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マインド・クロス  作者: 留菜マナ
分魂の儀式編
132/446

番外編第七十九章 根本的に世界の果てに

「…‥…‥もっとも、麻白自身を生き返させることはできなくても、魔術の知識を用いて、瀬生綾花さんに麻白の心を宿させることはできた」

玄の父親からあまりにも衝撃的な事実を聞かされて、麻白の姿をした綾花の分身体は二の句を告げなくなってしまっていた。

混乱と動揺を何とか収めた麻白の姿をした綾花の分身体が、改めて確認するように玄の父親に尋ねる。

「魔術の知識は、事象そのものを上書きしたりする力…‥…‥?」

「ああ。例えば、このようにな」

「ーーっ」

異常な寒気と倦怠感。

まるで心臓を鷲づかみにされたような痛みに、警備室でモニター画面を見ていた綾花はそのまま意識を失って倒れた。

まるで始めから、それは仕組まれていた出来事だったかのように。

「瀬生!」

すんでのところで、1年C組の担任が弾かれたように綾花を抱き止める。

「瀬生、大丈夫か?」

1年C組の担任がそう告げても、綾花はぐったりとしたまま、微動だにしない。

しかし、分身体を動かしていた綾花が倒れたのにも関わらず、医務室にいる麻白の姿をした綾花の分身体だけは、その場に残って意味深な笑みを浮かべていた。

麻白の姿をした綾花の分身体のその反応に、玄の父親は満足そうに頷くと淡々と言う。

「結論から言わせてもらう。医務室にいた麻白の分身体には、私の魔術の知識を用いて、一時的に私達の味方になってもらった」

「ーーなっ」

防犯カメラに向かって告げられる驚愕の事実に、1年C組の担任は凍りついたように動きを止める。

彼が放った衝撃的な言葉は、緊迫したその場の空気ごと全てをさらっていった。

「もっとも、この麻白の分身体が消えるまでーー瀬生綾花さんが目を覚ますまでの間だけだがな」

玄の父親はそこまで告げると、麻白の姿をした綾花の分身体の頭を穏やかな表情で優しく撫でてやった。

「さあ、麻白。私と一緒に、警備室にいる本物の麻白を取り戻そうか」

「うん」

ーー魔術の知識を用いて、麻白の姿をした綾花の分身体が一時的に玄の父親達の味方になった。

それを証明するかのように、麻白の姿をした綾花の分身体はほんの少しくすぐったそうな顔をしてから、嬉しそうにはにかんだ。

「瀬生、この場から離脱する!」

1年C組の担任は警備室から離れるために、意識のない綾花を抱き上げると、滑るような足運びでその場を後にしたのだった。






「うむ、我は満足だ!」

レストランの窓際の席で、昂はあっという間に警備員達が用意した料理を平らげてしまっていた。

まさにご機嫌の極みにある。

夢忘れのポプリを使って、自身の望みを散々叶えていたのだから、当然のことだったのかもしれない。

ところが、その昂の上機嫌はほんの少しの時間しかもたなかった。

「昂、ご機嫌だね」

「ま、ま、ま、麻白ちゃん!!」

背後から唐突に聞こえてきた声に、昂はその場で飛び上がりそうになるほど驚いてしまった。

いつからいたのか、赤みがかかった髪の少女ーー麻白の姿をした綾花の分身体が、どこか興味津々な様子で昂を見つめている。

「あのね、昂」

恥ずかしそうに顔を赤らめてもごもごとそうつぶやくと、麻白の姿をした綾花の分身体は持っていたランチボックスを昂に差し出してきた。

「あたし、昂のためにサンドイッチを作ってきたんだよ。一緒に食べよう」

「おおっ…‥…‥」

