表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/6

02:ボクとムシとカノジョ

 あのさぁ、怖いよ?




 これはニコが城から逃げ出す前の話。


 やっぱり、ボクにはこういう仕事が向かないんじゃないかと思うんだ。だってさ、家の都合でこんなことやっているわけだけど、主はまだまだおこちゃま王子だし……。兄さんには言われていたけど、まあ、それは本人がどうにかすることであって、あのままじゃ、王子なんてやってられないと思うんだよ、ボクは。


 あー、こんな事グチグチ言っても仕方がないんだけどね。分かっているから言いたくなっちゃうんだ。

 今向かっている執務室。そこには積み上げられた書類、書類、そして、書類……。書類に囲まれ、書類に目を通す。ボクの逃げ場はきっとどこにもない。


 いや、別にニコについている事はまだ大丈夫だよ。なんだかんだでニコは面白いし。でも、仕事は全然面白くない。

 まだニコが視察とかそんなに行けないから、こういう事務的な仕事が多い。それが、い・や・だ。


 こんな肩が凝るような仕事をよくアステリは淡々とこなしていると思う。我が幼馴染はなかなか分からないね。そんなの楽しくないのに。まあ、その仕事をしないともっと苦しむのはボクなんだけれどね。


 いつもより重く感じるドアを押し開ける。

「おつかれサンセット~」

「……」

「……」


 すでに2人はいて執務室にはパラパラ、ガサガサと紙の音しかしていない。

 ボクの愛の挨拶に反応する人もいない。きれいなまでのスルー。

 分かってたもん、こうなるって、分かってたもん。でも、もう少し反応してくれるとジュラさんすごく嬉しい……。


 空気が告げている、早く仕事をしろ、と。


 ボクは自分の机にとぼとぼと向かう。

 出迎えてくれたのは山積みの書類たち。ボクを待っていてくれたんだね。唯一ボクを待ち焦がれて……。

 ボクを待っていてくれた書類の為に仕方がなく椅子に座って、一つ一つ目を通す。


 時計の音。

 紙をめくる音。

 印を押す音。

 紙をめくる音。

 何かを書く音。


 コンコン。


 ノックの音で集中力を完全に持っていかれる。

 ドアを見ると、見慣れたニコの教育係の貴族さん。


「ニコ様、お時間です」

「……今行きます」

 ニコは立ち去る前にボクとアステリに目配せする。

 はいはい、仕事がんばりますよ。


 心の中でそう思っただけだったのに、ニコに鋭く睨まれた。

 あちゃ~、顔に出てたかな?


 パタンと閉じられたドアを見てから、ボクは伸びあがった。 肩が痛くて仕方がない。

「……ニコ様がいなくなった途端これ?」


 ひやりとした感覚がする。

 アステリを見ると冷やかなガーネットの瞳をこちらに向けている。ガーネットってなんか、冷たいイメージとか、色から感じられないのに、おかしいな……。


「あ、いや、ほら、そろそろ休憩してもいいんじゃないかな~、と思っただけだって。アステリはよく続けてやれるよねー」

「今日はあの日よ。明日、楽しい事皆無で仕事なんて嫌なだけ」

 確かに、明日になったら楽しい嬉しい記憶(こと)消えちゃうからな……。


「……まあ、あなたは別として私は休んでもいいかもね」

 アステリはそう言って、待っていた書類を手早くまとめて終わった方に積み上げていた。ボクは休んじゃダメって言われた気がするけど、片一方が休んでるうちに仕事なんてする気起きないし。


「コーヒー淹れてこようか?」

 少し気の利いたことをすればいいかな。ボクはコーヒー飲みながらお菓子をつまもう。昨日買ったお菓子があるんだよね~。

「ジュラにしては気が利くわね」

「ボクは普段から気を使っているよ~?」

 視線が、痛い。ボクはその視線から逃げるように執務室から出てコーヒーを淹れに行った。


 執務室にコーヒーセットというか、お茶セットを設置するべきだと思う。いちいち淹れに行くのが少し面倒くさいな……。

「アステリはストレート~、ボクは砂糖さんとミルクさん~♪」


 自分でもなかなかうまく淹れられた。アステリはストレートとか大人か、って思うんだけどね(まあ、2人とも20歳は超えているけど)。もう少し可愛げがある、ミルク入りにすればいいのにさ。ボクは可愛いからミルクも砂糖も入れるんだけどね。


「コーヒーいっちょあが――」


 ヒュン


 カシャン


「あっつぅぅぅうううう!!!!」

 突然、持っていたコーヒーカップが2つとも割れ、ボクの手に熱々のコーヒーがかかる。かろうじてカップは持っていた。ジュラ偉い。

 しかし、持っているコーヒーカップは横に見事に真っ二つになって、上半分は床に落ちてしまっている。


 ……横に、真っ二つ?


