2.イニシアチブ
会社に戻ると、スタッフたちが、磯屋の周りに集まっていた。
「おい、何を集まって話している? 」
今川が、入り口付近にいた真浦を捉まえると訊ねた。
「私も今、戻ったばかりなので‥‥ 」
真浦はそう答えると、自分の席に着いた。
「社長。ユニバーサルバイオシンクタンクという
会社から小包が送られて来ました」
磯屋が、今川を見つけると手招きした。
「初めて聞く社名だ。どんな会社かわかるか? 」
今川が、真浦に訊ねた。
「ユニバーサルバイオシンクタンクは、
バイオミメティクスと呼ばれる動物や
植物の行動や生態の研究と開発を行っている製薬会社です。
近年は、宇宙開発事業を展開して
一部上場企業の仲間入りを果たしました」
真浦が、パソコンから顔を上げると答えた。
「これ、サードアイの収録テープじゃないですか?
自分は、このニュース番組が好きで、
毎週欠かさず観ています。せっかくですから観ましょうよ」
磯屋が、小包の中身を開け出した。
添え状がないため、中身を確認するしかないようだ。
「真浦、頼む」
今川は、サードアイの収録テープを真浦に手渡した。
それから数秒後、オフィスの一角の壁にかけたスクリーンに、
サードアイの映像が映し出された。
「みなさま、こんばんわ。本日は、スペシャルゲストをお招きしました」
男性アナウンサーがあいさつをした。
「最初のゲストは、
国際弁護士で、フリーライターの大内望月さんです」
女性アナウンサーがゲストを紹介した。
男性アナウンサーや女性アナウンサーと並んで座るゲストの顔に、
今川は見覚えがあった。
ジムの前で声をかけて来たUFOおじさんこと、大内望月だった。
「あ、このヒト。さっき、ジムの前で会った人だ! 」
今川は思わず、声を上げた。
見知らぬ会社から送られて来た収録テープに、
あやしい人物が登場するとは、何かの呪いか?
「大内氏の本業は、弁護士ですが、
最近では、宇宙作家クラブに籍を置く
フリーライターとして活動の幅を広げています。
大内弁護士に会ったなんて、社長、ラッキーじゃないですか」
磯屋が興奮気味に言った。
「宇宙作家ね。
それで、UFO柄の派手なシャツを着ていたわけか‥‥ 」
今川が苦笑いして言った。
「今回は着ていませんが、以前、
UFOの特番に呼ばれた時は着ていました。
何でも、自らプロデュースしたTシャツだとか。
商売上手ですよね」
磯屋がにこにこしながら言った。
磯屋の話では、大内は、
自らデザインしたUFOや宇宙人の絵柄のついた
Tシャツやマグカップなどオリジナルグッズを
イベント会場やネットで販売しているという。
売れ行きは好調で、サイドビジネスとして成功しているらしい。
「UFOマニアが、介護ロボットの弁護をやろうとしているとは聞いてあきれるぜ」
今川がつぶやいた。
だいたい、
ロボットを守る会というネーミングがふざけている。
UFOや宇宙人のグッズを自ら、デザインして商売しているぐらいだ。
介護ロボットの弁護も、話題作りのひとつに引き受けたのかもしれない。
「2月5日の深夜。
日本初の自律型ヒューマノイド支援ロボットを配置した
総合病院を全国に展開したことで知られる
大手企業「テクノロイズム」のチーフロボットクリエーター、
石川六右衛門氏が、自宅の寝室で倒れているところを
テクノロイズム社長の秘書により発見されました。
発見された時、石川氏はひとりで自宅にいたことがわかっており、
外部から、何者かが侵入した形跡はなく、
遺体には、なんら外傷が見られないことから、警察は、病死と判断しました」
石川氏 の自宅前にいる男性記者が伝え終えた直後、
画面が、スタジオに切り替わった。
「ところで、僕が、スタジオに招かれた理由を
そろそろ、教えていただけませんか? 」
どこからともなく、効果音が響いて、大内の顔が、アップになった。
【2月5日の夜、地元の若者のグループが、
石川氏の自宅近くの公園に集まっていたところ、
突然、頭上に稲妻のような閃光が走り、
次の瞬間、巨大な円盤が出現したとツイートして話題になっています。
警視庁による記者会見では、
石川氏の死因は病死と発表されましたが、
オカルトサイトの掲示板をはじめ、
ネット住民の間では、
地球外生命体による暗殺説が広まりお祭り騒ぎです。
この騒動について、宇宙作家の立場から見解をお聞かせください】
男性アナウンサーが
原稿を読み上げるのとほぼ同時に、
インタビューに答える若者の姿が、背後のスクリーンに映し出された。
インタビューに応じた若者の顔には、
モザイクがかけられて音声も変えられており、
フェイクニュースぽい演出になっていた。
「石川氏は、日本の伝統工芸の技術を
最先端のロボット工学と融合させた第一人者であったからでしょうか、
石川氏の行く先々には、
必ずと言っていいほど、UFOの目撃情報があります」
大内が身を乗り出して告げた。
