本当の敗北
誰かが、敗北の味は苦いと言った。
でも、俺からすれば、それは本当の敗北を知らないとしか思えなかった。
努力して、努力して、死ぬぐらい頑張ったのに負けてしまった時の気持ちは、苦いなんて一言じゃ甘い。自分の細胞の一欠片から存在が否定されてしまったような絶望感で、どんなに疲れて熟睡していても目が覚めてしまうのだ。そのまま動けず、声も出せず、何も考えられずに時間だけが経過していく。
それが本当の敗北だ。
それが、今の俺だった。
敗北した俺の本当の気持ちだった。
「……まずは、ヤれる事からヤっていこうぜ」
そう俺を励ましてくれたのは空手道場の友達だった。
いつも一緒にバカな事ばかりやっている友達だ。これが普段だったら、なに当たり前のことを言っているんだよ、そう言い返していたかもしれない。映画や小説で聞き慣れたような当たり前の台詞としか思えなかったかもしれない。
でも、今の俺には染みた。
心の中にじんわりとした温かいモノが流れ込んでくるような気がしたのだ。
「……ああ、やるだけやるさ」
俺は友達の目を見て答えていた。
なぜか涙が止まらなかった。
いや、止めなかった。
他人の前で泣くのは恥ずかしいけど、その涙だけは止めようとは思わなかった。
それからの俺は頑張った。ランニングを普段の2倍にし、筋トレと組み手を交互に繰り返すことで回数を増やした。それを一度だけじゃ効率が悪いので、1日を4時間に振り分け、休憩、練習、睡眠、の3つを連続して実行することにしたのだ。
これはオリンピック選手並の強化メニューである。
普段の俺なら、心が折れていただろう。
でも、へこたれなかった。
悔しかったんだ。
もう、ただ悔しくて、見返したくて、負けたままが嫌だった。
だから、どんなに練習がきつくて、俺はへこたれなかったのだ。
次は勝つ、そう心に誓った。
しかし、それでも俺は、また敗北したのだった。
特訓を繰り返した数ヶ月に、もう一度、挑戦したのだが呆気なく負けてしまったのだ。自分で見ても惚れ惚れするような肉体が作れたというのに、全ての努力が無駄になってしまったのだ。
「くそ……」
俺は、どうしても納得できなかった。
どうしても、負けたのか分からなかった。
どうしても、こんな事になってしまう理由を理解したかった。
「教えてくれよ! どうして! 何でなんだ?」
そう俺は尋ねた。
もう必死だった
恥もへったくれもない。
すると、俺を負かし続けていた彼女が振り返った。
「いや、だって私は知的なタイプが良いんだもん。アンタみたいな筋肉バカを好きになるわけないでしょ」