番外編第四十七章 根本的に寂しいと思う気持ち
昂の魔術によって、大会会場を抜け出した拓也と元樹は、玄の父親の追っ手を振り切るため、昂の母親が待っているワゴン車へと向かっていた。
拓也は大会会場がある方向に一旦、視線を向けると、顔を曇らせて言った。
「元樹、綾花は上手く、麻白の姿をした綾花の分身体と入れ替わることが出来たのか?」
「ああ。舞波の魔術で移動する前に、綾が麻白の姿をした綾の分身体を実体化させようとしているのを確認したからな。今、玄達と一緒に、黒峯玄の父親の追っ手から逃げている綾は、麻白の姿をした綾の分身体で、本物の綾は先程、合流した先生と一緒に『姿を消す魔術』を使って、玄達を尾行しているはずだ」
拓也の疑問に、元樹は携帯を確認すると記憶の糸を辿るように目を閉じる。
綾花と麻白の姿をした綾花の分身体を、上手く入れ替わらせることが出来て良かったーー。
ほんわかと笑う綾花を思い出して、しみじみとそう感じていた拓也は、しかしーーその感慨を早々に封印した。
それを考え始めた瞬間、拓也の脳裏にあるとんでもない事実が浮上してきたからである。
「そういえば、元樹、肝心の舞波はどうしたんだ?確か、先生と一緒に逃げていたはずだろう?」
「舞波は先生と一緒に逃げた後、何でもその場で、黒峯玄の父親達を出し抜いたことについて延々と語り尽く始めたらしくてさ。 で、案の定、警備員達に発見されてしまったらしい」
「なっーー」
鋭く声を飛ばした拓也に、元樹は冷静に目を細めて続けた。
「まあ、捕まりそうになってやばい状況だったみたいだが、近くにあったトラックの背後に隠れて、何とか難を逃れたようだ。先生が綾と合流した後は、反省の意味合いも込めて、そのまま、舞波のおばさんのもとで待機させられているみたいだ」
「そうなのか?」
「ああ、舞波のおばさんから、今回の作戦に関しての変更の連絡が来ていたからな」
困惑したように驚きの表情を浮かべる拓也に、元樹は軽く肩をすくめる。
「…‥…‥それで舞波は、綾花と先生と一緒に玄達を尾行していないんだな」
元樹の言葉に、額に手を当てて呆れたように肩をすくめると、拓也は弱りきった表情で言った。
「舞波のことはともかく、あとは、綾と先生に任せるしかないな」
「…‥…‥綾花」
盛大に溜息をつく元樹を見据えて、複雑な表情を浮かべた拓也が戸惑うように言う。
「心配するなよ、拓也。作戦は大幅に変更してしまったけどさ。綾をーー麻白をすぐに護れるように、俺達は今、こうして、舞波と舞波のおばさんのもとに向かっているんだからな」
「そうだな」
元樹の言葉に、拓也は真剣な眼差しで大会会場を見遣ると、どこか照れくさそうな笑みを浮かべる。
綾花が玄の父親達の手を振り切って、無事に戻って来られるように、と拓也達は心から願った。
そして、それは叶えられると信じたのだった。
意識を取り戻して身体を起こした時、玄はすぐに違和感に気づいた。
大会会場から抜け出す前、大輝とともに腕を握っていたはずの麻白の姿が、どこにも見当たらないのだ。
周囲を見渡すと、魔術で大会会場の裏に移動させられたらしく、玄の視界には、幻想的な淡い夕暮れがどこまでも遠く広がっていた。
「…‥…‥麻白?」
「おい、玄、麻白がいないぞ?まさか、もう魔術の効果がきれて消えてしまったっていうのか?」
立ち上がった玄と大輝は互いに顔を見合わせると、困惑したように唇を強く噛みしめる。
大会会場を再び、真剣な眼差しで見つめる大輝に、玄は苦々しい表情を浮かべて言った。
「分からない。だが、麻白は確かに、あの時、大会会場から抜け出すまではーー」
玄がそう言い終える前に、どこからともなく、二人の虚を突く声が聞こえた。
「ーーところがびっくり」
不意に、全く予想だにしないーーだけど、誰よりも待ち望んでいた声が聞こえてきて、玄と大輝は思わず、目を見開いてしまう。
いつからいたのか、大会会場の裏で、綾花が後ろ手を組んだまま、興味津々の様子で玄達を見つめている。
「玄、大輝。あたしはまだ、消えていないよ」
玄達のもとにゆっくりと歩み寄ってきた綾花に対して、玄と大輝は調度を蹴散らすようにして綾花のそばに駆け寄ると、小柄なその身体を思いきり抱きしめた。
「麻白!」
「おい、麻白、消えたかと思っただろう!びっくりさせるなよ!」
「ちょ、ちょっと、玄、大輝?」
綾花は少し驚いたように、玄と大輝を見上げる。
そんな綾花の反応に、玄は表情を緩めて軽く肩をすくめてみせた。