今川は、いくらなんでも、UFOと結びつけるのは強引だと思った。
「石川氏は、非科学的な物事は一切信じない
リアリストだったはずですが、UFOの出現率が高いというのは、
いったい、どういうわけだとお考えですか? 」
男性アナウンサーが、大内に質問を投げかけた。
今川はふいに、磯屋の方を見た。
磯屋は、夢中になって画面を見つめていた。
「UFOは、信じていない人間の前には姿を現しません。
存在が認められなければ、メッセージを送っても届かないからです。
石川氏は、信じていないと表向きでは言いながらも、
心のどこかで存在を認めていたのではないでしょうか? 」
大内が真顔で答えた。
今川は、この手の話題には否定的だが、磯屋は興味があるようだ。
「石川氏は生前、我が国が、
各種の産業用ロボットや人形ロボット分野における
世界的な先進国になったのは、江戸のからくり人形。
いわゆる、江戸時代のロボット技術があったからこそだと主張して、
人間とロボットとの共存社会の実現を目指されておられました。
石川氏の尊い志と石川氏が持っていた高度な技術は、
医療現場に留まらず、ホテル、オフィスなど
様々な職種における現場の人手不足の解消に貢献しました」
ここにきて、男性アナウンサーが、
石川氏のエピソードを紹介した。
「大内さんにお伺いします。
また1人、偉大なロボットクリエーターを失くしたことにより、
我が国のロボット産業は後退すると思われますか? 」
女性アナウンサーが、
大内にするどい質問を投げかけた。
「いいえ。僕は、そうは思いません。
なぜって? 石川氏には、弟子がいたそうですから、
おそらく、その弟子が、石川氏の意志を
継いで行くのではないかと思うからです」
大内が、神妙な面持ちで答えた。
スーツ姿のせいか、いっぱしのコメンテーターに見えた。
「速報です。国家宇宙開発プロジェクトチームが、
国内の民間企業に開発を委託していた
宇宙資源獲得の実現化に向けて、
宇宙実験を実施することを発表しました」
速報が画面上に流れた瞬間、
男性アナウンサーが、
差し込まれた原稿を読み上げた。
【レアメタルは、現代のテクノロジー社会には欠かせない
三種の神器といわれておりますが、
海底に豊富に眠っていたはずの国産のレアメタルが、
海底資源のゴールドラッシュや日本近海に頻繁に出没している
海賊による乱獲の影響を受けて、満足な量が採れなくなって来ています。
日本にはレアメタルの鉱脈がないことから、
このままでは、輸入に99%依存していた時代に逆戻りすることになります。
すでに、ペルセウス座星団の外側に
大量のレアメタルが存在することがわかっています。
先進諸国が、競い合うようにして
月や火星に向けて続々と探査機や人工衛星を宇宙へ飛ばしたのは、
近い将来、人類が、
月や火星に移住する可能性を探る研究に
使用する映像やサンプルを持ち帰るためでした】
【宇宙には、宇宙線と呼ばれる放射線が無数に広がっています。
地磁気の逆転が起きると、宇宙線が地上に降り注ぎ、
電気系統が一斉にショートするだけでなく、被曝のリスクが高まります】
突然、スタジオ内が暗くなり、
ナレーションつきの宇宙映像が流れ出した。
【宇宙飛行士は、宇宙線から身を守るため宇宙服をかならず着用しますが、
地球上にいるよりも被曝のリスクが高くなることから、
長時間、宇宙空間で作業を行うことは危険です。
人間の宇宙活動を支援代行する
宇宙ロボットが活用されていますが、
地球から遠隔操作により
作動する仕組みになっていることから、
目標物だけをピンポイントで捕獲し回収するためには
高度な技術が必要になり、失敗することも少なくありませんでした。
また、放射線に強いCPUは、
開発に時間やコストがかかることから、
市販のコンピュータに比べて、
1、2世紀おくれており、保守的な設計になっていることから、
間違いを起こす危険性さえありました。
このことから、長時間、宇宙線にさらされた状態では、
たとえ、ロボットであっても
持続的な正常運転はむずかしいといわれています。
したがって、宇宙で活動するロボットには、
自律的かつ協調的な行動を行う「自律ロボット」が求められます。
宇宙法により、宇宙空間にある資源を
国家が独占することが禁じられていましたが、
近年、宇宙産業の拡大を求める声が高まったことから、
先進国を中心に宇宙開発やビジネスに関する法整備が進んでいます】
「法整備に併せて、宇宙科学省は、宇宙開発や宇宙ビジネスを手掛ける
優良な民間企業を国の宇宙開発プロジェクトに、参加させることを表明しました。
現在、国内の大手企業数社が名乗りを挙げていますが、
本日は、その中でも、最有力候補とされている
株式会社ユニバーサルバイオシンクタンク研究チーム主任の
真鍋晃子さんをスタジオにお招きしました」
女性アナウンサーがゲストを紹介すると、
ボーイッシュなショートカットに、
白衣を風になびかせたキャリアウーマン風の長身の女性が、
