侍従曰く、根性で堪えたらしい。
すいません、ちょっとデリケートな話題がでます。閲覧注意の上、お読みください。
皆さまお久しぶりです。アルマ・ジロールです。相変わらずアルゼンチンとかにいそうな動物名ですけど、そこは気にしないで欲しい。だって、偶然なんだもん。
え?よくわからない?仕方ないなぁー。某名探偵風に
前回のあらすじを説明しよう!
私の名前は異世界転生した元美大生のメイド、アルマ・ジロール。お仕えしている我儘プーなポチャ系幼女、マリスお嬢様の婚約者が決まって、ラドラー家の家令であるパピーと一緒にオールドブラン家に書類届けに来ていた。玄関でパピーの帰りをテキトーに待っていたら、背後からとんでもない美少年がやってきたのを見て強い衝撃を受ける。
これは描かねばと前世の美大生の魂が奮い立ち、気がついたら美少年に土下座をしていた!
なんとその美少年こそ、マリスお嬢様の婚約者ミハイル・エドワルド・オールドブラン小公子だったのである。
これは、お嬢様に絶対必要な絵になると確信して、なんとかOKを貰い、実力試しでその場でミハイル坊ちゃんの絵を描くことに…貰った時間は僅か30分、果たして描ききることはできるのか?
アルマ、あんたなら描き切れるわ!自分を信じて!
次回、パピー激おこ。イーゼルスタンバイ!
………途中から別のアニメネタになったけど、まっ良いか。 そんな感じで、ミハイル坊ちゃんを即興で描いた絵が気に入られて、正式に描くことが決まりました。
それと同時に前々から描いていた細くて美しいお姫様が出てくる紙芝居が出来上がり、お嬢様の反応は上々。美しいお姫様の印象をインプットするのはとても簡単だった。女の子は綺麗なものが好きな子多いが、うちのお嬢様もそのタイプだった。
え、私?私もそうだけど?
………なんか、皆さん私のこと絶対普通じゃないとか思ってない?普通だけど?めっちゃ普通よ?
…まぁ、それは置いておくとして、既に紙芝居や絵本のお姫様が着ていたドレスが気になっているようだし…ふっ計画通り。
お嬢様の美意識改革は順調かな。
実は、最近定期検診にいらっしゃるお医者様に、お嬢様の体重の管理をすべきだって打診されているんだよね。過度なカロリーや偏った食生活は幼い臓器に負担をかけるとか…なんとか?
お医者に言われちゃ、ここは私が心を鬼にするしか無いじゃない。正面切って痩せろとか立場的に言えないし、うちの両親はお嬢様に甘々だから絶対反対するし、搦手で行くしか無いんだよねぇ。
ダイエットって自分の意思が肝心だから、目標を作くらないと。そのためには現実をぶつけるしかない。仕込みは上々。
あとは起爆剤だけだ。
女の子って好きなものや、憧れている人の前だと少しでも綺麗に見られたいじゃない?イケメンなら尚更じゃん。
もうね、ミハイル坊ちゃんはまさに理想的な王子様だったからねぇ。久しぶりに無茶したよ。ちょい肝が冷えたね!アハハ!
おかげで父には怒られるし、母にはゲンコツされるし、奥様を泣かれるし、領地にいるご主人様や若様達にも心配されるし…公爵家か帰ってきたら色々と大変だった。まあ、公爵家の方々が気さくで良い方々だったから良かったものの、普通なら鞭打ちとか下手したら不敬罪で牢屋送りになっていたからね。
今日はお嬢様に見せる用と、ミハイル坊ちゃんにお納め用の油絵が描き終わり、油が乾燥したので公爵家にパピー…げふん、ウチの父と絵を届けにやってきていた。
「こんにちは、ようこそおいでくださいました。奥様と若君様がお待ちです」
応対してくれたのは美少年、ミハイル坊ちゃんのおつきの人だった。こちらも大変なイケメンさんで、なんて言うか、クール系美青年。声も好み。
ミハイル坊ちゃんと並ぶと、薄い本を描くのが捗りそうなイケメン登場に、私は思わずスカートの裾を握る。この人も描いてみたい。何故なら従僕服がめちゃくちゃ似合っているし、スタイルも良いから。
「紹介が遅れました。ミハイル様の側付きのロイド・キニェンと申します。本日はよろしくお願いします」
普通に舌噛みそうな苗字だな。私はそんな苗字は嫌だけど。
今回、若君様を描いた絵を持参してきた。サイズはF30号。まあまあの大きさだ。因みにお嬢様に見せる用ミハイル様の絵はF20号と公爵家より一回り小さい。
因みにキャンバスでも色々サイズがある。
F30号は人物・静物向け。サイズは91.0 × 72.7 cm
P30号は風景画向け91.0 × 65.2 cm
M30号は海景向け。91.0 × 60.6 cm
こんな感じで同じ30号でも微妙に違うのである。因みに美大では約畳2枚分の100号キャンパスを5ヶ月で描くと言う苦行がある場所もある。私の通っていた美大がまさにそれ。卒業年度末の評価がそれで決まるので地獄だったが?
