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マインド・クロス  作者: 留菜マナ
分魂の儀式編
113/446

番外編第六十章 根本的に彼は自ら、自白してしまう

時刻はもう夜だった。

特急列車の窓から射し込む月の光は、普段より眩しく思えた。

かたことと揺れる特急列車の車内で窓の外を通り過ぎる住宅地やショッピングモールなどの景色を眺めながら、拓也は拳を強く握りしめて唸った。

ちょうど帰宅ラッシュのピークとぶつかり、車内はかってないほど混みあっている。

綾花は、帰りの特急列車の中で身を縮め、何とか手すりに掴まりながら不服そうに唇を尖らせている。

麻白の記憶を完全に施されてしまった混乱から、少し落ち着きを取り戻してきたのか、いつものどおりのふて腐れた様子の綾花から視線をそらすと、拓也は薄くため息をついた。

黒峯玄の父親から、あかり達を護るために、綾花がーー麻白が、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ4』の主題歌を歌うことへのプロデュースをするーー。

しかし、それは想像していた以上に難解で困難極まりないことなのだと、拓也は痛感させられていた。

なにしろ、綾花はレッスン初日だったのにも関わらず、黒峯玄の父親の手によって、麻白としての記憶を完全に施されてしまった。

そして、これから綾花がーー麻白が通うことになるボーカルスクールは、黒峯玄の父親の会社に属する事務所である。

綾花が麻白として初めてボーカルスクールの事務所に行った日、拓也はそれを嫌というほど実感することになった。

「元樹、これからどうするつもりだ?」

「そのことなんだが」

拓也の疑問を受けて、感情を抑えた声で、元樹は淡々と続ける。

「このまま、黒峯玄の父親の会社に属するボーカルスクールに通い続けるのは危険だな。何とかして、別のボーカルスクールに通えるようにしないとな」

「つまり、それは、綾花がーー麻白がこれから通うことになるボーカルスクールそのものを、別の事務所に変えるっていうことなのか?」

呆気に取られた拓也にそう言われても、元樹は気にすることもなくあっさりとした表情で言葉を続けた。

「ああ。このまま、あのボーカルスクールの事務所に通い続けても、綾を危険に晒すことになるだけだ。だけど、レッスン自体を欠席にした場合、下手をすると、また、雅山達を狙ってきたり、俺達の裏をかかれることになるかもしれない。この方法しかないと思う」

元樹は拓也達の方へ視線だけ向けて、世間話でもするような口調で言った。

「だが、恐らく、黒峯玄の父親はありとあらゆる手段を用いて、麻白の姿をした綾を自身のもとに留めようとしてくるだろう。まさに、俺達の思いもよらない方法でな」

「うむ、確かにな」

元樹の言葉に、昂は納得したように頷いてみせる。

そして、昂は何食わぬ顔で立て続けにこう言ってのけた。

「ならば、我にいい考えがある」

「また、変な魔術じゃないだろうな?」

「むっ。変な魔術ではない」

訝しげな拓也の問いかけにも、昂はなんでもないことのようにさらりと答えてみせた。

拓也はさらに怪訝そうに眉を寄せると、立て続けに言葉を連ねてみせる。

「変な魔術ではないって言うことは、やっぱり、また、魔術関係なのか?」

再び質問を浴びせてきた拓也に対して、何を言われるのかある程度は予測できたのか、昂は素知らぬ顔と声で応じた。

「もちろんだ。夏休みの補習授業から逃げ続けていた際に、半年間、そして、ゲームの対戦中のみという限定された効果ではあるが、『姿を変えた人物の能力をコピーする』という魔術を、奇跡的に産み出すことに成功したのでな。しばらく、ご飯をおごってもらったり、居候をさせてもらったお礼に、霜月ありさちゃんという女の子に、その魔術道具を使って半年間だけ、ゲームの腕前を強くしてあげたというわけだ」