その言葉を聞いた瞬間、昂が溢れそうな涙を必死に堪え、麻白の姿をした綾花の分身体の顔を見上げる。

「もちろんだ。我が、麻白ちゃんの作ったサンドイッチを受け取らないわけがないではないか!」

「昂、ありがとう」

その言葉を聞いて、麻白の姿をした綾花の分身体は、ぱあっと顔を輝かせた。ほんわかな笑みを浮かべて、嬉しそうにはにかんでみせる。

「なにしろ、我は綾花ちゃん、あかりちゃん、そして、麻白ちゃんの婚約者ーーって、な、なんなのだ! これは!」

だが、昂は麻白の姿をした綾花の分身体からランチボックスを受け取る前に、控えていた玄の父親と警備員達によってあっさりと拘束されてしまう。

だが、玄の父親はそんな昂の言葉にまるで頓着せずに携帯を取り出すと、お披露目会を任せていた秘書の美里と連絡を取り合う。

「渡辺、魔術の知識を用いて、麻白の分身体の一人を味方に付けることに成功した。君は、警備室にいる本物の麻白を確保してくれないか?」

「かしこまりました」

「ーーく、黒峯蓮馬。綾花ちゃんにーー麻白ちゃんに何をしたというのだ?」

玄の父親と美里の会話を打ち消すように、昂はきっぱりとそう言い放った。

玄の父親は目を伏せると、静かにこう告げる。

「魔術の知識は、事象そのものを上書きすることができる。本来、麻白の分身体は、瀬生綾花さん、上岡進くんの意思で操作していたはずだ。なら、それを上書きすれば、私の意思で麻白の分身体を操作することも可能だ。もっとも、いささか強引におこなったためか、麻白の分身体を産み出した瀬生綾花さん、そして、上岡進くんの意識は眠った状態になってしまったがな」

「なにぃーー!」

玄の父親の予想もしていなかった衝撃的な言葉を聞いて、昂は大言壮語に不服そうに声を荒らげた。

「麻白ちゃんの分身体が、無理やり黒峯蓮馬の味方にされてしまった影響で、綾花ちゃんと進が眠ってしまったというのか!」

「もっとも、この麻白の分身体が消えるまでの間だけだがな」

「おのれ…‥…‥、黒峯蓮馬め!」

率直なその言葉に、昂は拘束されながらも玄の父親を凝視すると、両拳を震わせて浮き足立ったように激怒する。

「我は、黒峯蓮馬から綾花ちゃんを護らねばならぬ、ーー護らねばならなかったのだ!その我が何故、こうもあっさり、黒峯蓮馬に出し抜かれるというのだ!」

憤慨に任せて、昂はひとしきり黒峯蓮馬のことを罵った。ひたすら考えつく限りの罵詈雑言を口にし続ける。

「黒峯蓮馬。麻白ちゃんの分身体を自由に動かせるというのなら、今すぐ麻白ちゃんの分身体に、我を膝枕させるべきだ!」

「ダメだ!」

昂の懇願をよそに、玄の父親は大げさに肩をすくめてみせる。

「黒峯蓮馬、あんまりではないか~!」

玄の父親が確定事項として淡々と告げると、昂が悲愴な表情で訴えかけるように玄の父親を見るのだった。






昂が玄の父親達によって捕らえられてしまう前ーーまだ、1年C組の担任が綾花とともに警備室を脱出していた頃、拓也達は人知れず思い悩んでいた。

「先生の話によると、医務室にいた麻白の姿をした綾の分身体が、黒峯玄の父親の手によって操られてしまったらしい」

「なっーー」

携帯のメールの内容を確認していた元樹からの思いもよらない言葉に、拓也は不意をうたれように目を瞬く。

戸惑う拓也に、元樹は深々とため息をついて続ける。

「舞波のおじさんに、綾達を救出してもらえるように頼んでいるが、恐らく考えられる限り、最悪に近い状況だな」

味方に付けた警備員達によって、エレベーターなどの封鎖が解除された後、元樹が警備員達の情報などを収集して、会社内に張られた玄の父親の警備員達の包囲網をある程度、把握した結論だ。