ちなみに卒業制作で150号描いていた先輩は目が死んでいたな。
そして、自宅のアパートに置けなくて実家に送っては母ちゃんには絵が邪魔と言われるのが通常だった。ごめんね!
それを考えると、30号は小さく感じると思うでしょう?私も最初はそう思ったけど、そうじゃないんだよね。
私の場合、サイズによっては構図を工夫しないと収まらないし、小さなキャンバスは飾りやすいからその分気を使う。前世の友人には「性格がパッパラパーの癖に、絵が繊細でウケるw」と良く笑われた。うるせーやい。
とくに日本画や油絵は工程が個人差があるが面倒な絵である。日本画はわかりやすく言うと、岩絵具と言う粉末状態の絵の具を膠と言う臭い接着剤に入れて、紙に絵の具をくっつける感じかな。ざっくりな説明で悪いけどその作業工程は先生によって秘伝らしく、絵の具を作るところから始まるらしい。何というか伝統技法のクセ強な印象がある。
油絵は逆に画材がカスタマイズしやすい絵とも言える。それぐらい絵筆や絵の具、油の種類も多い。先生の拘りも違うし、自分に合った道具の使い方を模索しなくちゃいけない。自由だが逆に不自由な一面もある。それが油絵であると私は思っている。
水彩画は水を使って絵の具をのばすけど、油絵は文字通り油を使う。ただ、その油でも特色がある。
水彩画と違って、油絵は乾くのが時間がかかる。何故なら油は水と違って蒸発しないから。だから大体、乾くのに1週間ぐらいかかるかな。だけど絵の具を溶かす油によってこれまた違うんだ。
例えばリンシードオイルは速乾性はあるけど、時間が経つと黄ばみやすい。ポピーオイルは乾きは遅いけど、白さを保つ。ポピーオイルと同じ性能のサフラワーオイルもあるんだけど…コレも乾くのが遅い。
揮発性油の松脂が原料のテレピンはあっても、石油由来のペトロールはのこの国にはないみたいだし、これら乾性油と揮発性油を良い塩梅で調合したペインティングオイルがあれば良いんだけど、それもないし、自分で調節するしかないじゃん?
え?魔法の呪文みたいだって?
私も最初はそう思ったわ。画材屋に行ったらわかるよ。油の種類が多くて何買えば良いか戸惑うもん。店員さんに聞いても多分ペインティングオイルをおすすめされると思う。それが無難だからね!
画材にはアロマでお馴染みのラベンダーオイルもありが、良い匂いなんだけど、高いんだよねえ。他にも、絵を乾かすのが早くなる画材でアクリルや油絵の具に混ぜて使うメデュウムもあるんだけど…ぶっちゃけ、欲しいけど使えないぃい。何故なら、この世界のメデュウムは色が濁るし、乾きもイマイチなんだもん!無理!
そんな感じで、画材屋のオッさんと悪戦苦闘をしてどうにか自分が使いやすいようにオイル選びや絵の具選び、筆選びをしたのであった。
元の世界には大体揃う材料が、この世界には無いと言うカルチャーショックをうけながら、試行錯誤して出来上がった作品を今日持って来たわけだけど、ドッキドキ。
ロイドさんに案内されて通された客間には、公爵夫人とミハイル坊ちゃんが優雅にお待ちになっていたけど、部屋の壁側にいる知らないおっさんと、チャラそうなお兄さんにめっちゃ睨まれている。
うーむ?服装からして貴族じゃないけど…どちら様だろうか。
とりあえず、睨まれてるけどどうしよう。こっちも睨み返す?
