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太平記  作者: 佐藤利和
東大寺とのあらそい
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にげてきた子ども

多聞と七郎は、市をものめらずしげにまわってあるいた。

道のまん中で、ござをしいて、かけごとをしている男たちもいた。

寺社のかごかきたちらしく、川べりにかごをおいてある。まわりを、人がとりかこんでみいっていた。

とつぜん、その人ごみを走りぬけ、多聞のわきをすりぬけようとする者がいた。

多聞よりはまだおさない男の子だった。

「助けてくれ!」

子どもが、多聞にむしゃぶりついた。なにごとかと、

多聞が顔をあげると、むこうから、そでなしの肌着だけの荒れくれ男たちがおってくるのがみえた。

男の子は、むちゅうで多聞にむしゃぶりついたものの、それがおなじ子どもであったと気がつくと、

「ちぇっ!」と舌うちして、また人群れをかきわけて、玉串の土手にむかって走っていった。

「やろう!まちやがれ。」 荒くれ男二人も、おって土手にむかった。

すると、七郎もいきなり走りだした。

「七郎、あぶないことはするな。」多聞が、あわてて声をかけた。

子どもをおう二人の男に気づいた通行人がいたが、どうやら、こんなさわぎはいつものことらしく、

だれも助けようとしない。子どもは土手にあるくすのきをみつけると、その下枝にとびつき、

そのままぐるりと、さかあがりに回転して、枝の上にたった。それから、まるでさるのように、

枝から枝へとびうつって、たちまちこずえ葉群れにかくれた。

多聞と七郎は、はらはらしてみていたが、子どものすがたがみえなくなったので、ほっとした。

でも、そんなことであきらめる相手ではなかった。一人が市へもどると、弓矢をたずさえてきた。

「おりてこい。おりなければ殺す。」

荒くれ男が、こずえにむかって、おどしではないぞ、というように一本の矢を射た。

子どもは、しかたなしにおりてきて、中枝に立った。

「さ、おとなしくおりてこい。」

「いやじゃ。わしは人買いに売られたおぼえはないぞ。」

「わからぬやつよ。きさまのよいおやじには、八百文の貸しがある。そのかたにきさまをもらったのだ。」

「きさまは、興福寺さまの一乗院に売られているのじゃ。」

と、もう一人がいった。

多聞と七郎は顔をみあわせた。

「兄者、あれは人買いじゃぞ。」

「人の売り買いは、してはならぬおきてぞ。」

「ちぇっ、おきてや法が、この玉串の市で通用するとおもうのか。」

市のことは、弟の七郎のほうがくわしい。

「いっちょう、助けてやるか!」

つぶやいた七郎は、いきなり足もとの小石をひろって男に投げつけた。

男は「ぎゃっ!」とさけんで、手で顔をおおった。

「このがき、なにをしくさる。」

もう一人の男は半分さやがかけおちて刃先の露出した刀をぬいた。

すると七郎も負けずに、こしにさした、わきざしをぬいた。

「まて、話しあうのじゃ。」

多聞が、あわてて七郎をかばった。

「くそ、きさまもいっしょに死ね。」

男はらんぼうにも多聞に刀をふりおろした。

「あっ!」

とびさかりながら、無意識に多聞も、わきざしをぬきながら、横にうちはらった。

かすかな手ごたえがあって、男の二の腕から血がながれだした。

すると石でやられたほうが、市にむかって大声でさけんだ。

「おーい、みんなきてくれ。市場荒らしだ!」

声をききつけると、たちまち数人の荒くれ男が、棒、なぎなた、弓など、それぞれ手にしてかけつけ、

兄弟をとりかこんだ。かしららしい男が、殺気走った目をむけた。

「みたところ、お武家のせがれのようだが、この玉串じゃ、武士も公家も通らねえ。

通るのは銭だけだ。」

「しかし、人の道にはきまりがあるはずじゃ。」

多聞はわきざしをかまえたまま、さけぶようにいった。

「はっはっは、そうともよ。売り買いの銭には、武士も農民もない。これが人の道よ。」

「いや、人の売り買いだけは禁じられてあるはず。」

「かたいことをいわれてもこまるぜ。それはお上がかってにきめたこと。

玉串のきまりは、散所のおれたちがきめる。」

と、このとき、この無法者の群れが、にわかにくずれた。

楠木の党第一の豪の者、神宮寺小太郎がかけつけたのだ。

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