番外編第六十四章 根本的に切なさや愛しさを焦がしてしまう
ゲーム対談情報ラジオ『プレラジ』ーー。
毎回、違う有名ゲームプレイヤーが、パーソナリティーを務めているゲーム情報ラジオ番組である。
ゲーム音楽をBGMに、雑談やリスナーからの質問に対する回答、さらに最新ゲーム情報などをお届けしており、また、パーソナリティーを努める本人を含めて、三人までならゲスト出演することができた。
そのラジオ番組で、綾花は麻白として、尚之とともにパーソナリティーを務めることになった。
だが、綾花はラジオ番組出演当日、自分の知らない事実を目の当たりにして驚いていた。
「麻白!」
「おい、麻白!」
「玄、大輝!」
更衣室のドアを開けた瞬間、予想していなかった玄と大輝の姿に、麻白の姿をした綾花は思わず、そう叫んでしまった。
「麻白、拓、驚かせてすまない」
玄はそこまで告げると、視線を床に落としながら謝罪した。
「ーーっ」
やや驚いたように言葉を詰まらせた拓也に、顔を上げた玄はあくまでも真剣な表情でこう続ける。
「麻白が、ゲーム対談情報ラジオ『プレラジ』に出演することを知って、いてもたってもいられなくなったんだ。この間のニュース速報を発端に、父さんはまた、麻白を連れ戻そうとしているみたいだったからな」
「…‥…‥ううん。玄、教えてくれてありがとう」
悔しげな玄の謝罪に、綾花は嬉しそうに小首を横に振る。
玄達は何でも、綾花がーー麻白が、ゲーム対談情報ラジオ『プレラジ』に出演することを知って、様子を見にきてくれたらしい。
綾花は今回、アンティークグリーンのミニドレスを着ていた。
ラジオ番組のパーソナリティーを務めるゲームプレイヤーは、その際、本人の希望次第でパーソナリティーを務めている間のみ、ゲームのキャラと同じ格好をすることができた。また、ゲーム対談情報ラジオ『プレラジ』のパーソナリティーを務めた証として、ゲーム雑誌に写真が掲載されることも決まっている。
オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』で、麻白がいつも操作しているキャラと同じ格好をしている綾花の様は文句なく可愛らしかった。
「ねえ、玄、大輝、どうかな?」
そわそわとアホ毛を揺らす綾花に、玄は胸中に渦巻く色々な思いを総合してただ一言だけ言った。
「…‥…‥ああ。似合っている」
「まあまあだな」
玄と大輝がそれぞれの言葉でそう答えると、綾花は花咲くようににっこりと笑ってみせた。そして、嬉しさを噛みしめるように持っている荷物をぎゅっと握りしめる。
綾花とともに、玄達の前に立った拓也は、居住まいを正して真剣な表情で頭を下げた。
「玄、大輝、今日はよろしくな」
「あ、ああ。…‥…‥拓」
「あっ、大輝、照れている」
綾花に指摘されて、大輝は振り返ると不満そうに眉をひそめる。
「麻白、俺は照れてないぞ。ただ、こいつとこれからのことを話そうとしていただけだ」
「大輝は相変わらず、たっくん達に対して、順応性なさすぎだよ」
「そんなことないだろう!」
綾花の嬉しそうな表情を受けて、大輝は不服そうに目を細めてから両拳をぎゅっと握りしめた。
「大輝らしいな」
笑ったような、驚いたような。
あらゆる感情の混ざった声が、玄の口からこぼれ落ちる。
少し間を置いた後、玄は綾花に向き直ると、ずっと思考していた疑問をストレートに言葉に乗せた。
「麻白、今日のゲーム対談情報ラジオ『プレラジ』、大丈夫か?」
「うん。布施せんーーううん、布施尚之さんと一緒に出演するから大丈夫だよ」