うーん、とりあえず笑っておこうと私はへらりと笑ったのであった。
※※※
ロイド・キニェンは困惑していた。
目の前の、幼い侍女がことごとく異様だったからだ。
ロイドは早くに両親を亡くし、オールドブラン家の家令である祖父のクライブ・キニェンに引き取られた。その頃、オールドブラン家では待望の嫡男ミハイルが誕生し、めでたいことが重なっていた時期だった。
祖父は家出した娘、つまりロイドの母を勘当しており、その息子であるロイドを引き取ることを最初は拒んでいたが、オールドブラン公爵夫人に、ロイドを息子のミハイルつきの侍従にしたいと打診され、渋々ロイドを引き取った。
クライブはとにかく厳格で、ロイドにとことん侍従の仕事を詰め込んだ。
側近は感情を出してはならない。主人の後ろに常に控え、家のために死に、主人のために身を粉にすると。
その虐待にも似た教育のせいで、ロイドの表情筋はぴくりと動かなくなってしまったのだ。
幸いだったのは公爵家の面々ができた人だった事だ。行き過ぎる教育をするクライブに、毎回苦言を言ってロイドを庇ってくれたり、ミハイルもロイドを粗雑にこき使わず、絶妙な距離感でロイドを側においてくれたのだ。
ロイドにとってはその距離感が何よりありがたかった。何故なら、親しすぎれば祖父が五月蝿いし、さりとて「ロイドがいないと困る」と言う空気を作ってくれるから、クライブもロイドをミハイルの側から離せない。
ミハイルは「ロイドも一緒に学びなよ。将来も僕に仕えるんでしょ。これぐらい知っておかなきゃ」と勉強を受ける機会もくれた。祖父は文字と計算ができてれば良い方だったので、最初、勉強をすることに反対していたので、まさに鶴の一声でロイドは学ぶ機会を得られたのである。
ロイドはミハイルや、優しい公爵夫妻に感謝していた。いつしか、オールドブラン家に仕えることが苦ではなく生き甲斐になり、厳しい祖父も徐々にロイドを認めるぐらい、優秀な侍従になっていた。
そんなロイドだが、今、現在進行形で困惑していた。
それはアルマ・ジロールという侍女が、自分の主人の絵を描かせ欲しいと懇願しているからだ。
なんなのこの子?と言うのが一般的な人の感性だろう。もちろん、ロイドも表情にはださないが、心の中で、アルマの度胸に思わず戸惑っていた。
(これは、若様が好きそうなハプニングだな)
終始楽しそうに、ノリノリで絵のモデルを承諾したミハイルを横目に、ロイドは懐中時計を手に嘆息する。美術院の人間でも30分で描くなど無理だ。ロイドは諦めて、家庭教師のハービス教諭の好きな茶菓子をピックアップし始めていた。
だが、ロイドが思うよりも少女は只者ではなかった。木炭のかけらとパンを手に取ると、凄まじい速度で絵を描き始めたのである。
左手でちぎったパンを軽く練り、右手でハンカチに包んだ木炭をシャリシャリと動かしている。イーゼルがないため、床で直描きしているので描きにくいはずなのに、迷いが一切ない。 時折り、指で修正しつつパンで木炭を消して…と言うか何故だろう。かなり手慣れた動きで…どうみても12、13ぐらいの小娘の動きじゃない。
いつしか騒ぎを聞きつけた公爵夫妻の姿と、見知らぬ執事服の男性が盛大に眉間に皺を寄せて、近くの侍女に説明を求めている。
「できました!」
ハッとして時計を見ればジャスト30分だった。そのことにロイドはさらに驚いてアルマをみると、可愛らしい顔に煤がついて、ちょっと間抜けな姿だった。
だが、その手の中の紙は更にロイドを驚かせた。
まさしく、それはミハイルだった。
墨の濃淡で光と影が忠実再現されており、目の輝き、動き出しそうな唇。30分で描いたにしては繊細なタッチで、それは芸術に疎いロイドでもわかる画力だった。
その絵を見た公爵夫人とミハイルは案の定、いたく気に入りアルマに油絵の具の画材まで下賜し、それで肖像画を描くよう念押ししたのである。
それから暫くして、オールドブラン家にミハイルの肖像画を描いたアルマが再びやってきていた。
(あれは、マズルール絵師と、弟子のグラス…まずいな)