元樹達は、綾花達を連れて、会社のビルから抜け出すことは正常な手段では出来ず、かつ正面から出ようとすれば、ほぼ確実に玄の父親達によって囚われてしまう。

捕まれば、綾花は麻白としての記憶の改竄を受け、元樹達とは引き離されてしまうことになるだろう。

そして、麻白の姿をした綾花の分身体が敵に回ってしまっている。

まさに、最悪の状況と言っても、過言ではなかった。

「医務室にいた麻白の姿をした綾の分身体を捕らえなかったことといい、少なくとも最初から、黒峯玄の父親は麻白の姿をした綾の分身体を利用するつもりだったんだろうな」

「…‥…‥綾花のーーっ、いや、麻白の分身体を利用するつもりだったっていうのか」

忌々しさを隠さずにつぶやいた元樹の言葉に、半ばヤケを起こしたように拓也が叫びかけてぐっと言葉を飲み込む。

元樹は一度目を閉じて、頭の中に溢れるこれからおこなわないといけない情報を整理する。

警備室にいる綾達と即急に合流しないといけない。

そして、黒峯玄の父親達の追っ手を振り切って、舞波の魔術でその場を離脱しなくてはならない。

目をゆっくりと開いた元樹は、警備員達の知らせを聞いて心底困惑している拓也を見つめて言う。

「こうなったら、当初の予定を変更して、俺が持っている夢忘れのポプリを使って、黒峯玄の父親とともにいる麻白の姿をした綾の分身体を再び、味方に付けようと思う」

「なっ!麻白の姿をした綾花の分身体を味方にできるのか?」

呆気に取られた拓也にそう言われても、元樹は気にすることもなくあっさりとした表情で言葉を続けた。

「黒峯玄の父親達も、まさか、俺達が麻白の姿をした綾の分身体を再び、味方にしようとは思わないだろう。その盲点を突こうと思う」

「盲点?」

「ああ」

訝しげな拓也の問いかけに、元樹は迷いなく断言する。

「黒峯玄の父親とともにいる麻白の姿をした綾の分身体なら、黒峯玄の父親達も信頼しているし、分身体が消えたかどうかもすぐに分かるからな。そして、綾達と合流した後に、舞波の魔術で脱出すれば、綾を無事に護ることができるよな」

「なるほどな」

苦々しい表情で、拓也は昂がいるレストランの方を見遣る。

だが、すぐに思い出したように、拓也は元樹の方に向き直ると、ため息をついて付け加えた。

「だけど、元樹、どうやって、麻白の姿をした綾花の分身体に夢忘れのポプリを使うつもりだ?」

「黒峯玄の父親達が舞波に気を取られているうちに、綾の分身体と接触するつもりだ。まあ、上手くいくかは分からない、見つかったらやばい方法だけどな」

拓也の疑問に、元樹は記憶の糸を辿るように昂がいるレストランの様子を窺った。

そして、玄の父親達が昂を捕らえるため、麻白の姿をした綾花の分身体にランチボックスを持たせているのを確認すると、玄の父親達に気づかれないようにその腕をそっと引き寄せる。

「麻白、頼む、俺達の味方になってほしい。だけど、他の人達にこのことがバレないように、黒峯蓮馬さんの指示どおりに動いてくれないか」

元樹は夢忘れのポプリを自身にふりかけると、小声であくまでも単刀直入な言葉を発した。

玄の父親の魔術の知識で操られている最中、しかも玄の父親達にバレないようにしてほしいという無茶にもほどがある元樹の発言を、

「…‥…‥うん」

と、麻白の姿をした綾花の分身体は、拓也達の時と同じようにあっさりと了承する。

「もうすぐ、本物の綾達がここに訪れる。本物の綾達が来たら、黒峯蓮馬さん達から本物の綾を護ってほしい」

「…‥…‥分かった」

元樹のさらなる指示に、麻白の姿をした綾花の分身体はこくりと頷いたのだった。

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