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マインド・クロス  作者: 留菜マナ
分魂の儀式編
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番外編第六十三章 根本的にうたかたの夢なら、せめて夢から醒めないで

夕闇色の1年C組の教室を背景に、長い黒髪の少女が立っていた。

昼下がりの放課後の教室に、場違いなほど幻想的な光景。

「…‥…‥うむっ。やはり、綾花ちゃんはいつ見ても可愛いのだ」

1年C組の担任が来て、拓也達が今回の件について話し始めても、昂は自分の席に座ったまま、黒髪の少女ーー綾花をぼんやりと眺めながら、顎に手を当てまんざらではないという表情を浮かべていた。

「おい、舞波!聞いているのか!」

あくまでも綾花を満喫できて、ご機嫌な様子の昂に、1年C組の担任は突き刺すような眼差しを向ける。

それでも綾花に見とれる昂を現実に戻したのは、1年C組の担任のこんな言葉だった。

「舞波、井上達から全ての事情を聞かせてもらった。この後、じっくり話を聞かせてもらうからそのつもりでな」

「我は納得いかぬ!」

唐突に席から立ち上がると、昂は憤慨した。

「 先程までうんざりとするほど、問いただされていたというのに、何故、この我がまた、呼び出しなどを受けねばならんのだ!」

「それだけのことが起こったからだ!」

昂の抗議に、1年C組の担任は不愉快そうに言葉を返した。

打てば響くような返答に、昂が思わず、たじろいていると、1年C組の担任は気を取り直したように綾花達に向き直り、話を切り出してきた。

「つまり、黒峯さんは、魔術で特定できないようにしている舞波を誘拐犯に仕立てあげることによって、麻白がいまだに中学校に復学できていない理由、そして、麻白である瀬生の行方を、メディアを通して求めようとしているわけだな」

「はい」

拓也が頷くと、1年C組の担任は困惑したように続けた。

「しかし、学校はともかく、舞波が全国各地で起こした騒ぎがあるため、舞波を目撃したという情報は収拾がつかないと思うが」

「無理なのは、承知の上です」

1年C組の担任の言葉を打ち消すように、拓也はきっぱりとそう言い放った。

「ただ、魔術で特定できないようにしているとはいえ、クラスのみんなは、俺達のことを知っています。そして、舞波が魔術を使えるということは、学校のみんなに知れ渡っています」

拓也はそこまで告げると、視線を床に落としながら請う。

「せめて、学校から情報が漏れることを防ぎたいんです!」

「先生、お願いします!」

「俺からも、お願いします!」

拓也に相次いで、綾花と元樹も粛々と頭を下げる。

その様子に、1年C組の担任は額に手を当ててため息をつくと朗らかにこう言った。

「はあ…‥…‥。この間の夏休みの件といい、舞波が関わるとろくでもないことばかり舞い込むな」

「…‥…‥先生、ごめんなさい。私のーーあたしのわがままで、みんなを大変なことに巻き込んじゃってごめんなさい」

淡々と口にする1年C組の担任に、綾花は申し訳なさそうに謝罪した。

「心配するな、瀬生、そして、麻白。わかった。校長先生に話して、私達の方で出来る限りのことをしてみよう」

「あ、ありがとうございます」

1年C組の担任が幾分、真剣な表情で頷くと、綾花達は嬉しそうに顔を輝かせる。

しかし、単なる事実の記載を読み上げるかのような、低く冷たい声で、1年C組の担任はさらに言葉を続けた。

「だが、舞波。おまえにはこの後、じっくり話を聞かせてもらうつもりだから覚悟しておけ!」

「我は残らん!!」

1年C組の担任の言葉を打ち消すように、昂はきっぱりとそう言い放った。

「残れば、我は綾花ちゃんと一緒に下校できぬではないか!」

「当たり前だ」

昂が心底困惑して叫ぶと、拓也はさも当然のことのように頷いてみせた。

動揺したようにひたすら頭を抱えて悩む昂に、綾花はおそるおそる、といった風情で昂に近づいていった。

「舞波くん」

「綾花ちゃんーー否、進、頼む!今すぐ、我を助けてほしいのだ!」

「…‥…‥ええっ?ーーって、またかよ」

綾花の方に振り返り、両手をぱんと合わせて必死に頼み込む昂に、途中で口振りを変えた綾花は苦り切った顔をして額に手を当てた。

「我はどうしても、婚約者の綾花ちゃんと一緒に下校したいのだ」

「だから、俺はそんな馬鹿げたことを認めた覚えなんてないからな!」

腰に手を当ててきっぱりと言い切った綾花に、昂は不満そうな声でさらに切り伏せた。

「むっ。綾花ちゃんとあかりちゃん、そして、麻白ちゃんが、我の婚約者なのは既に確定事項だ」

あまりにも勝手極まる昂の言い草に、拓也は不満そうに顔をしかめてみせる。

「はあっ…‥…‥。行くぞ、綾花」

「ーーあっ、うん」

拓也の心情を察したのか、綾花の表情は先程までの進の表情とはうって変わって、いつもの柔らかな綾花のそれへと戻っていた。

「…‥…‥綾花ちゃん!我も一緒にーー」

「…‥…‥舞波くん。先程の話はまだ、終わっていないのだが」

すかさず、1年C組の担任の隙をついて、昂は綾花のもとへ向かおうと身を翻したのだが、夏休みの騒動の件で教室へとやってきた、この学校の校長先生によってあっさりと腕をつかまれてしまう。