ロイドがアルマを出迎えに行っている間に入室していたらしい。50代くらいの顎髭の男と、20代ぐらいの青年が長椅子に座るミハイルの背後の壁際に立ち、絵を持ってきたアルマを厳しい眼差しで睨みつけている。
この国では女の画家はいない。いや、この国だけではなくこの世界にはと言うのが正しい。基本、画業は男の職業であり、家事や育児を主体とする女性がつくことは忌避されていた。
何故なら画業は長時間拘束されるから。家事をする女性がなるもんじゃないと言うのが通説だった。
この国の画家は大体が貴族のお抱えが多い。
形態的に、お抱え絵師が歳を取ると、アーデルベルタ美術院に通う有能な学生に声をかけ、パトロン貴族に引き合わせ、プレゼンをしてその学生が美術院を卒業後に弟子として迎え、業務を引き継ぎ交代するというシステムがある。
引退した画家は陶器の絵付け師になったり、個展を開き、自分の描いた作品を個人販売できるようになる。道はそれぞれだが、売れっ子になるためには貴族のお抱え時代に知名度を上げたり、他の貴族のコネクションも形成しなければならない。それぐらい宮廷画家や貴族のお抱え画家になるのは芸術家とって重要な時期になるのだ。
そのため、アーデルベルタ美術院では定期的な展覧会が開催され、弟子を探す絵師や、肖像画を依頼したい貴族や富裕層が通っている。
壁際でアルマを睨んでいる男、エドモンド・マズルールこそ、このオールドブラン公爵家のお抱え絵師であった。その隣の青年が、エドモンドの弟子で次代のお抱え絵師となる予定のグラス・ベイロー…彼らの立場するとアルマの行為は許容できるものではなかった。
とくに弟子のグラスは去年美術院を卒業したばかりの新人で、ミハイルの肖像画は彼が最初に描くことになっていたのだ。それをポッと出の侍女見習いが描くことに納得するはずがない。
だから、絵の納品日に師弟で押しかけたのだろう。これはまだ12歳のアルマにとってプレッシャーになりうると、ロイドはアルマを見ると…アルマは笑っていた。
二人のプレッシャーをなんの、へらりと実に力が抜けた笑みを浮かべたのだ。
緊張感がない笑みにロイドは内心目を疑った。
すごい胆力である。普通の少女だったら泣き出すレベルなのに。
「良く来たわね、アルマ、フェルマー。うふふ、旦那様もアルマの絵が見たかったのだけど、視察が入ってしまって残念がっていたわ」
「恐縮でございます。娘のためにお時間を割いていただけるだけでも光栄なことなのに、画材費まで格別のご配慮いただきまして、誠にありがとうございます。主人の辺境伯からもよしなにと、こちらを」
「まあ、クラベルキツネの毛皮ね!真っ白で綺麗だこと!」
公爵夫人はアルマの父、フェルマーが持ってきた毛皮の束を素直に喜んだ。クラベルキツネは、一年中雪に覆われたクラベル山に生息するキツネで、白い体毛が貴族のご夫人方に人気の毛皮である。今から仕込めば冬にはコートにできるだろう。辺境伯から家臣の娘の無礼を詫びる品としては妥当なものである。
アルマが触りたそうにウズウズしており、父にバレないようそっと手をのばしたが、それを察した父親のフェルマーは、公爵夫人に見られないよう、後ろの手でアルマの手をはたき落とす。
なおも諦めないアルマの様子を察したらしいフェルマーはさっさとロイドにその毛皮を差し出した。
ロイドはそれを条件反射でうけとり、ハッとアルマに視線をむけると、アルマは「いいなぁ〜、触りたい〜」と言う視線で、子猫のような顔で毛皮をガン見していた。ロイドはその一部始終を見ていたせいで思わず吹き出しそうになった。
緊張感なさすぎじゃないか?すごい度胸だ。
ふつふつと湧き起こる感情に、今まで動かなかった表情筋がピクっと動く感覚がしたが、今はそれを出すのはまずい。
ロイドはひとまず、その毛皮を壁に控えていたメイドに渡すと、すぅと深呼吸をする。
「やあ、アルマ。マリス嬢は元気かな?」
「はい、お嬢様は今日も元気に過ごされ、朝からお稽古を(脱走するのを)頑張っておられました」
「そうか、僕の婚約者は頑張り屋さんなんだね」
「はい、あの、若君様。恐れながら、背後の方々は?」
