12. 佐目教授
翌日の夕方。
佐目教授がひょっこり、オフィスを訪ねて来た。
今川は、メールを読んで駆けつけたのだと思い、社長室へ通した。
「たまには外で、食事でもどうだい? 」
ところが、佐目教授の思惑は別にあったようで、外食に誘われた。
「社長。行ってらしてください。
今日は、直帰にされてはいかがですか? 」
磯屋が気をきかせて行った。
「悪いけど、そうさせてもらうよ」
今川はそう言うと、佐目教授について行った。
「僕の行きつけで良いかい? 」
佐目教授が訊ねた。
「はい、ぜひ」
今川が答えた。
佐目教授のいきつけの店は、
石川氏の自宅からほど近い民家を改造した隠れ家レストランだった。
「いらっしゃいませ」
小柄で優しそうなオーナーが自ら迎え出た。
フランス人シェフとその夫人のオーナーの2人三脚で、
店を切り盛りしている。そのため、
店を開けるのは、月曜から金曜の午後18時から24時。
1日4件の予約制だという。
「ここなら、落ち着いて話が出来るだろう」
席に着くなり、佐目教授が言った。
1組ずつ席が、カーテンで仕切られているため
プライベートが守られる。そのせいか、
お忍びで訪れる著名人が、あとを絶たないらしい。
仕事以外興味なさそうな佐目教授が、小洒落た店を知っているのは意外だった。
「あの。メール読んで頂けましたか? 」
今川は、グラスの水を一気飲みすると訊ねた。
「あの件なら、社長の君が、ジャッジすることだ。僕は、君に従うさ」
佐目教授が穏やかに答えた。
「そうですか。では、よろしくお願いします」
今川は頭を下げた。
「おいおい、やめてくれよ。
社長が、頭を下げてどうするんだい? 」
佐目教授が苦笑いすると言った。
「石川氏とも、よく、こちらへいらしていたのですか? 」
今川が訊ねた。
「うん。実は、ここを紹介したのは、あの人なんだ。
君の顔に、僕が、こんな店知っているのは意外だと書いてあるよ」
佐目教授が、ワイングラスを片手に言った。
「つかぬことを聞いても、よろしいですか? 」
今川が上目遣いで訊ねた。
「なんなりと」
佐目教授が答えた。
「石川氏が、弥勒ボートと
つながりがあったことはご存じでしたか? 」
「なんのことだい? 」
今川は、佐目教授が、目をそらしたのを見逃さなかった。
その時、ディナーが、テーブルに運ばれて来た。
「もう何もかも聞いて知っているかい?
君は、僕や石川氏との出会いは
偶然だと信じているが実は違う。
最初から、仕組まれていたことだ。
君に、どうしても真実を告げなければならない事態になったのだ」
「それは、石川氏の死と関係ありますか? 」
「聞いたと思うが、あの人は、Dr.ナイジェルの手から、
君たちを守るために、弥勒ボートとの関係を断ち切ろうとした。
しかし、弥勒ボートの背後にいる存在は、
石川氏の離脱を認めなかった。
ところで、君たちを逃そうとした際、
運転手を務めたのが、
真鍋晃子の父親だったことは聞いたかい? 」
佐目教授が神妙な面持ちで訊ねた。
「そうなんですか? 」
「晃子はそこまで、知らなかったようだな」
「真鍋さんは、純粋に、
教授の才能をかっているのだと思います」
「わかっている。あの子は、
僕の研究室によく出入りしておったからな。
あの子の父親とは、無二の親友だった。
あんなことがなければ、今ごろ、
あの子の父親は、名誉教授にでもなっていただろう。
キャリアを棒に振って
海外へ逃れた後、孤独死したらしい。
墓の場所がわかったら、墓参りに行くつもりだ」
佐目教授が、窓の外に視線をずらすと言った。
「今でも、自分が、他人と違うなんて信じられません。
私を産んだという女性に会いましたが、
特別な感じはしませんでした。
使命を持って実験に挑んだ参加者は、
真鍋さんしかいないのではないでしょうか?