「な、何故、校長先生がここにいるのだ!?」

予想もしていなかった衝撃的な出来事に、昂は絶句する。

校長は昂の方を見遣ると、目を伏せてきっぱりと言った。

「生徒指導室でおこなっていた話は、まだ終わっていなかったはずだがね」

「…‥…‥そ、それは」

にべもなく言い捨てる校長に、昂は恐れをなした。

昂は若干逃げ腰になりながらも、昂は校長から拓也達へと視線を向ける。

「…‥…‥お、おのれ~!井上拓也!そして、布施元樹!貴様ら、先生と校長先生に根回しして、我を綾花ちゃんと一緒に下校させぬようにするのが狙いだったのだな!」

「自業自得なだけだろう」

「ああ」

昂が罵るように声を張り上げると、拓也と元樹は不愉快そうにそう告げた。

「…‥…‥おのれ」

歯噛みする昂が次の行動を移せない間に、拓也は元樹とともに綾花の手を取ると昂の制止を振り切り、1年C組の教室から立ち去っていったのだった。






綾花と元樹とともに昇降口に辿り着いた拓也は、綾花に振り返ると一呼吸置いて言った。

「綾花、先生に協力してもらえることになって良かったな」

「うん、たっくんと元樹くん、そして、舞波くんのおかげだよ」

穏やかな表情で胸を撫で下ろす綾花を見て、拓也も胸に滲みるように安堵の表情を浮かべる。

すると両手を広げ、生き生きとした表情で綾花はさらにこう言う。

「たっくん、元樹くん、ありがとう!」

「ああ」

拓也が頷くと、綾花は嬉しそうに顔を輝かせた。

その不意打ちのような日だまりの笑顔に、元樹は思わず見入ってしまい、慌てて目をそらす。

「あ、ああ」

「元樹、布施先輩に頼んでくれてありがとうな」

ごまかすように人差し指で頬を撫でる元樹に、拓也も続けてそう言った。

少し間を置いた後、綾花は人差し指を立てるときょとんとした表情で首を傾げてみせる。

「ねえ、たっくん、元樹くん。麻白、前に布施先輩と何度か会ったことがあるみたいなんだけど、麻白のことで何か聞かれたりしないかな?」

「心配するなよ、綾。俺の方で、兄貴にはフォローしておくからさ」

「ありがとう、元樹くん」

ほんわかな笑みを浮かべて言う綾花を見て、元樹も笑顔を返す。

「元樹、少し、いいか?」

とその時、不意に元樹は、背後から声をかけられる。

振り返ると、元樹の兄ーー尚之が、真剣な表情で元樹達を見つめていた。

「何だよ、兄貴。‥…‥…今、重大な話をしていたのに」

「何だ、ではない」

呆れたようにため息をつくと、尚之は眉をひそめて訝しげに元樹を見る。

「黒峯の妹の麻白さんのことで、おまえに聞きたいことがある」

「聞きたいこと?」

元樹の言葉に、尚之は腰に手を当てると不服そうに言った。

「先程、携帯のニュース速報で見たんだが、麻白さんが誘拐されていたこと、元樹、おまえは前から知っていたんだろう?」

「ーーっ」

図星を突かれて、元樹はぐっと言葉を呑み込む。

「やはり、そうか」

元樹の反応に、尚之はふっと息を抜くような笑みを浮かべる。

「なら、麻白さんを誘拐した犯人について、何か分かっているのか?」

「…‥…‥悪い、兄貴。言えない」

「麻白さんとは、前に何度か会ったことがある。黒峯と浅野にとって、大切な存在だ。僕も、黒峯達の力になりたいんだ」

「ごめんな!どうしても言えないんだ!」

尚之に重ねて問いかけられても、元樹は両手を握りしめ、一息に言い切った。

だが、元樹にあっさりとそう言われても、尚之は気にすることもなく思ったことを口にする。

「何か、事情があるのか?」

「…‥…‥それは」

どう言ったものかと元樹が悩んでいると、尚之は綾花達を見遣り、こう続けた。

「分かった」

「ーーっ」

その言葉に、元樹は驚いたように目を見開いた。

尚之は、淡々としかし、はっきりと言葉を続ける。

「元樹達の事情は分からないが、麻白さんは何者かに狙われている。この解釈でいいんだな?」

「護ろうとしているっていう方が正しいかもな」

「なるほど。実際は逆なんだな」

元樹が独り言のようにつぶやくと、尚之は静かにそう告げて、顎に手を当てて真剣な表情で思案し始める。

「ああ。玄達も、いきさつは知っている。だけど、事情が事情だけに、兄貴には話せないと思う」

「そういうことか」

元樹が念を押すようにぼやくと、尚之は真剣な表情でしっかりと頷いてみせた。

「ゲーム対談情報ラジオ『プレラジ』、一緒に楽しもう!そう、麻白さんに伝えてくれないか!」

「ああ。兄貴、分かった」

必死としか言えないような眼差しを向けてくる尚之に対して、元樹は苦笑するように軽く肩をすくめてみせたのだった。

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― 新着の感想 ―
綾花ちゃんにくっついている人格が多過ぎて、昴くんがそういえば綾花ちゃんを進君にしようとしていたことが、そもそもの発端だったことを忘れかけてました(笑)懇願しているところで想起した次第です(笑)人の口に…
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