「ん?ああ、紹介が遅れてすまないね。当家のお抱え絵師のマズルールと、その弟子のベイローだよ。君の描いた絵をみたいらしいよ」
「…え、あ…左様でございますか」
アルマの顔はあからさまに「こいつら暇なの?」と言わんばかりで、後ろの画家達をみている。さっきからそうだが、この侍女見習い、顔に出過ぎじゃないか?とロイドは内心ツッコみを入れたくなった。
「では早速、見せてちょうだい。ロイド、イーゼルを」
「かしこまりました」
ロイドはアルマの絵を受け取ると、部屋に用意してあったイーゼルを公爵夫人とミハイルに見えやすいように設置する。梱包されていたキャンバスを包装紙から取り出して、イーゼルに飾った絵を見てロイドは思わず息を飲んだ。
そこには鏡に写したかのようなミハイルの肖像画が鮮明に描かれていた。
あの日のミハイルと同じ服装で肌のキメまで見えるようなタッチに、一本一本緻密に描かれた髪、服の皺まで鮮明で、光の当たり方や構図も陰影も素晴らしい。
柔らかな天窓から差し込む光の中で微笑むミハイルは本当に美しく、天使のようであった。今にも絵の中で動き出しそうなリアルさ。笑い声も聞こえてきそうだ。
これを12歳の少女が描いたものとは到底思えず、目を見開きロイドは思わず二度見した。
「まぁ…」
「素敵…」
ほぅと感嘆する公爵夫人とメイド達を横に、ミハイルはニヤリと意味深に微笑んだ。
「………アルマ、君…何歳だっけ?」
「え?12歳ですが」
「ふはっ!これは傑作!君、凄いよっ」
「??」
宇宙空間にいる猫のような顔でアルマは首を傾げる。
爆笑するミハイルの意図が読めないらしいアルマの顔は実にマヌケだった。その隣にいる父のフェルマーは意味を察したのか死んだ魚の目をしている。
ロイドは思わずフェルマーに同情した。
この絵を描いた12歳の侍女見習いは、完全にお抱え絵師やその弟子より遥かに絵がうまかった。こんな絵を描く画家は宮廷画家でもいるかどうか…つまり、お抱え絵師達のプライドを完全に叩き切る実力をアルマは持っていたのである。
現代の研究された画法、色彩、さまざまな才能が集まっていた美大の学生や先生達、ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ…ゴッホにマチスにルノワール、モネやピカソなど様々な巨匠の絵や彫刻を知るアルマからすれば、極々普通なものかもしれないが、この世界では意味が違う。
技術の停滞…職人の怠慢、芸術性より金銭や効率重視した画法。それはかなり深刻なものだった。
似たような構図、似たような絵の描き方。色表現。この国のマンネリ化している画家達のうわっツラを、正面切って殴りつけたような絵に、ロイドは思わず感嘆した。
これが12歳の少女が初めて描いた油絵だと言うから尚更である。父親からすれば、アルマの実力を性別が女というだけで発揮できないことが、さぞ悔やまれることだろう。
ミハイルが笑ったのは別の意味もある。それは、高い金だけ要求するお抱え絵師達のハナを明かすことができて、大満足なのだろう。
「う、嘘だっ!こんなっ…」
動揺する弟子と裏腹に、マズルールは訝しむようにアルマに視線を向ける。
「………っおい、小娘、本当にお前が描いたものか?辺境伯のお抱えではなく?」
「…はい、そうですが?」
マズルールの問いにアルマが素直に頷くと、マズルールの顔が強張ったので、慌てて父のフェルマーが割り込む。
「………辺境伯のお抱え絵師はおりません。間違いなくこちらを描いたのは、うちの娘です」
「女風情が、絵を描いて…女ならもっと違うことを学ぶべきだろう!侍女ならなおさらだ!子供を産んで家事しか能がないくせにでしゃばりやがって、おい、そこの使用人、貴様の教育はどうなっている!大体、こんな絵を小娘風情が描けるわけがない!公爵家を欺いているなら、お抱え絵師として黙っておけん!」
公爵夫人もいる中での堂々とした女蔑視の発言に、ロイドは慌てて止めに入ろうと前に出たが、既に遅かった。
「…欺いているのは貴方のほうでは?」
「アルマ!」
父親が慌てて止めに入るがアルマは淡々とマズルールをジッと見つめる。その顔は、何か思い詰めているのか、真剣そのものだった。
