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マインド・クロス  作者: 留菜マナ
分魂の儀式編
125/446

番外編第七十ニ章 根本的に瞳の中の眠り姫②

「本日は、我が社のお披露目会に、多くの皆様がご出席頂きまして誠にありがとうございます」

司会の挨拶の下、昂の父親が勤めている会社の麻白の歌のお披露目会は順調に進んでいった。

「はあっ…‥…‥」

いよいよ麻白の歌のお披露目会が始まったという思いと、予想以上の出席者と取材陣が入っているという意識のせいで、拓也は身をすくむのを感じていた。

しかし、拓也と違い、他のみんなには気後れという概念はないようだった。

グラスを持ち、ぎこちなく視線をうろつかせる拓也の横では、元樹が気さくな感じで隣に立っている綾花に話しかけている。

昂は浮かれ気分で、麻白とどうすれば婚約できるのか、そして、自身の魔術お披露目会について試行錯誤を繰り返していた。

綾花と他愛ない会話をしていた元樹はあることに気づき、ゆっくりと会場内を見渡し始めた。

とその時、不意に感じた背後からの視線ーー。

振り返った元樹は、そこで司会と打ち合わせをしていた玄の父親と目が合ってしまう。

玄の父親は迷いのない足取りで綾花達のもとまで歩いてくると、なんのてらいもなく言った。

「麻白のことで、君達と話したいことがある」

「ーーくっ」

「ーーっ」

そう告げて綾花達のもとまでやってきた玄の父親に、拓也と元樹は綾花を守るようにして玄の父親の前に立ち塞がった。

「麻白のことで話したいことがあるだけだ。そう身構える必要はない」

「ーーなっ」

「ーーっ」

玄の父親に立て続けに言葉を連ねられて、拓也と元樹はほんの少し怯んだ。

そんな拓也達の動揺を見抜いたように、玄の父親は懇願するように綾花を見る。

「頼む、麻白。私達のもとに戻ってきてほしい」

「でも、あたしは…‥…‥」

玄の父親の嘆き悲しむ姿に、綾花はどうしようもない気持ちになって言葉を吐き出した。

そんな綾花に、玄の父親はふっと悟ったような表情を浮かべて、綾花のもとに歩み寄ると膝をついて語りかけた。

「君が麻白を含めて、四人分、生きていることは知り得ている。『瀬生綾花さん』」

「なっ!」

「…‥…‥っ」

その玄の父親の言葉を聞いた瞬間、拓也と綾花は息を呑んだ。

「麻白と昂くんの情報を求めることで、今まで不透明だった君達の情報を得ることにようやく成功した。最も昂くんが、魔術で昂くんと彼女達のことを、さらに特定できないように小細工していたため、今の今まで時間がかかってしまったがな」

「ーーっ」

「…‥…‥ううっ」

断固とした意思を強い眼差しにこめて、はっきりと言い切った玄の父親に、拓也と綾花は今度こそ目を見開いた。

玄の父親は立ち上がると一旦、言葉を切り、まっすぐ前を見て続ける。

「瀬生綾花さんが、上岡進くん、雅山あかりさん、そして、麻白の四人分、生きているということは分かった。そして、そんな彼女を支えていたのが、昂くん、井上拓也くん、布施元樹くんだということも」

「綾花達だけではなく、俺達のことまで知っているのか?」

「た、たっくん」

玄の父親の静かな決意を込めた声。

付け加えられた言葉に込められた感情に、拓也が戦慄して、綾花は怯えたように拓也の背後に隠れる。

そのタイミングで、元樹は軽く言った。

「なるほどな。今まで綾にーー麻白に手を出してこなかったのは、メディアなどを通して、俺達のことを調べ上げていたからか」

「ああ。君達を知り得ていれば、いつでも麻白を取り戻すことができる」

元樹の言葉に、玄の父親は一呼吸おいて、異様に強い眼光を綾花に向ける。

「元樹、どういうことだ?」

拓也が意味を計りかねて元樹を見ると、元樹は悔やむように唇を噛みしめた。

「黒峯玄の父親ーーいや、黒峯蓮馬さん達が、今まで何もしてこなかったのは、メディアなどを通して俺達のことを調査していたからだ。宮迫琴音が誰なのか分かれば、いつでも麻白を取り戻すことができると踏んでな」

「なっーー」

元樹の思いもよらない言葉に、拓也は不意をうたれように目を瞬く。

戸惑う拓也に、元樹は深々とため息をついて続ける。

「もっとも、麻白の歌のお披露目会をテレビで生放送にしてまで開催したのは、俺達の逃げ場をなくすためだろうな」

「麻白の夢を叶えたかったからでもある」

その吐き捨てるような元樹の言葉に、玄の父親は淡々と返す。

「ま、麻白ちゃん~!」

このままでは、玄の父親に出し抜かれてしまうのではないか、と思案に暮れる拓也と元樹の耳に勘の障る声が遠くから聞こえてきた。

突如、聞こえてきたその声に苦虫を噛み潰したような顔をして、拓也と元樹は声がした方向を振り向く。

案の定、綾花達の異変にようやく気がついた昂が、綾花達がいるテーブルへと乗り込んできた。

「く、黒峯蓮馬、麻白ちゃんに何の用なのだ?もうすぐ、麻白ちゃんの歌のお披露目であろう!」

「麻白達に話したいことがある。昂くんにも聞いてほしい」

「貴様、またそう言って、麻白ちゃんにさらなる記憶操作を施すつもりではないのか!そもそも、我に何の用なのだ!」

玄の父親の言葉を打ち消すように、昂はきっぱりとそう言い放った。

玄の父親は目を伏せると、静かにこう告げる。

「麻白と昂くんの情報を求めることで、今まで不透明だった昂くん達の情報を得ることにようやく成功した。最も昂くんが、魔術で昂くんと彼女達のことを、さらに特定できないように小細工していたため、今の今まで時間がかかってしまったがな」