あくまでも彼らしい玄の反応に、綾花はほっと安堵の息を吐くと、花咲くようにほんわかと笑ってみせる。
そんな中、大輝は不思議そうに周りを見渡しながらつぶやいた。
「そういえば、今日は友樹がいないんだな?」
「うっ、それは…‥…‥」
痛いところを突かれて、拓也は言葉を悩ませた。
「あっ、その、今日、麻白は布施尚之さんと一緒に、ゲーム対談情報ラジオ『プレラジ』に出演するだろう。記憶を完全に取り戻したとはいえ、すぐには話したりはできないと思うからって、友樹が布施尚之さんのところに、フォローしに行ってくれているんだ」
「相変わらず、友樹は要領がいいよな」
淡々と告げられる拓也の言葉に、大輝は疑惑の表情に憂いと躊躇をよぎらせる。
玄はため息を吐きながらも、綾花達のもとに歩み寄ると、いつものように妹のーー綾花の頭を優しく撫でた。
「麻白、そろそろ行くか」
「うん」
綾花はほんの少しくすぐったそうな顔をしてから、嬉しそうにはにかんだ。
玄の言葉に、拓也はほんの数十分前に携帯でかわした元樹とのメールの内容を思い出す。
『拓也。俺の方で、スタジオまでは、拓也達が兄貴と鉢合わせにしないようにする。そして俺達が、玄達に別の名前で呼ばれていることなども上手く誤魔化してみるつもりだ。ゲーム対談情報ラジオ『プレラジ』が始まるまで、綾のことを頼むな』
そのメールの内容に、拓也は拳を握りしめると、ひそかに決意表明をするように、綾花を守ることを再度、心に誓ったのだった。
更衣室で待ち構えていたスタッフに連れられてスタジオへと足を踏み入れた瞬間、綾花の目に入ったのは前回、ゲーム対談情報ラジオ『プレラジ』に出演した時に見た設備の数々だった。
専門用語が飛び交うスタジオ。
宇宙船のコックピットの中のようなコンソール。
興味深そうに見つめていた綾花達は、隣のレコーディングブースへと案内される。
「たっくん、玄、大輝、すごいね!」
綾花は、テレビ画面で見たことがある風防フード付きのレコーディングマイクやいっぱいツマミのついた機械に繋がれたヘッドホンを珍しそうにきょろきょろと見つめていた。
ーーその時である。
「麻白ちゃん、ゲーム対談情報ラジオ『プレラジ』、頑張ってほしい」
綾花の声を聞きつけて、近くに置いてあった段ボールの背後から、何かがごそごそと動いた。
「…‥…‥なあ、拓。今、変な声がしなかったか?」
「そ、そうだな」
怪訝そうな大輝をよそに、段ボールの背後に人の気配を感じて、思わず振り返った拓也は苦り切った顔をして額に手を当てる。
そこには、ひよこの着ぐるみに身を包んだ少年ーー昂が、段ボールの陰に隠れながら、綾花達のことをじっと見つめていたからだ。
昂は今回、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の前に発売されたゲームである、『ラ・ピュセル』のマスコットキャラに扮していた。
『ラビラビ』というマスコットキャラは、小鳥ーーそれもひよこに似たキャラで、特に女性に人気がある。
だが、昂が扮した『ラ・ピュセル』のマスコットキャラ、『ラビラビ』は見るも無惨な姿だった。
ヒヨコに酷使した着ぐるみを被ったまでは良かったのだが、頭にはちまきを巻き、『麻白ちゃん、ラブ』と書かれたタスキを掲げている。
そのせいで、本来は愛らしいはずの『ラビラビ』のキャラが、微妙に滑稽な姿へと変わってしまっていた。
だが、あまりにも怪しすぎて、近くにいたスタッフから思いっきり冷めた眼差しを向けられ、段ボール自体が必然的に避けられていたのにも関わらず、昂は当然のようにふんぞり返っている。
何故、こいつは、いつもこんな目立つ格好で、当たり前のように、俺達を尾行しているのだろうかーー。