スタジオに入ると、大内の隣の席に腰をおろした。
【さっそくですが、真鍋主任率いる研究チームが現在、
取り組まれている研究内容をお聞かせください】
女性アナウンサーが、真鍋の方に向き直ると告げた。
「弊社研究チームは、バイオミメティクス技術を応用した
製品の開発に取り組んでおります。
バイオミメティクス技術について簡単に説明しますと、
昆虫や草花などの特徴的な性質や構造を活かした
機能を製品に取り入れた技術のことです」
真鍋が答えた。
「その昔、国内企業が開発した
ヤモリの足の粘着力を模した最先端テープの
分析用粘着テープが話題になりましたが、
バイオミメティクス技術を応用した製品というのは、
分析用粘着テープと同じようなものでしょうか? 」
男性アナウンサーが、真鍋に訊ねた。
「おっしゃる通りです。弊社研究チームはまた、
地球上に存在する微生物の生態についての研究にも取り組んでおります」
真鍋が答えた。
「古来より、さまざまな微生物が我々の身近な場所に生息していますが、
真鍋主任率いる研究チームでは、
どのような種類の微生物を研究されているのですか? 」
女性アナウンサーが、
地球上に存在すると言われる
微生物の種類と分布図のパネルを出して質問した。
「そうですね。微生物の中には、
酸素の乏しい湖や沼の底を好んで生息している
「磁性細菌」と呼ばれる微生物がいます。
磁性細菌は、体内に鉄イオンを取り込む性質があることから、
磁石と同じ作用があります。
これまで、その特性は、環境中の有害汚染物質を除去する
環境浄化システム、バイオレメデイエーション)
レアメタルをはじめとする貴金属のイオンが
溶けている工業廃水の中からレアメタルだけを回収する、
メタルバイオテクノロジーガンの治療、遺伝子治療への応用、
ドラックデリバリーシステムで活用されています」
真鍋が流ちょうに説明した。
今川は、手元に用意された原稿に目もくれず、
カメラ目線で説明する姿に感心した。
「つまり、磁性細菌の性質や構造にも着目なさっているというわけですね」
男性アナウンサーが言った。
「さようです」
真鍋が返事した。
「本日は、お忙しい中、
スタジオにお越しいただきありがとうございました」
女性アナウンサーが、真鍋に退席をうながした。
「宇宙開発と言えば、忘れてはならないのが、
宇宙開発に関心を持ち取材を行う同人クリエィター集団です。
大内氏は、宇宙作家クラブの中心メンバーとして、
世界各地を取材してまわっています」
女性アナウンサーが強引に話題を変えた。
軽快な音楽と共に、大内の顔が、アップで映し出された。
「そう遠くない未来、人類は、
バビタブルゾーンにある生命が存在するといわれる
K452bという星に到達するでしょう。
くわしい話は、全国の書店にて絶賛発売中のこの本をお読みください」
大内が新刊を紹介した。
新刊の帯には、UFOの特集番組でおなじみの
オカルト雑誌編集長の顔が出ていた。
今川は、自分には縁のない本だと思った。
「内容を少しだけ紹介していただけますか? 」
女性アナウンサーが、大内に訊ねた。
「一昨年の本屋大賞にノミネートされた月の船の続編です。
前回は、月にある地下空洞に似た地下洞が、
地球上にも存在するという説を紹介しましたが、
今回は、宇宙ビジネスに関する新情報と共に
地球人が、宇宙へ移住する可能性の検証を行いました」
大内が答えた。
「ただいま、ご紹介しました大内望月著書、
天の船~選ばれし者たちを抽選で、5名の方にプレゼントいたします。
ハガキまたはHPからご応募ください。
消印は、来週の火曜日まで有効とさせていただきます。
それでは次の話題に移りましょう。」
女性アナウンサーが話し終えるや否や、突然、映像が消えた。
「大内弁護士が、このタイミングで、
社長に声をかけたのは、単なる偶然ですかね? 」
磯屋が言った。
「偶然に決まっているさ。そんなことより、
製薬会社が、弊社にアプローチしてくるとは、
弊社にとって、転機になるかもしれない」
今川が言った。
ちょうど、事業展開を考えていたところだ。
異分野の企業が、興味を示して来たということは、
ゼウスニアは、
単なるロボットメーカーに留まらず、需要がまだ他にあるということになる。
「社長。これって、美魔女から、社長へのアピールじゃないですか? 」
磯屋が言った。
「おまえは、そもそも、着眼点が間違っている。
彼女は、自分たちが研究している内容をわかりやすく説明するために、
自らが出演したTV番組の収録テープを送って来たんだ。
人間として興味を示したわけではなく、あくまでもビジネスのためだ」
今川が咳払いすると言った。
「冗談ですよ。どうぞ、聞き流してください」
磯屋が苦笑いして言った。
「とりあえず、先方には観たと返事しておけ。
国の事業に携わっているようだし、何かの役に立つかもしれない」
今川が告げた。




