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4.石川氏のパソコン

 その日のうちに、今川は、東京へ舞い戻った。


自宅のあるタワーマンションの地下駐車場で、


タクシーを下車したところ、スマートフォンの着信音が、


けたたましい音を立てて鳴った。


あわてて、受信画面を確認すると、真浦からだった。


不在通知が2件。何度も、かけてきたらしい。


(いったい、何の用だろう? )


「真浦か。何か用か? 」


 今川は、ひと深呼吸した後、電話に出た。


「おつかれさまです」

 

 真浦があいさつした。


「おつかれ。ちょうど良かった。


おまえに、頼みたいことがあったんだ。


詳細は、明日伝えるからよろしく」

 

 今川は疲れていたこともあり、


用件だけ伝えて、早々に電話を切ろうとした。


「待ってください。明日ではおそいです。


至急、会社に来てください」

 

 真浦がいつになく、切羽詰まった声で訴えた。


「何かあったのか? 」


 今川が訊ねた。


「大内弁護士が、施設側に直談判したそうです。


何か、聞いていませんか? 」


 真浦が冷静に言った。


「なんだって?!」


「なぜ、事前に話しておいてくださらなかったのですか? 


ROBO太郎AZの弁護士なんて聞いていませんよ!」


「あれから音沙汰なかったから、


あきらめたものだと思って放っておいたのだが、


何考えてんだあの人は‥‥ 」


「とにかく、今すぐ、会社に来てください! 」


「明日でいいだろう? 疲れているんだ‥‥ 」


「今日、来ていただかなければダメなんです。


大内弁護士が今、オフィスに来ているんですから。


磯屋が、社長は不在だと何度も説明したのですが、


全く、聞く耳持たない様子で、社長室に居座っているんですよ。


何とかしてください! 」

 

 真浦が怒ったように言った。


「わかったよ。すぐに行くよ」

 

 今川は急いで、会社に向かった。


 それから10分後。今川が会社に駆けつけると、


他のスタッフの姿はなく、磯屋と真浦が立ち話をしていた。


「社長。お休みではなかったのですか? 」

 

 磯屋が、ふしぎそうな顔で訊ねた。


「真浦から、大内弁護士が来ていると聞いたが、どこにいる? 」

 

 今川が、落ち着かない様子で言った。


「社長室でお待ちです」

 

 磯屋が答えた。


「そうか。わかった」


「社長。気が進まないのであれば、


自分が、代わりに応対しましょうか? 」


「いいや。その必要はない。あの人は、私に用があるのだから、


私でなければ納得しないだろう」

 

 そーっと社長室のドアを開けると、


大内が、デスクの上に両足を投げ出して


椅子に座っているのが見えた。


「そちらは社長の席です。客人は、あちらへどうぞ」

 

 今川は、応接セットを指差した。


「社長の椅子に、1度座ってみたかったのだ。


思ったより、座り心地は良くないね」


 大内は悪びれる様子もなく、


椅子から立ち上がるとソファの上に勢い良く、腰をおろした。


「ところで、ご用件は何でしょうか? 」

 

 今川は、向かい側のソファに腰を下ろすなり訊ねた。


「部下から、何も聞いていないのか? とぼけるなよ」


 大内が、貧乏ゆすりをしながら答えた。


「こちらの了解も得ずに、


施設側に接触してもらっては困ります。


ROBO太郎AZの事故の件はすでに、


示談が成立して解決済みなんですよ」

 

 今川が訴えた。


「あれから、何の音沙汰もないから、


何かあったかと思って、話を聞きに行ったんだ。


どちらの主張も聞かなければ、正しい判断は出来ないからな」

 

 大内が言った。


「例の件でしたら、ウィルスを除去する


ロボットを新たに開発しているところです」

 

 今川が冷静に告げた。


「それで、除去出来た後は、リサイクルにまわすのか? 」

 

 大内が訊ねた。


「それは、除去ロボットが完成してからの話で、


現段階では何も決まっていません」

 

 今川が答えた。


「今後、同じことが起きた場合の対策はどうだ? 」

 

 大内が訊ねた。


「今回の件は、特殊なケースでしたので、


対応が、スムーズではなかったことは認めますよ」

 

 今川がぶっきらぼうに言った。


「ロボットは、現代社会において


欠かせない労働力になっているにもかかわらず、


労働組合はないし、労災も認められていない。


現代の労働法は時代おくれだ」

 

 大内が身を乗り出すと言った。


「相変わらず、おかしなことを言いますね」

 