「よお、拓、麻白、玄、大輝!」
しばらく、拓也と段ボールの背後に隠れている昂の視線での攻防戦が続いていると、不意に元樹の声が聞こえた。
声がした方向に振り向くと、レコーディングブースの奥で、元樹達が綾花達の姿を見とめて何気なく手を振っている。
荷物を握りしめて元樹達の元へと慌てて駆けよってきた綾花は、少し不安そうにはにかんでみせた。
「こ、こんにちは」
「麻白さん、今日はよろしく」
綾花が少し戸惑いながらも、ぺこりと頭を下げると、尚之も居住まいを正して真剣な表情で頭を下げる。
「布施、今日は妹を頼む」
「麻白に無理させるなよな」
「ああ、分かっている」
玄と大輝の懇願に、尚之は真剣な表情でしっかりと頷いてみせた。
警戒するように辺りを見渡した後、拓也は深呼吸をするように深く大きなため息を吐くと、元樹に小声でつぶやいた。
「…‥…‥今のところ、マスコミの人達に話を聞かれただけで、黒峯玄の父親の関係者らしい人とは遭遇していないと思う。元樹の方はどうだった?」
「いや、こちらも、それらしい人はいないな。まあ、実際、俺達には、黒峯玄の父親の関係者なんて判断つかないんだけどな」
「…‥…‥っ」
元樹がきっぱりとそう告げると、拓也は悔しそうにうめく。
「うむ。その様子では、何も見つからなかったようだな。当然だ。我はずっと、ここに隠れていたが、そのような人物は通らなかったのだからな」
「…‥…‥おまえはただ、そこに隠れていただけだろう」
「ああ」
段ボールの背後から放たれる、その最もな昂の指摘に、拓也と元樹は不愉快そうにそう告げたのだった。
「社長、例の件、滞りなく進んでおります」
玄の父親の秘書である、その美里の知らせが、社長室にいた玄の父親のもとに届いたのは、 ゲーム対談情報ラジオ『プレラジ』が始まった時だった。
「玄達は、ラジオ放送局に行ったのか?」
「はい。玄様、麻白お嬢様、大輝様、そして、麻白お嬢様のサポート役である少年達は、既にスタジオに入られたそうです。今は、麻白お嬢様達による、ゲーム対談情報ラジオ『プレラジ』の放送がおこなわれています」
美里からの知らせを聞いて首を傾げた玄の父親に、美里はこくりと頷いてみせた。
「今は、ラジオ放送がおこなわれているのか」
玄の父親は顎に手を当てて、美里の言葉を反芻する。
あえて意味を図りかねて、近くで様子を伺っていた執事が玄の父親を見ると、玄の父親はなし崩し的に言葉を続けた。
「麻白の誘拐について取り上げた公開捜査番組。放送されるのは、麻白の主題歌CDが発売された後になるのか」
「はい。その頃になるものと思われます」
問いにもならないような玄の父親の言葉に、執事はそう答えると丁重に一礼する。
スタジオで繰り広げられているゲーム対談情報ラジオ『プレラジ』の放送をよそに、社長室で執務をこなしていた玄の父親は、いまだに拓也達によって奪われたままの愛しい娘に想いを馳せた。
例の件が整えば、麻白が、私達のもとに戻ってくるーー。
彼らから麻白を取り戻せば、また前のように、家族四人で幸せに過ごせる日々が訪れるはずだーー。
そのためには、彼らから麻白を引き離さなければならない。
玄の父親は意を決したように美里の方を振り向くと、神妙な面持ちで話し始めた。
「作戦を、第三段階に移行する。公開捜査番組が放送された後、君の方で例の件を進めてほしい」
「かしこまりました」
玄の父親の指示に、美里は丁重に一礼すると、速やかに社長室を後にしたのだった。
玄達には拓也は『拓』、元樹は『友樹』、昂は『魔王』という認識になっています。