「…‥…‥麻白。魔術で、別の場所に移動させられていたのか?」
「…‥…‥うん」
玄の言葉に、綾花は自分に言い聞かせるようにこくりと頷く。
「玄、大輝、心配かけてごめんなさい」
「あっ、いや、その。麻白、俺達の方こそ、取り乱してごめんな」
綾花が意を決したように頭を下げて謝ってくると、大輝は自分の咄嗟の行動を悔やむように唇を噛みしめる。
いつものほんわかとした麻白とのやり取りに、玄は一瞬、玄の父親達が大会会場で麻白を囚えようとしていたことなど忘れそうになってしまう。
だが、背後から聞こえてきた声が、玄達を現実へと引き戻した。
「玄様、麻白お嬢様、大輝様!」
「ーーっ」
「麻白!」
「麻白、行くぞ!」
警備員達の呼びかけに、おろおろとあわてふためく綾花の手を取って、玄と大輝は玄の父親達の追手を振り切るため、バスの停留所へと走り出した。
ドームの駐車場を駆け向け、バスの停留所へと向かう。
「だけど、玄。バスに乗った後、どうする?」
「大輝くん、何も考えなくていい」
独り言じみた大輝のつぶやきにはっきりと答えたのは、綾花でもなく、玄でもなく、全くの第三者だった。
「私は、既に君達の前にいるのだからな」
驚きとともに振り返った綾花達が目にしたのは、バスの停留所で待ち構えていた玄の父親と、こちらを完全に包囲している警備員達だった。
「ーーっ」
「…‥…‥父さん」
「ーーなっ!?」
「…‥…‥さあ、玄、麻白、大輝くん、帰ろうか?」
綾花達の驚愕に応えるように、玄の父親は嗜虐的に笑みを浮かべた。
「ーーっ」
その玄の父親の声を合図に、数名の警備員達が左右両方から綾花に迫ってくる。
そして、あっという間に囲まれた綾花は、彼らによってあっさりと捕らえられてしまう。
「おじさん、待てよ!」
大輝が驚愕の表情を浮かべているのを目にして、玄は少し躊躇うようにため息を吐くと、複雑な想いをにじませて玄の父親の前に立った。
「父さん、お願いだ。麻白を、拓達に会わせてほしい」
「お願い、父さん!」
「どうかお願いします!」
玄に相次いで、捕らえられている綾花と大輝も粛々と頭を下げる。
「それはできない」
だが、玄達が口にしたほんの小さな希望は、呆気ないくらい簡単に砕け散った。
「父さん!」
「さあ、この話は終わりだ。玄、麻白、大輝くん、帰ろう」
玄の叫びをよそに、玄の父親は目を伏せると、静かにこう告げた。
「くそっ、麻白…‥…‥」
なおも綾花を連れて逃走を図ろうとするが、完全に警備員達に囲まれていてとても逃げられないことを悟り、大輝はがっくりとうなだれる。
しかし、この時、玄と大輝、そして、玄の父親達も気づいていなかったのだが、バスの停留所の近くから、魔術で姿を消して、そんな彼らの様子をじっと見つめているツインテールを揺らした黒髪の少女と男性がいた。
『瀬生、今から黒峯さん達の後を追う。黒峯さん達が車に乗り込んだら、『対象の相手の姿を変えられる』パワーアップバージョンの魔術を解除して、ここから離脱する。すぐに舞波に、『対象の相手の元に移動できる魔術』の準備をしておくように連絡してほしい』
『ああ、分かった』
改めて、これからのことを確認する男性の言葉に、黒髪の少女ははっきりと頷いてみせる。
彼女達はーー変装した本物の進として振る舞っている綾花と1年C組の担任は、昂の母親と度々、メールで連絡を取り合いながら、麻白の姿をした綾花の分身体を上手く実体化させるため、玄達を尾行していたのだった。
「…‥…‥麻白」
「…‥…‥俺達には、どうすることもできないのかよ」
警備員達に捕らえられている麻白の姿をした綾花の分身体を悔やむように見つめている玄と大輝の悲しむ姿を見て、様子を窺っていた綾花は顔を俯かせると辛そうな顔をして言った。
『…‥…‥ごめん、玄、大輝。騙してしまって…‥…‥』
『…‥…‥瀬生、上岡、そして、麻白、大丈夫だ。彼らとはまた、会えるようにする』
切羽詰まったような綾花の態度に感じるものがあったのだろう。
見慣れた進のその表情に、何かが揺れ、ざわめき始める。
その表情を見て、1年C組の担任はあらためて、彼女に進が憑依していることをーーそして、麻白の心が宿っていることを思い知らされてしまう。
見上げた空は、どこまでも夕焼け色に染まっており、感じたこともない高揚感をもたらしていた。
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拓也「…‥…‥おい」
綾花「ううっ…‥…‥」
進「昂らしいな」