「なるほどな。つまり、おまえのいい考えっていうのは、その霜月ありささんに協力を求めるっていうことなのか?」

「うむ」

苦虫を噛み潰したような拓也の声に、不遜な態度で昂は不適に笑う。

「ーーむっ?」

そこでようやく、昂は自ら自白していたことに気づく。

混乱しきっていた思考がどうにか収まり、昂は素っ頓狂な声を上げた。

「おのれ~!井上拓也!貴様、我に自白させるのが目的だったのだな!」

「おまえが勝手に話しただけだろう!」

昂が罵るように声を張り上げると、拓也は不愉快そうにそう告げる。

しばらく思案顔で何事かを考え込んでいた元樹だったが、顔を上げるといまだに激しい剣幕で言い争う拓也と昂、そして綾花を見渡しながら自身の考えを述べた。

「『姿を変えた人物の能力をコピーする』魔術か。ゲームの対戦中のみ、姿を変えた人物のゲームの腕前ーー能力をコピーする魔術。それだと、さすがに大会などでは、その魔術は使えないんじゃないのか?」

「むっ、否、今回の魔術は、姿を変えても、我の魔術に関する知識がないーー他の者達からは、何の問題がないように認識されるようになっている。つまり、ありさちゃんが別の人物になっても、ただの仮装としてしか見られないというわけだ」

「そうなんだ」

「…‥…‥なんだ、それは」

神妙な表情でつぶやく綾花に対して、拓也は呆れたようにため息をつく。

そこで、元樹は昂の台詞の不可思議な部分に気づき、昂をまじまじと見た。

「…‥…‥もしかして、霜月ありさって、最近、公式大会を連勝し続けているという、仮装が得意の『囚われの錬金術士』のチームリーダーか?」

「うむ。確か、そんなチーム名だったはずだ」

「…‥…‥そんな理由で、見ず知らずの人に魔術を使うなよ」

昂が至極真面目な表情でそう言ってのけると、元樹は思わず呆気に取られてしまう。

「相変わらず、取って付けたような強引な方法だな」

「我なりのやり方だ」

呆れた大胆さに嘆息する元樹に、昂は大げさに肩をすくめてみせた。

そんな中、特急列車の窓の外を通り過ぎる景色を眺めながら、拓也は額に手を当てて困ったようにため息を吐く。

「だけど、霜月ありささんに協力を求めるっていっても、ゲーム対戦中にしか姿を変えたりすることはできないんだろう?」

「ああ。それだと意味がないよな」

疑惑を消化できずに顔をしかめる拓也と元樹をよそに、昂はビシッと綾花を指差して言い放った。

「ゲームをしながら、麻白ちゃんとして歌ってもらうのだ」

「…‥…‥おい」

「いや、普通に無理だろうな」

あまりにも意外な昂の言葉に、拓也と元樹は呆然としてうまく言葉が返せなかった。

しかし、昂は何食わぬ顔で立て続けにこう言ってのけた。

「綾花ちゃん。これ以上、綾花ちゃんに危険が及ばないためにも、ありさちゃんに、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ4』の主題歌を歌ってもらうべきだ」

「…‥…‥ううっ、でも」

綾花はそれを聞くと、少し困ったような表情を浮かべて、だけど何かを我慢するように両拳を握りしめる。

その様子を見かねたように視点を転じると、拓也は綾花に向かって声をかけた。

「綾花。麻白は、自分で歌いたいんだよな」

「うん」

きっぱりとそう言い切った綾花に、昂は心底困惑して叫んだ。

「な、何故だ!?」

予想もしていなかった衝撃的な言葉に、昂は絶句する。

彼女が発したその言葉は、昂にとって到底受け入れがたきものであった。

拓也と元樹と昂を交互に見遣ると、綾花は申し訳なさそうに頭を下げた。

「舞波くん、ごめんね。私、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ4』の主題歌は、自分の力で歌いたいの」