本当ならば、私たちは存在しなかったかもしれない。
そう考えると、頭が混乱します」
今川は、胸の内を打ち明けた。
父親代わりの佐目教授ならば、本音で話すことが出来る。
「真実を知ったからと言って、
築き上げてきたすべてが変わるわけではないと思うよ。
君らしく生きれば良いんだ。
皆、何だかしらの使命を持って
生まれて来るのだと僕は思う」
佐目教授が言った。
「教授の使命は何ですか? 」
「僕のかい? 」
「はい。教えてください」
「僕の場合は、ただのロボットオタクさ。
度が過ぎて、一生の仕事になっただけさ」
佐目教授がにやりと笑ってみせた。
「教授らしいですね」
今川が言った。
「君はどうなんだい? 大きな夢とかないのかい? 」
佐目教授がふいに訊ねた。
「そうですね。火星をこの目で見てみたいですね」
今川が答えた。
「そっか。まるで、少年みたいな夢だけど、
そこが、君の良いところかもしれないね。
石川氏が、自律型ヒューマン支援ロボットを
配置した総合病院を全国展開させる
プロジェクトに参加したきっかけを知っているかい? 」
佐目教授が訊ねた。
「はい。医療系雑誌のインタビュー記事を読みました。
2019年~2021年ころに、新型コロナウィルスが、
世界中で猛威を振るった時、
医療崩壊を目の当たりにしたそうです。
院内クラスター防止や医療従事者の生命を守るためには、
人間に代わり、
新型ウィルス陽性患者のケアに携わる存在の必要性を
強く感じたことがきっかけだったと答えておられました」
今川が身を乗り出すと言った。
「かつて、この国のトップは、未知のウィルスと共存する道を選んだ。
しかし、現実は、共存とはほど遠かった。
結果的に、我々人類は、未知のウィルスに翻弄されたにすぎない。
今、考えると、共存ではなく、
闘うという姿勢の方が、正しかったのではないかと思う」
佐目教授が神妙な面持ちで語った。
「石川氏の本当の死因は、
宇宙線ウィルスの感染症によるものだったそうですよ。
宇宙線というのは、本来、地球の磁場にあって、
太陽風が、宇宙線が、地球に降り注ぐのを防いでいる。
以前から、専門家が警鐘を鳴らしてきた
太陽活動の停滞がはじまっているのかもしれませんね」
今川が何気なく言った。
「宇宙線ウィルスによる感染症? 誰が、そんなことを言ったんだい?
たぶん、それは、石川氏のことをよく知らない人間の妄想だよ。
あまり知られていないが、テクノロイズムは、
レアアースによる環境汚染問題に取り組んでいるのだよ。
その一環で、石川氏は度々調査のため、
海外にあるレアアースの製錬工場や採掘現場を視察していた。
これは、あくまでも、僕の想像だけど、
石川氏の死因は、被爆死ではないかと思う」
佐目教授が、今川の話を一蹴した後、
自らの見解について意見を求めた。
「なるほど。被爆死ですか‥‥ 。
修学旅行で、被爆地を訪問した際、
被爆した直後、火傷などの外傷はなかったが、
血便が続いたという被爆者が、
1年後には、内臓疾患が見つかってその後、
命を落としたという証言を読んだ記憶があります。
石川氏も、
その被爆者と同じ状態だったかもしれないと言うことですか? 」
今川は、佐目教授の話を聞いて、
石川氏の死が現実のものだと受け止められた気がした。
佐目教授の話によると、
海外のレアアース製錬工場の中には、
採掘や製錬で生じる廃棄物の管理や
処理がずさんな所があって、
廃棄物を工場の外へ漏出させてしまう事故が発生して、
工場内や工場周辺地域における
放射能汚染が問題視されているらしい。
レアアースと言えば、スマートフォンやハイブリット車など
ハイテク製品には欠かせない希少金属。
その一方で、レアアースの採掘や製錬で生じる廃棄物が、
放射能物質のトリウムであることから、
廃棄物の管理や処理にはコストがかかる。
2012年、小笠原諸島の島のひとつである
南鳥島沖の海底で、レアアースが発見されたが、
採掘は、技術的に難しくコストが高くつくため、
日本政府はいったん、採掘を見送り、
レアアースはもっぱら、中国からの輸入に依存していた。
2020年、政府は、海洋研究開発機構と共同で、
自律型無人潜水機を使用して、
南鳥島沖の海底に眠るレアアースの埋蔵量を調査して、
およそ、100年分あることを確認した。
翌年、南鳥島沖の海底に眠る
レアアースを採掘する実証実験がはじまった。
すべて採掘し終えるまで、100年もの月日はかからなかった。
それというのも、採掘権を持つ他国がこぞって、
採掘に乗り出した結果、ゴールドラッシュ現象が起きたからだ。
南鳥島は一躍、「ゴールドラッシュの島」と化した。
最近、小笠原諸島沖の海底で、
メタンガスの爆発が誘発したとされる地震が発生した。
この地震は、
メタンハイドレート採掘の失敗が招いたものであるが‥‥ 。
近年、世界的に、資源採掘やダム建設などによる
人為的な要因で地震や津波と言った災害が起きたり、
環境破壊を招くケースが増加している。
テクノロイズム側の人間である東元氏が、
自社の取り組みについて知らないはずがない!
それにしても、なぜ、宇宙線ウィルスによる感染症などという
非現実的な死因を信じてしまったのだろうか?
「ゲノム編集の目的を知っているかい? 」
佐目教授が訊ねた。
「疾患の原因となる変異を修復したり、
排除したりすることですよね? 」
今川が答えた。
「Dr.ナイジェルは、国際ヒトゲノム機構から追放処分を受けて、
永久会員の身分も剥奪された。
本来の目的を忘れて、
金儲けなど私欲に利用することは許されないということだ。
僕は、未来医療には興味がないが、
もし、僕が代表だったら、あのような人間を野放しにはしない」
佐目教授がきびしい口調で言った。
「正論なことはわかります。ですが、結果的には、あの人がいなかったら、
私たちは存在しませんでした。
肩を持つ気は毛頭ありませんが、全否定も出来ません」
今川が言った。
「すまん。君たちの存在を否定する気はない。
誤解しないでくれ。この話をするのは今日でやめにしよう」
佐目教授が言った。




