表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
太平記  作者: 佐藤利和
悪党が行く
2/4

悪党、楠木入道正澄

大阪府の東南部を、河内という。その名の通り、たくさんの川がながれている。

つまり「河地」なのだ。

十四世紀、この国は、西から商いがさかんになりはじめていた。

機内では、摂津、河内がさかえた。

大きな荷物は、馬で運ぶより、船が便利だ。

それで、川すじが四方八方におよんでいるこの河内は、出船、入船ににぎわい、

たくさんの市がたつようになった。

この川の一つ、東条川をたどっていく三そうの船があった。

東条川は、千早川と水越川との合流点から下流のあたりをいい、石川にながれこむ。

それぞれの船に五人ずつ、たくましい商人がのりくみ、積み荷を守っている。

商人といっても、それぞれ太刀をさし、弓、なぎなたなどの武器をたずさえていた。

まん中の船に、そでをくくり、すそをはかまの中に入れた、ひたたれ姿の大入道が

箱膳でぐびりぐびりと、さかずきをかたむけている。楠木入道正澄だ。

酒のさかなは、琵琶湖でとれた、ふなのかんろ煮だ。

「多聞よ、よくみておくがいい。」

と、正澄は川岸の村々をあごでしゃくった。

弟の七郎も、父の話にききいっている。

「これからいく玉串の市は、おまえたちが一人まえになるころは、京や鎌倉をしのぐ町になっているにちがいないところだ。」多聞はだまって話を聞きながら、うつっていく川岸の風景をみつめていた。

このあたりも、ずいぶんくすのきが多いな、とおもったときだ。

矢羽の音がして、船底に一本の矢がつきささった。

「何者じゃい!」正澄は、さかずきをおくと、ともの者の手から、弓矢をうばいとるようにして、

岸にむかって矢をつがえ、川崎市のくすのきのこずえをみあげた。

だが、正澄が矢を射るまでもなかった。くのきの枝からとびおりたくせ者は、

たちまち、川ぞいの道をいく武者たちにとりかこまれた。こういうこともあろうかと、

楠木党の者たちに、川ぞいの道をあゆませていたのだ。

「生きてとらえよ!」と、正澄はさけび、船頭に命じて、船を岸につけさせた。

くせ者は、黒の覆面をはぎとられ、数人の武者たちに河原へひきずられてきた。

「ようとらえたぞ。ほうびじゃ。」

正澄は手にした小袋から、銭を一さしとりだして、武者たちに手わたした。

「わしを楠木正澄としってのうえか。」

「・・・・・・・」男はだまって小さくうなずいた。

「だれにたのまれた?」

「・・・・・・・」

「よし、いわねば斬る。」正澄は太刀の柄に手をかけた。

「お、おゆるしください、わたしには妻も子もおります。」

「あほうめが。わしにだって、妻子がおるぞ。」

「もうしわけございませぬ。」

男は、ひたいを河原石にすりつけていった。

「ま、よい。いわんでもわかっている。八尾常光寺の別当、顕幸であろうが。」

「・・・・・・・」

「なるほど、口はわらぬ約束で、この仕事をうけおったものとみえる。先に約束しておこう。

いのちは助けてとらす。」

「ありがとうございます。」男はまた河原石にひたいをすりつけた。

「ならば、かわりに、わしにももうけさせろ。」

「はあ?」

「かんたんなことよ。八尾の船は、いま、なにをつかんで、かせいでおるのじゃ。」

男はなんだ、そんなことかと、ほっとして答えた。

「吉備から米を運んでおります。」

「受け取りは東大寺か?」

「そのようで。」

「このごろ、つみだすものはなんじゃ?」

「伊勢からの辰砂のようで・・・。」

「それは京か?」

「はい、そのようで・・・。」

「川すじに、なにかかわったことはないか。」

「これはうわさでございますが、なんでも、東大寺さまが、兵庫や神崎の泊まりに

関所をもうける準備をしているとか。」

「おろか者めが!」

正澄の声が大きかったので、男はみたび、河原石にひたいをすりつけた。

「おまえのことではない。あるじの八尾顕幸のことよ。八尾もわしも、おなじこの河内の

川すじや、玉串の市で、商いをする仲間じゃ。東大寺や、公家、近ごろは幕府の

役人たちも、わしらを、悪党とよんでるそうじゃが、なれば、わしらは悪党どうし

心を一つにしてゆかぬば、この川すじや、せっかくひらいた散所を、また、公家や、幕府に

うばわれてしまう。仲間われしては、公家や幕府の思うつぼではないか。」

と、楠木入道正澄は顔をあらかめて語る。

とにかく、殺されてもしかたがないところを、助けられた八尾の家人は、正澄に

米つきばったのように、なんども頭をさげると、川下へ走り去った。

「首をはねられるとおもいましたが・・・。」

と、先代から楠木家につかえる恩地左近が苦笑していった。

「殺してもなにもならん。太刀の刃こぼれになるだけじゃ。生かしておけば、ひょっとすると、

なにかの役にたつかもしれん。」といって正澄はわが子をかえりみた。

「多聞はどうおもう?」

「わたしも血をみるのはきらいです。」

「いやいや、そういうことをいっているのではない。怒りはなんの得も無いとおしえたつもりぞよ。」

といって、正澄は、そのまま船にはもどらず、岸につないであった馬にまたがった。

紺のひたたれに、かざり太刀、従者に手綱をひかせた馬上の正澄のすがたは、

どうみても、幕府につかえる名のある大名のようであった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