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マインド・クロス  作者: 留菜マナ
分魂の儀式編
109/446

番外編第五十六章 根本的に嘘の一つでもつかないと繋いだ手は離せない

天井には、豪奢なシャンデリア。広い窓辺には、白いレースのカーテン。

大きな長方形のテーブルには、人数分のポットとティーカップ、そして、豪華な食事が置かれてあった。

美しく飾り立てられたリビングで、綾花はメイドに付き添われて、玄の隣の席に座らせられる。

玄の母親はキッチンで、他のメイドの人達と夕食のことについて、何やら、やり取りをしていた。

「麻白、拓達のところに連れて行けなくてすまない。父さんはまた、麻白の記憶を取り戻そうとしているみたいだ」

「…‥…‥ううん。玄、教えてくれてありがとう」

悔しげな玄の謝罪に、綾花は嬉しそうに小首を横に振る。

綾花は瞬きを繰り返しながら、ここに来る前に、1年C組の担任から告げられた言葉を思い出して言った。

「父さん、あたしは麻白だよ。記憶がなくても、あたしが麻白であることは変わらない。だから、あたしの記憶を無理やり、取り戻そうとするのはやめて!」

「何故、それを?」

綾花の言葉に、玄の父親は訝しげに首を傾げてみせる。

綾花が告げた意外な事実を前にしても、そばで見守っている執事とメイド、そして、警備員達には動揺した様子はない。

恐らく、玄と玄の母親以外は、既に真相を知り得ている者達なのだろう。

余裕の表情をみせる玄の父親に対して、綾花はあくまでも率直に告げた。

「父さんはきっと、あたしにそうすると思ったから」

「ーーっ」

綾花の言葉に、心動かされるものがあったのだろうか。

幾分、表情をゆるめて、玄の父親が尋ね返す。

「なら、私が麻白の記憶を無理やり、取り戻そうとしなければ、麻白は前のように、私達とともに、ここで暮らしてくれるのか?」

「あたしは、ずっとは生き返れない」

玄の父親の言葉に、綾花は顔を俯かせると、辛そうな顔をして言った。

「でも、これからも、父さん達に会いに行くから。絶対に、会いに行くから。だから、お願い、父さん!」

「なら、だめだ」

だが、綾花が口にしたほんの小さな希望は、呆気ないくらい簡単に砕け散った。

綾花が驚愕の表情を浮かべているのを目にして、玄は少し躊躇うようにため息を吐くと、複雑な想いをにじませて玄の父親に言った。

「父さん、お願いだ。麻白を、拓達に会わせてほしい」

「それはできない」

玄の説得をよそに、玄の父親は大げさに肩をすくめてみせる。

「「父さん!」」

「さあ、この話は終わりだ。玄、麻白、夕食を食べよう」

綾花と玄の叫びをよそに、表情の端々に自信に満ちた笑みをほとばしらせて、玄の父親は告げた。

「…‥…‥あ、あなた」

「ーーっ!?」

しかし、玄の父親はそこでようやく、キッチンから綾花達のいるリビングへとひょっこりと顔を覗かせている玄の母親に気づく。

「な、何故、また、そんなことを、麻白にしようとするの?」

玄の母親は玄の父親に視線を向けると、悲しげにぽつりとつぶやいた。

「…‥…‥麻白が再び、私達と一緒に暮らすためには、この方法しかないからだ」

「…‥…‥えっ?あなた、麻白とまた、一緒に暮らせるの?」

「ああ。麻白が、記憶を完全に取り戻すことができればな」

玄の父親はそう言い終えると、口元を押さえ、今にも泣き出しそうに悲愴な表情を浮かべている玄の母親を、自身のもとへとそっと抱き寄せる。

「…‥…‥予定どおりだ」

困惑する家族をよそに、外見どおりの透徹した空気をまとった玄の父親は、冷たい声でそうつぶやく。

「後は、麻白に記憶を取り戻させて、麻白がここにずっといるように仕向ければいい」

玄の父親はどうしようもなく期待に満ちた表情で、ただ事実だけを口にした。






「みんな、麻白のことで、少し話しておきたいことがある」

夕食を終えた後、玄の父親が深刻な面持ちでそう言った。

「ーーっ」

夕食が終わった後、すぐに書斎に連れて行かれてしまうものだと思っていた綾花は不思議そうに小首を傾げる。

「…‥…‥玄、麻白、すまない。私はどうしても麻白に戻ってきてほしいんだ」

「…‥…‥父さん」

綾花の隣に座っていた玄は、玄の父親に何か言葉を返そうとして、でもすぐには返せなかった。

玄の父親は綾花達から顔を背けて、沈痛な面持ちで続けた。

「麻白がずっと生き返ってはいられないということ、魔術を使う少年達に会いたがっていることは分かっている。そして、麻白の記憶が戻ったら、麻白にさらなる精神的、身体的負担がかかってしまうこともな」

「ーーっ」

「…‥…‥麻白っ」

玄と玄の母親が驚愕の表情を浮かべているのをよそに、一呼吸おいて、玄の父親は異様に強い眼光を綾花に向ける。

「麻白に記憶を完全に取り戻させて、前のような家族の日常を送りたい。それが、私自身の身勝手な願いだということは分かっている。だが、それでも、私は麻白に戻ってきてほしい。誰かに迷惑をかけることになっても、麻白がーー家族が笑っていたあの時を取り戻したい。例え、それが麻白にーー魔術を使う少年達にとって、非道な手段だったとしてもだ」