「なにぃーー!」

玄の父親の予想もしていなかった衝撃的な言葉を聞いて、昂は大言壮語に不服そうに声を荒らげた。

「既に、我は琴音ちゃん達を特定できないように、さらなる小細工をしていたはずだ。それなのに何故、黒峯蓮馬に琴音ちゃん達のことが漏れたのだ!」

「昂くんが重ねかけに同じ魔術を施したおかげで、彼女達にーー瀬生綾花さん達に施されていた魔術にわずかな綻びが生じた。あとは麻白と昂くんの目撃情報をもとに、魔術の知識を使って分析をし、君達の情報を割り出させてもらった」

「おのれ…‥…‥、黒峯蓮馬め!」

率直なその言葉に、昂は玄の父親を凝視すると、両拳を震わせて浮き足立ったように激怒する。

「我は、黒峯蓮馬から琴音ちゃんをーー綾花ちゃんを護らねばならぬ、ーー護らねばならなかったのだ!その我が何故、こうもあっさり、黒峯蓮馬に出し抜かれるというのだ!」

憤慨に任せて、昂はひとしきり黒峯蓮馬のことを罵った。ひたすら考えつく限りの罵詈雑言を口にし続ける。

「さあ、お待たせしました!ただいまから、黒峯麻白さんに、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ4』のエンディング曲である『黄昏の中へと消えていく』を歌って頂きます!」

司会がマイクを片手にそう口にすると、出席者達はこれまでにないテンションでヒートアップし、万雷の歓声が巻き起こった。

綾花達がいるテーブルがライトアップされ、綾花達はあっという間に取材陣達に取り囲まれる。

「さあ、麻白お嬢様、ステージにお越しください」

「…‥…‥ううっ」

カメラによるシャッター音が響く中、綾花は玄の父親の秘書である美里に連れられながら、おそるおそる会場のステージに進み出た。

そして、綾花は戸惑いながらも、マイクを通して、麻白が考えた歌を紡ぎ始める。

「あ、あなたに降り注ぐ光の先には~!遠く果てない未来がいくつも交差している~!」

ステージの中央で、マイクを片手に歌う綾花の姿に、玄の父親は満足そうに頷くと淡々と言う。

「井上拓也くん、布施元樹くん、そして、昂くん。麻白のことで、君達と取引をしたい」

「なっ!」

「取引?」

「むっ?どういう意味なのだ?」

玄の父親の意外な提案に、拓也と元樹は目を見開き、昂の鋭い目が細められる。

昂が先を促すと、玄の父親は神妙な面持ちでこう言葉を続けた。

「瀬生綾花さんには、麻白として生きてほしい。麻白として生きてくれるというのなら、君達の情報を公表するつもりはない。そして、度々、君達に、そして、彼女達の家族に会わせることを約束する」

「…‥…‥考えられる限り、最悪に近い取引だな」

元樹の嫌悪の眼差しに、玄の父親は大仰に肩をすくめてみせる。

少し間を置いた後、元樹は幾分、真剣な表情で続けた。

「綾が麻白として生きるのなら、俺達の情報は公開しない。だけど、それを拒めば、俺達は世間に晒されることになる。麻白を誘拐した犯人としてな」

「なっ!」

「むっ!」

あまりにも残酷な取引を突きつけられたことに気づいて、拓也と昂は驚愕した。

どこまでも激しく降る雨が、拓也達の脳内で弾ける。


黒峯蓮馬は待っていた。

綾花に麻白の記憶を完全に施してから、綾花達がオンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ4』の主題歌のレコーディングを終えるまで、じっと待ち続けていた。

麻白の歌のお披露目会。

その決定的な日が訪れるのを。

不完全燃焼で終わった、綾花達と初めて出会った麻白との再会からずっと待ち続けていたのだ。

そうしてようやく、その時は訪れたーー。


どれだけ目を背けても、どれだけ拒み続けても、いつか来る未来には抗えない。

その日、拓也は、元樹と昂とともに、残酷な選択肢を迫られることになる。


綾花が麻白として生きるか。

俺達が麻白を誘拐した犯人として、警察に捕まった後、綾花を奪われるか。

どちらにしても、綾花を奪われることには変わらない。


その事実が、拓也達の心に重くのしかかったまま、麻白の歌のお披露目会は着々と進んでいったのだった。

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― 新着の感想 ―
警察としては判断に困る案件でしょうね。ただでさえ誘拐とか難しい案件なのに(笑)誰が誰なのかを特定するのも難しそうです(笑)一人の中に4人いるなんて、彼らはどう事件処理するのか興味が湧きました。それにし…
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