 今川が言った。


「女が社会進出する際も、当時はありえない話と言われていたが、


今では、ふつうのことだ。もし、ロボットの労働組合が出来たら、


おたくは真っ先に訴えられそうだな」

 

 大内がニヤリと笑うと言った。


「それは絶対ありません! 」

 

 今川がきっぱりと否定した。


 ロボットは、人間の手で


つくり出されて管理されている。


ロボットが自発的に、何かをすることはありえない。


「コンピューターウィルスは、テクノロジー社会の脅威だ。


もし、インフラ破壊が起きたら、都市機能は停止する。


原子力機関がサイバー攻撃を受ければ、


核爆発が起きるかもしれん」

 

 大内が神妙な面持ちで言った。


「縁もゆかりもないロボットを弁護して、


いったい、あなたに、何の得があるのですか? 


マスコミに知れたら、あなたは、世間の笑いものですよ」

 

 今川がため息交じりに言った。


「そんなことはない。


そのうち、時代の方が、僕に追いつくはずだ。


間違えなく、ロボットに関する訴訟はこの先増えるだろう」

 

 大内が胸を張って言った。


「ロボットを弁護するなんて考える人。


そうそう、現れないと思いますけど‥‥ 」

 

 今川が苦笑いして言った。


「ROBO太郎AZは、我々が引き取りますよ」

 

 大内が告げた。


「おことわりします」

 

 今川は、申し出を即座に辞退した。


「本気を示すためにも、契約書を作成しよう」

 

 大内は、カバンの中からノート型パソコンを取り出すと、


あっという間に、契約書を完成させて今川に差し出した。


「この金額はなんですか? からかわないでください! 」

 

 今川は、引き取り額の欄に


1千万円と記入されているのに驚き訊ねた。


故障したロボットの引き取り額としては高過ぎる額だ。


「引き取らせてもらうのだから、


それ相応の金額を支払うのは当然だ」


「故障したロボットに、1千万というのは、


いくらなんでも、高過ぎますよ」


「それだけの価値があるってことさ。


まさか、手放すのが惜しくなったとか? 」

 

 大内が訊ねた。


「そういうことではありません! 」

 

 今川が強く言い返した。


「故障したロボットの大半は、スクラップ行きなのが現状だ。


リサイクルにまわされる場合も、


他の製品に形を変えることが条件ときている。


それでは何の意味もないんだよ」

 

 大内が低い声で言った。


「ロボットを引き取って、どうするつもりですか? 」


「ロボットを守る会は、メーカーから、


見放されたロボットを引き取り、


第二の人生を歩む手助けをしている。


特に、介護などのサービスロボットは需要がある」


「第2の人生とは考えましたね‥‥ 」


「今日のところは帰るが、


もし、ROBO太郎AZを持て余す事態になった時は、


強制的に、引き取らせていただくのでそのつもりで」

 

 大内は鼻歌を歌いながら、社長室を出て行った。


「社長!」

 

 翌日の午後。今川が社長室で仕事をしていると、


突然、真浦がノックもせずに、


社長室に乗り込んで来たかと思うと、


次の瞬間、今川に詰め寄った。


「入る時は、ノックしろとあれほど言っただろう? 」

 

 今川は、パソコンから顔を上げると注意した。


「パスワードの解読が終わりました」

 

 真浦が、東元から借りた


ノート型パソコンをデスクの上に置くと告げた。


「それで、パスワードは何だったんだ? 」

 

 今川は、東元から借りた


ノート型パソコンを起動させると訊ねた。


「その前に、何か、言うべきことがあるのではないですか? 」

 

 真浦が、つっけんどんな態度で訊ねた。


「ありがとう。助かったよ」

 

 今川が言った。


「そういうことではなくて、いったい、


どういうつもりなのかと訊いているんです」

 

 真浦が声を荒げた。


「それで、ケンカを売っているつもりか? 」

 

 今川が言った。


「このパソコンは、先日、お亡くなりになられた


ロボットクリエーターの石川六右衛門氏の私物ですよね?  