 恐る恐る前を向くと、そこには無表情で、冷気を放っているアステリが、両手に剣を持ちこちらを見ていた。

 あれ、これ、ヤバいやつだ。また、()()か……。

「仕留め損ねた」


 そう言った時、ボクの視界の端に黒いものが飛んでいった。それを追うように剣を振りかざすアステリ。

 ちなみに、ここは執務室ですよ、アステリ。


 ヒュン


 真横で聞こえる、空を斬る音。

「ア、アステリ?」

「消す……私の視界からいなくなれ!」

「だ、危ないって!!」


 アステリが追っている正体はハエ。彼女は虫が大の苦手で自分の視界に入ると剣で切り裂かなないと気が済まない。はっきり言って、見ているこっちも気が休まらない。剣を振りかざすアステリの表情は冷たくて何の感情もなく、それが恐ろしい……。


 そんなことを思っている今も、ボクは命の危険を感じているんだから。

 コーヒーカップを置いて、早くこの状況を打破せねば。ハエさんごめんよ、アステリの前に現れてしまったのが運の尽きだったね……。


 ボクは安全志向なので、要らない紙を丸めて戦闘態勢に移る。 ターゲットを発見し、紙を振りかざしたが、それは無残に切り取られ、ターゲットは目の前で2つにわかれる。


「……やっと、消えた」


 アステリは笑っていたけれど、その顔は怖いよ……。なんていうか、異常者のようだよ。折角可愛いのに台無しだよ。

「……アステリ、大丈夫?」

「……もう! 本当に、なんで、もう! 私の周りを飛び回って、あの、羽音が耳のすぐそばで鳴って、私をあざ笑うかのように書類にとまって! 久々に来て嫌だった……」


 剣を収め、床にへなへなとへたり込んだ。虫が嫌いだから容赦ないけど、本人は心を殺して仕留めている。剣を持っていないと嫌で嫌で仕方がないらしい。

 ボクはアステリに見えないようにしてさっきの亡骸を片づける。ちり紙で素早く包み、ゴミ箱へ。ごめんよ。


 まだ床にへたっているアステリを見て、こういう時は女の子だなと改めて思う。普段は全然、女の子って感じじゃないからね!  さて、どうしたものか……。

「あ」


 ボクは自分の机の引き出しを開ける。昨日買ったばかりのハズだから、ここら辺に……あった、あった。

「アステリ。これ、あ・げ・る・ぜ☆」


 ポンとアステリの手に乗せたのは赤とオレンジ色のマカロンが入った包み。透明な袋に入っているから中の可愛らしいマカロンが見えている。

「……え」

「それでも食べて、また、頑張ろう!」


 早く元気にならないとこっちも調子狂うしね。正直、仕事、アステリがいないと片付かないし……。

「……ありがと」

「いえいえ~」

 でも、彼女の顔が少し赤かったことにボクは気がつかなかったんだ。



―次の日

「うがー、今日も肩凝る」

「文句言わない」

 またしても、お仕事。いい加減、この書類どこかに行ってくれないかな。記憶みたいにとってくれたらいいのに。


「甘いものたべたーい。……って、ボク持ってるじゃん!」

 確か机の中にあった気がする。一昨日買ってきたやつがある。さすがに今日食べないとまずいし、甘いもの食べたかったから丁度いい。


「あ、そういえばさ、マカロン美味しかった?」

 昨日、アステリを元気づけるためにマカロンを渡していたハズ。感想でも聞いて、どんなのか知ってから食べるとしよう。


「……マカロン?」


 アステリは心当たりがないかのようにポカンとしている。

「え、昨日あげたじゃん」

「だから、何の話?」

「昨日、ボクがアステリにあげたマカロンの話」

「知らないわよ」


 アステリは嘘を吐いているような表情ではない。本当に何のことだかわけが分からない顔をしている。忘れた、わけもない。だって、アステリはまだ若いし、物忘れがひどくなったとも聞いていていない。だとしたら、可能性はただ1つ。


 それに気がついたボクは少し、いや、結構嬉しくなった。

 ボクにとっては何でもないような事だったけど、キミは嬉しかったんだ。


「……ニヤニヤしてないで仕事しなさいよ」

「キミのために頑張っちゃうぞ☆」

「……」

「え!? 無視!?」









 ボクが知った、キミの知らないキミ。







今回はジュラとアステリのお話でした。

本編ではあまりスポットが当たりませんので(特にアステリ)この2人は書きたかったです。


それでは、次回もよろしくお願いします。

2014/10 秋桜(あきざくら) (くう)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