玄の父親はそこまで告げると、視線を床に落としながら請う。

「頼む、麻白。私達のもとに戻ってきてほしい」

「でも、あたしは…‥…‥」

玄の父親の嘆き悲しむ姿に、綾花はどうしようもない気持ちになって言葉を吐き出した。

そんな綾花に、玄の父親はふっと悟ったような表情を浮かべて、綾花のもとに歩み寄ると膝をついて語りかけた。

「…‥…‥私達は、もう二度と麻白を失いたくない。…‥…‥これからはずっと、私達のそばにいてほしい」

「あたしは、ずっとは生き返れない」

玄の父親の度重なる懇願に、綾花は噛みしめるようにそう答える。

だが、玄の父親は意気揚々と嬉しそうにこう告げた。

「記憶さえ完全に戻れば、麻白はずっと生き返っていられるはずだ」

「だったら、あたし、魔王にーー魔術を使う少年に、記憶を戻してもらいたい!」

「なっ!」

立ち上がり、鋭く声を飛ばした玄の父親に、綾花は冷静に目を細めて続けた。

「魔王は、前にーー自然公園で玄達と再会する前に、魔術であたしの記憶を取り戻そうとしてくれたことがあった」

前に、昂がーー綾花に麻白の記憶を施そうとしていたことがあったーー。

その言葉が出た瞬間、玄の父親の表情があからさまに強ばった。

「なら、何故、麻白の記憶は完全に戻っていない?」

「あたしの記憶を完全に取り戻すことは、あたし自身に今以上の負担をかけてしまうから」

「ーーっ!」

綾花の言葉に、玄は不意打ちを食らったように悲しみで胸が張り裂ける思いになった。

不意に以前、元樹から聞かされていた言葉が、玄の心に重くのしかかる。


『麻白は魔術で生き返った影響で、たまに頭痛が起こることがある』


友樹が告げた言葉どおり、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第三回公式トーナメント大会のチーム戦の後でおこなわれたエキビションマッチでは、麻白は酷い頭痛に苦しめられていた。

それは、俺達の記憶を取り戻すことで起こった副作用のようなものかもしれない。

ふと脳裏に、涙目の瞳で、白いリボンをもうなくさないように大事そうに握りしめている、幼き日の麻白の姿がよぎる。

気持ちを切り替えるように何度か息を吐き、まっすぐに玄の父親を見つめた玄は思ったとおりの言葉を口にした。

「父さん、お願いだ。これ以上、麻白を苦しめないでほしい」

「…‥…‥っ」

玄のその言葉に、玄の父親が驚愕にまみれた声でつぶやく。

玄は真剣な表情のまま、さらに言い募った。

「麻白は、俺達のことを覚えている。そして、魔術で生き返っていられる時間が延びている。少なくとも、俺はーーいや、俺と大輝はそれだけで充分だ」

「…‥…‥玄」

玄の母親は寂しげにそう口を開いた後、何かを訴えかけるように自分の胸に手を当てる。

玄は一度、目を閉じた後、ちらりと綾花を横目に見た。

「例え、麻白の記憶が完全に戻らなくても、ずっとそばにいることができなくても、麻白は、俺にとって大切な妹だ」

「ま、麻白」

玄のその言葉は、玄の父親の想像をはるかに越えて、玄の母親を強く刺激した。

咄嗟に口を開きかけた玄の母親を制して、玄の父親は眉を寄せてから言う。

「魔術を使う少年の魔術では、麻白はずっと生き返っていられない。それにどちらを選んだとしても、麻白に負担がかかることは変わらない」

「でもーー」

綾花がさらに不可解そうに疑問を口にしかけるが、玄の父親は気にすることもなく言葉を続ける。

「だったら、記憶を取り戻すことができ、ずっと生き返っていられる方法がいいと私は思う」

「ーーっ」

玄の父親の指摘に目を見張り、息を呑んだ綾花は、明確に言葉に詰まらせた後ーー


その場から姿を消した。


「ーーなっ」

「ま、麻白」

「あ、あなた、麻白が…‥…‥」

突如、起こった不可解な現象に、玄の父親は眉をひそめ、玄と玄の母親は思わず目を見開く。

玄の父親はリビングのドアが完全に閉まっていることを確認すると、先程まで麻白がいた方へと視線を向けた。

一瞬前まで確かにそこに座っていたはずの麻白は、影も形もなくなっていた。

「…‥…‥魔術を使う少年達の仕業、か」

麻白が消えた事情を察して、玄の父親は忌々しそうにつぶやいた。

しかし、この時、玄達は気づいていなかったのだが、リビングの近くの廊下から、魔術で姿を消して、そんな彼らの様子をじっと見つめているツインテールを揺らした黒髪の少女と男性がいた。

『瀬生、今から地下の駐車場に向かう。恐らく、黒峯さんは、麻白が消えた理由を舞波の仕業だと考えているだろう。それに便乗して、私達も、井上達がいるボーカルスクールの事務所まで連れていってもらおう』

『分かった』

改めて、これからのことを確認する男性の言葉に、黒髪の少女ははっきりと頷いてみせる。

彼女達はーー変装した本物の進として振る舞っている綾花と1年C組の担任は、昂の母親と度々、メールで連絡を取り合いながら、拓也達を救出するために、玄の父親達を尾行し始めたのだった。

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― 新着の感想 ―
もはや綾花の中には何人もいるような状態なので、負担が尋常ではない上に、独占はダメですよということですね。まさに、みんなの綾花ちゃん状態です。本当に難儀な状態ですねぇ。ここからどうなっていくのか、先がと…
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