どのようにして、手に入れたのか教えていただけますか? 」

 

 真浦が言い迫った。


「テクノロイズムの東元さんから預かったんだよ」

 

 今川が答えた。


「内容が内容でしたので、確認させていただきました。


これを知って、どうなさるおつもりですか? 」

 

 真浦が訊ねた。


「どうするかだって? 頼まれた件を処理しただけだよ」


 今川が答えた。


「そうですか。私はてっきり、


社長がまた、めんどうなことに


巻き込まれているのではないかと思い心配しました。


これを知っても、悪いことは何も起こりませんね? 」

 

 真浦が言った。


「そんなことより、早く、パスワードを教えろよ」

 

 今川が言った。


「UFO2011です」

 

 真浦が告げた。


「UFO2011でいいんだな? 」

 

 今川は、パスワードを入力してファイルを開いた。


中身は、5年前に廃刊した週刊誌のアーカイブ記事だった。


【2011年3月12日。


日本の最東端に位置する南鳥島に、


隕石が落下したとの目撃情報があった。


南鳥島を調査した日本の研究チームは、


隕石が落下したと思われる巨大な穴の中から、


地球上には存在しない物質でつくられた飛行体を発見した。


研究チームを率いていたT大学教授の真鍋幸喜氏は、


この謎の飛行機は、


UFOの可能性があると、記者会見上で発表した】


「記事に登場した真鍋幸喜は、


先日、当社宛てに出演したニュースの収録テープを送って来た


株式会社ユニバーサルバイオシンクタンクの研究員、


真鍋晃子の父親です。


UFOが、南鳥島に墜落したというニュースは、


東日本大震災で日本中が混乱していたこともあり、


さほど、話題にはなりませんでした。


しかし、後に、真鍋氏は、発言を撤回して大学を去っています」

 

 真浦が補足説明した。


「それにしても、なぜ、石川氏は、


昔の記事をパソコンに保存していたんだろう? 」

 

 今川が質問を投げかけた。


「UFOに興味があったのではないですか‥‥ ? 


それ以外、考えられません」

 

 真浦がきっぱりと言った。


 今川は考え込んだ。次の瞬間、パソコンの画面が切り替わった。


「何がどうなっている? 


何もしていないのに、Webニュースがはじまった! 」

 

 今川は、Webニュースの画面を


何とかして消そうとしてやみくもに、


キーをたたきまくったが、止めることは出来ない。


「これって、新手のハッカーの仕業ではないですか? 」

  

 真浦が冷静に言った。


【Deep・Seaニュースの時間です。


MCのMr.シャークです。フォロワーのみなさま、こんにちわ】

 

 サメの顔のマスクをかぶった謎の人物があいさつした。


【それでは、最初のニュースです。


フランス特派員のムッシュアンコウ、応答願います】

 

Mr.シャークの呼びかけと同時に、暗闇の画像に切り替わった。


【ボンジュール。ムッシュアンコウです】

 

 暗闇から、くぐもったロボットの音声が聞こえた。


【ムッシュアンコウ。君の姿が見えないが、


放送事故でも発生したのかい? 】

 

 Mr.シャークが呼びかけると、


次の瞬間、ほのかな灯りに照らされて、


アンコウの顔のマスクをかぶった


小太りな人物の上半身が浮かび上がった。


【現在、僕は、地下にあるシェルターの中にいる。


実は、3日前、国内の原子力機関が、サイバー攻撃を受けて、


内部コンピュータシステムが破壊される事故が発生したんだ。


放射能もれの危険があることから、


周辺地域に外出禁止令が出された。


先月、原子力発電所の


コンピュータシステムがマルウェアに感染して


停電したばかりだというのに、


今回も、復旧作業には時間がかかりそうだ】

 

 ノイズがかった音声が、停電で混乱している様子を感じさせた。


【それは大変だね。何か、手伝えることはあるかい? 】


  Mr.シャークが訊ねた。


【とにかく、仲間の安否が知りたい。


連絡を取りたいのだが、


回線が混雑していてつながらずに困っている】

 

 かなり電波が悪いらしく、音声は、途切れ途切れに聞こえた。


【ムッシュアンコウのお仲間さん。


この回線は有効ですので、


もし、ムッシュアンコウにメッセージがあれば、


番組のアカウントにアクセスしてください】


 Mr.シャークの呼びかけに答えて、


画面の上下には、送られて来たツイッターが順次に流れ出した。


【たくさんのメッセージありがとう】

 

 この音声を最後に、ムッシュアンコウの応答が遮断された。


【1日も早い復旧を願います。


気を取り直して、次のニュースです。


温暖化の影響により、


世界各地で異常気象が発生している模様です。


それでは、世界各地の被害の様子をご覧ください】

 

