情を聞かせてもらった。この後、通信制の高校に転校する際の説明を改めてするからそのつもりでな」

「我は納得いかぬ!」

唐突に席から立ち上がると、昂は憤慨した。

「 昨日、うんざりとするほど説明を聞いたというのに、何故、この我がまた、呼び出しなどを受けねばならんのだ!」

「それだけのことが起こったからだ!」

昂の抗議に、1年C組の担任は不愉快そうに言葉を返した。

打てば響くような返答に、昂が思わず、たじろいていると、1年C組の担任は気を取り直したように綾花達に向き直り、話を切り出してきた。

「つまり、黒峯さんは、舞波さんを解雇することによって、自身の作戦の妨害を未然に防いできたというわけだな」

「はい」

拓也が頷くと、1年C組の担任は困惑したように続けた。

「しかし、黒峯さんと舞波さんは友人関係だったはずだ。それを切り捨ててでも、瀬生をーー麻白を取り戻したいということなのだろうか」

「恐らく、そうだと思います」

1年C組の担任が驚愕の表情を浮かべているのを目にして、元樹は少し躊躇うようにため息を吐くと、複雑な想いをにじませる。

「麻白の歌のお披露目会の時も、舞波のおじさんとおばさんに邪魔をされてしまったことで、作戦は失敗しました。だからこそ、舞波のおじさんを解雇することで情報の漏洩(ろうせつ)を防いだんだと思います」

元樹はそこまで告げると、視線を床に落としながら請う。

「舞波のおじさんとおばさんには、今までたくさん助けてもらってきました。だけど、俺達の家庭では、すぐには舞波のおじさんの再就職先を見つけることはできませんでした。今はどこも採用を受けつけていないらしくて、どうしても時間がかかってしまうそうなんです。舞波の進路のことを考えても、先生が舞波に紹介してくれた通信制の高校で働かせてもらえたらと思ったんです!」

「先生、お願いします!」

「どうかお願いします!」

拓也に相次いで、拓也と綾花も粛々と頭を下げる。

その様子に、1年C組の担任は額に手を当ててため息をつくと朗らかにこう言った。

「はあ…‥…‥。舞波が関わると、ろくでもないことばかり舞い込むな」

「…‥…‥先生、ごめんなさい。私のーーあたしのせいで、みんなを大変なことに巻き込んじゃってごめんなさい」

淡々と口にする1年C組の担任に、綾花は申し訳なさそうに謝罪した。

「心配するな、瀬生、そして、麻白。わかった。彼女にーー(しお)に話して、私達の方で出来る限りのことをしてみよう」

「あ、ありがとうございます」

1年C組の担任が幾分、真剣な表情で頷くと、綾花達は嬉しそうに顔を輝かせる。

しかし、単なる事実の記載を読み上げるかのような、低く冷たい声で、1年C組の担任はさらに言葉を続けた。

「だが、舞波。おまえにはこの後、じっくり転入審査のための作文、面接についての指導をするつもりだから覚悟しておけ!」

「我は残らん!!」

1年C組の担任の言葉を打ち消すように、昂はきっぱりとそう言い放った。

「残れば、我は綾花ちゃんと一緒に下校できぬではないか!」

「当たり前だ」

昂が心底困惑して叫ぶと、拓也はさも当然のことのように頷いてみせた。

動揺したようにひたすら頭を抱えて悩む昂に、綾花はおそるおそる、といった風情で昂に近づいていった。

「舞波くん」

「綾花ちゃんーー否、進、頼む!今すぐ、我を助けてほしいのだ!」

「…‥…‥ええっ?ーーって、またかよ」

綾花の方に振り返り、両手をぱんと合わせて必死に頼み込む昂に、途中で口振りを変えた綾花は苦り切った顔をして額に手を当てた。

「我はどうしても、婚約者の綾花ちゃんと一緒に下校したいのだ」

「だから、俺はそんな馬鹿げたことを認めた覚えなんてないからな!」

腰に手を当ててきっぱりと言い切った綾花に、昂は不満そうな声でさらに切り伏せた。

「むっ。綾花ちゃんとあかりちゃん、そして、麻白ちゃんが、我の婚約者なのは既に確定事項だ」

あまりにも勝手極まる昂の言い草に、拓也は不満そうに顔をしかめてみせる。

「はあっ…‥…‥。行くぞ、綾花」

「ーーあっ、うん」

拓也の心情を察したのか、綾花の表情は先程までの進の表情とはうって変わって、いつもの柔らかな綾花のそれへと戻っていた。

「…‥…‥綾花ちゃん!我も一緒にーー」

「…‥…‥舞波くん。先程の話はまだ、終わっていないのだが」

すかさず、1年C組の担任の隙をついて、昂は綾花のもとへ向かおうと身を翻したのだが、夏休みの騒動の件で教室へとやってきた、この学校の校長先生によってあっさりと腕をつかまれてしまう。

「な、何故、校長先生がここにいるのだ!?」

予想もしていなかった衝撃的な出来事に、昂は絶句する。

校長は昂の方を見遣ると、目を伏せてきっぱりと言った。

「生徒指導室でおこなっていた転校についての話は、まだ終わっていなかったはずだがね」

「…‥…‥そ、それは」

にべもなく言い捨てる校長に、昂は恐れをなした。

昂は若干逃げ腰になりながらも、昂は校長から拓也達へと視線を向ける。

「…‥…‥お、おのれ~!井上拓也!そして、布施元樹!貴様ら、先生と校長先生に根回しして、我を綾花ちゃんと一緒に下校させぬようにするのが狙いだったのだな!」

「自業自得なだけだろう」

「ああ」

昂が罵るように声を張り上げると、拓也と元樹は不愉快そうにそう告げた。

「…‥…‥おのれ」

歯噛みする昂が次の行動を移せない間に、拓也は元樹とともに綾花の手を取ると昂の制止を振り切り、1年C組の教室から立ち去っていったのだった。

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