綾花と進のーーそして麻白の決意の固さに、一瞬、昂がたじろいた。

それでも必死に、昂は理由をひねり出そうとする。

「あ、ありさちゃんに頼んだ方が安全ではないか。綾花ちゃん、そんなこと言わず、我の頼みを聞いて…‥…‥」

説得を試みようとして、だが、その声は昂の喉の奥で尻すぼみに消えてしまった。それは綾花の表情を見たからだ。綾花が涙を潤ませているのを、確かに昂は目撃したのだ。

昂は焦ったように言った。

「…‥…‥むむっ、わ、分かったのだ、綾花ちゃん。ありさちゃんに歌ってもらうのは、いざという時の最後の手段に取っておくのだ。ただし、条件がある」

「条件?」

戸惑った顔で、綾花は昂の顔を見た。

昂は頷くと、綾花にこう告げる。

「う、うむ。その、綾花ちゃん。今度、麻白ちゃんの姿をした綾花ちゃんの分身体を実体化させた時にだな」

「えっ?」

綾花が意味を計りかねて昂を見ると、何故か焦れたように昂は顔を赤らめて腕を組んだ。

一体、何を企んでいる。

どこか昂らしくない歯切れの悪い言葉に、嫌な予感が拓也の胸をよぎる。

意を決したように両拳を突き出して身を乗り出すと、すべての勇気を増員して昂は絶叫した。

「綾花ちゃん、麻白ちゃん!我とダブルデートしてほしいのだーー!!」

「…‥…‥えっ?ええっ!?」

思わぬ昂の言葉に、綾花は戸惑うように揺れていた瞳を大きく見開いた。

「はあっ!?」

「何だよ、それ?」

遅れて、拓也と元樹も、唖然とした表情でまじまじと昂を見た。

「綾花ちゃんが、麻白ちゃんの姿をした綾花ちゃんの分身体を産み出すことができるようになってから、我はずっと思っていたことがある。綾花ちゃんと麻白ちゃんと一緒に、ダブルデートがしたいと。デート先は、先程、告げていた別のボーカルスクールのレッスン場を貸し切っておこなっても構わぬ。綾花ちゃんは、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ4』の主題歌を歌えて、我は晴れて、綾花ちゃんと麻白ちゃんのデュエットを見ることができる。まさに、一石二鳥だ」

「…‥…‥どこがだ」

間一髪入れず、この作戦の利点を語って聞かせた昂に、拓也は苛立たしげに顔をしかめる。

「ま、まあ、霜月ありさに頼むとしても、そもそもゲーム対戦には、時間制限があるから、主題歌を歌ってもらうのは難しかっただろうしな」

隣に立っている二人から怒りのオーラが放たれるのを感じ取って、元樹は決まりの悪さを堪えるように、軽く息を吐いて言う。

「…‥…‥昂」

「…‥…‥舞波」

「むっ?」

今まで綾花達の会話を傍観していた昂の母親と1年C組の担任から言葉を投げかけられて、昂は不遜な態度で腕を組むと綾花達から1年C組の担任達へと視線を向ける。

その態度に、1年C組の担任は額に手を当ててため息をつくと朗らかにこう言った。

「話は終わったな。では、明日、無事に家に戻った後は再び、家庭訪問をするから、そのつもりでな」

「我は納得いかぬ!」

あくまでも事実として突きつけられた1年C組の担任の言葉に、昂は両拳を振り上げて憤慨した。

「先程までうんざりとするほど、黒峯蓮馬の手の者達に追いかけられていたというのに、何故、この我がまた、家庭訪問を受けなくてはならんのだ!」

「この間の家庭訪問では、夏休みの間は、『対象の相手の姿を変えられる』パワーアップバージョンの魔術道具のみを創り出したと言っていたにも関わらず、他の魔術道具を創り出した上に、それを実際に使って騒ぎを起こしていたからだ!」

「昂、おごってもらったり、居候してきたって言っていたけれど、無銭飲食とかだけじゃなかったのかい?」

昂の抗議に、1年C組の担任と昂の母親は不愉快そうに言葉を返した。

打てば響くような返答に、昂が思わず、たじろいていると、1年C組の担任は気を取り直したように昂の母親に向き直り、話を切り出してきた。

「急で申し訳ないのですが、明日の祝日、舞波が逃げ出してしまう前に改めて、舞波の家庭訪問をおこなわせて頂こうと思っています」

「先生、よろしくお願いします」

1年C組の担任があくまでも確定事項として淡々と告げると、昂の母親も単なる事実の記載を読み上げるかのような、低く冷たい声で答える。

「そんな~!先生、母上、あんまりではないか~!」

その言葉に反応して、昂は悲愴な表情で訴えかけるように、1年C組の担任と昂の母親を見るのだった。

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― 新着の感想 ―
これは楽しみな新キャラの登場でしょうか。ありさちゃんと昴君の関係性が気になるところですが。協力してくれそうな子を他所でこさえるなんてことが、まさか昴君に出来ようとは(笑)今回もとても面白かったです。
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