 Mr.シャークの音声にあわせて、


世界各地の映像が映し出された。


【イギリスでは、先週降った酸性雨により、


各地で、森林の木々が一斉に


枯れるという現象が発生しています。


森林破壊による大気中の


二酸化炭素が増えることが懸念されます。


 酸性雨の被害は、イギリスだけではございません。


世界各地から酸性雨の被害が報告されています。


日本の西郷隆盛像をはじめ、


アメリカ合衆国の自由の女神、


スペインのドンキホーテの銅像、


フランスのジャンヌダルク像の胴体が溶け出して、


今にも崩落しそうです】

 

 銅像の中には、ほぼ原型を留めていない銅像もあり、


銅像の前で、泣き崩れる人や


卒倒する人たちの映像が相次いで流される中、


各地で、混乱が生じているようだった。


【世界各地を襲う酸性雨は、温暖化の影響ではないか】


【まるで、SF映画みたいな光景ですね】


【まさに、この世の終わりを表している】


【ニューヨーカーたちが、


事態の早期収拾を訴えるデモ行進をしている】

 

 画面の上下に、


フォロワーたちのツイッターがランダムに流れた。


【こちらは、世界から寄せられた世にも奇妙な映像です。


以前から、中国では、自動車や工場の排気ガスによる


大気汚染が問題になっていましたが、


ついに、中国政府は、


都市に暮らす国民を農村へ一時避難させた上で、


大規模な汚染空気駆除を開始した模様です】

 

 ガスマスクをつけて防御服を着た作業員たちが、


大きな掃除機の形をした機械を担いで、


街中を歩いている映像が映し出された。


【中東においても、深刻な大気汚染が発生しています。


干ばつの影響により、大地が乾き砂嵐が発生したと思われます。


40度を超える高温状態が続く稀に見ぬ異常事態です】

 

 乾いた大地に横たわる


やせ細った家畜の映像が数秒間流れた。


【近年、インドでは、気温の上昇により、


各地で熱風が発生しており、降水量が減少しています。


最近では、夏の雨が少なかったことから、


海水面が上昇して、


モアイ像が海底に沈んだということがありました。


また、パキスタン、バングラデシュ。


フィリピンで相次いで、嵐や洪水が発生しています。


これらはすべて、気候変動の影響と思われます】

 

 今川は、Mr.シャークの背格好が、


誰かに似ている気がしたが、なぜか思い出せなかった。


【今、入ったニュースです。


数分前、小笠原諸島沖の海底において、


メタンガスと思われる水中爆発が発生した模様です。


幸い、周辺には、船舶や人の姿は見えず、


大きな被害はなかったものと思われます】

 

どうやって撮影したのか、


まさに、メタンガスが爆発した瞬間の映像が流れた。


そのド迫力に、今川は驚いてそり返った。


「このwebニュースの内容が本当ならば、


世界中で温暖化の影響による


気候変動が起きているということですよね? 」

 

 真浦の声に、今川は我に返った。


「何にせよ、違法電波により


放送されていることには変わりない。


通報するぞ」

 

 今川は、【Deep・Seaニュース】を


内閣府のサイバーセキュリティ事務局に通報した。


「無駄な抵抗だと思いますよ。


何せ、足がつかないよう海外の回線をいくつも経由していますから、


出所をつきとめた時には、逃げられているのがオチです」

 

 真浦が冷めた口調で言った。


【Deep・Seaニュース】が伝えた情報は、


フェイクニュースではなかった。


本当に、小笠原諸島沖の海底を震源地とする


マグニチュード5の地震が周辺地域で発生していたのだった。


「東元智哉氏からお電話です」

 

 スマートフォンに内蔵されているSiriが着信を告げた。


「もしもし」

 

 今川は、スマートフォンに向かって告げた。


その直後、電話がつながった。


「もしもし、東元です」


「ちょうど良かった。今、連絡しようと思っていたところです。


突然ですが、東元さんは、


石川氏から、UFOの墜落事故もしくは、


真鍋晃子というバイオミメティクス研究者について、


何か聞いていませんか? 」


「いいえ。何も聞いていません。何か見つかったのですか? 」


「フォルダーの中に、UFOの墜落事故に関する


アーカイブ記事が入っていました。


偶然なのですが、この記事に登場する真鍋幸喜氏が、


先日、知り合った真鍋晃子という


バイオミメティクス研究者の父親でして。


内容をメールで送りますので、確認願います」

 

 今川は、そう言うとメールを送信した。


「お手数おかけしてすみません」

 

 東元の声は元気がなかった。


「お忙しいとは思いますが、体調に変化はありませんか? 」

 

 今川が訊ねた。


「大丈夫です。ではまた」

 

 東元が、静かに電話を切った。



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