「何っ!?俺のどこが欺いていると言うのだ!」
「その頭のブツですよ!さっきからズルズル動いてるんですよ!バレていないと思ったんですか?」
そう言った瞬間、マズルールはハッと自分の頭を抑えた。誰もが指摘するのを躊躇っていたマズルールの
頭上のブツを盛大にバラされ、マズルールは顔面蒼白になる。
「ブハッ!」
腹を抱えて爆笑するミハイルの隣で、公爵夫人やメイド達も必死に笑いを噛み殺しているが、バレバレだ。ロイドも思わず吹き出しそうになったが根性で堪えた。
「な、な…!」
「…私だって、デリケートな事だから指摘したくなかったんですよ!さっきから視界で動いて気になってしかたないんです!どこで買ったんですか、それ、粗悪品すぎません!?」
「っふ………んん!」
ロイドは思わず吹き出したいのを咳払いして耐える。この娘、自分が罵倒されたのに、気になっていたのはマズルールの頭上の物体だったらしい。
マズルールの弟子のベイローは既に瀕死らしく、床に転がり顔を抑えて、笑いを噛み殺している。
「…良いカツラ屋さん知ってますから、今度ご紹介しますね。で、何でしたっけ?女の分際で……て、えっと大丈夫ですか?なんか涙流してますけど…やめてくださいな。私がおじさんを泣かしたみたいで気まずいじゃないですか。そんな趣味ないんで、早く泣き止んでくれません?」
「…ピンポイントで弱点抉ったうえに、この追い討ち…鬼畜じゃないか君」
「失礼な!」
ロイドのツッコミにアルマはぷりぷりと頬を膨らませたのであった。
侍従曰く、その日の事は後々にまで子孫に語り継がれる事になる。これが、まさかの夫婦の馴れ初め話の最初の話になるとは、この時のロイドとアルマは未だ知らずにいたのであった。
*アルマ・ジロール(12)
マズルールの頭の物体が、客間に通されてからずっと気になっていた。たぶん、おじさんの精神殺しスキルがA+ぐらいだと思われる。
女云々な罵倒は「この世界のご時世では言われてもしかたないかな」と聞き流していた。別に怒ってはいない。メンタルがオリハルコン級だったので、むしろマズルール氏の方が可哀想なことになった。ちなみに本人に悪気はない。
まさかのロイドとのフラグが立ったことに未だ気がついていない。
ロイド・キニェン(16)
色々苦労してきた侍従。今回、アルマのことが忘れられなくなるぐらい脳裏に焼きついた。
え、何…この子面白い。
人生で初めて面白いものを見た。いらいアルマと会うたびに楽しい、面白いと言う感情が溢れ出すようになる。手記で、この時のことを書いており、笑うのを根性で堪えていたと言う。
*フェルマー・ジロール(42)
ラドラー辺境伯家家令。愉快な娘を持った苦労人。娘の才能が世に出ることがないと言うことに胸を痛めている。だが、それを上回る娘の言動に振り回されることになる。メンタルゴリラの父なだけあって、ストレスで禿げる事はなかった。
*エドモンド・マズルール(58)
お堅いタイプの画家。古くさい固定観念を持っている。
公爵家のお抱え絵師と言う肩書きがプレッシャーで、頭が寂しい事になった意外と繊細なおじさん。
最近、奥さんが子供を連れて実家に帰ってしまったのでやさぐれていた。たまたま、機嫌が悪い時にアルマというメンタルゴリラに遭遇した可哀想な人。お抱え絵師を引退後、癒されたいと田舎に引越し、牧歌的な風景画の巨匠となった。
*グラス・ベイロー(22)
実は次の誕生日にミハイルの肖像画を描くことが初仕事として決まっていたが、まさかの侍女見習いに仕事を取られて激おこだったひと。
後々、仕事の棲み分けをする事でアルマと和解する。アルマに触発され、自分なりの絵を模索するようになり、公爵家のお抱え絵師として大成する。
*公爵夫人&ミハイル
マズルールの言動にはこの時、流石に怒ったがメンタルゴリラに泣かされたマズルールがちょっと可哀想だったので、現状注意だけでやめておいた。
アルマが描いたミハイルの肖像画は後に多くの人の心を奪う事になり、ミハイルが没後、この絵をみた隣国の王女が欲しがったらしいが、頑として応じなかったという。




