アレス
◇◇◇
牧師館の扉からノックの音が聞こえた。今は人に会いたくないが、仕方がなく玄関に向かった。
「お待たせしました」
「セシル」
懐かしい声がした。大好きだった人の声。
「兄さん、なんで」
「勇者一行のパレード見に来てただろう」
「そうだけど、関係ないでしょう」
「隣にいた彼女は……」
「兄さんには関係ない!」
言った後にハッとして口を手で抑える。怖くて上を向けなかった。
数秒の間の後、アレスはゆっくりと口を開いた。
「お前は変わらないな」
怒りは全く無く穏やかな声で話しかけられる。自分は余裕がないのに兄は悠然と構えていて腹が立つ。八つ当たりなのはわかっている。
ノエルを傷つけた自分への苛立ちを兄へ当てつけているだけだ。
「兄さんこそ変わってない」
「そうか?いろいろな土地を巡ってたくさんの経験を積んできたんだ。きっと旅立ちの時より強くなっているはずだけどな」
嘘だ、アレスは変わったと思う。体格も大きくなって誰から見ても勇者だと言うくらいには強くなっただろう。あの事件を乗り越え、前向きに生き、たくさんの人を救ってきたアレスはすごい。
自分はあの時と変わらず子供のままだ。
「セシルは俺の顔を見たくもないと思っているのはわかっていた。だけどもうチャンスは今だけなんだ」
「チャンスなんていつでもあるだろう」
「やっぱり、お前手紙読んでないな?」
図星で言葉に詰まる。あの手紙は今もノエルが預かっている。
セシルが何も言い返さないのを見て、アレスはふっと笑った。
「なんだよ」
「いや、お前わかりやすいなって。本当に変わってない、変なところで素直だな」
バカにされているみたいで腹が立つ。でも嫌ではなかった。アレスとこんなに話したのは本当に久々だ。
「次の遠征で旅は最後なんだ。魔王城に行って最終決戦だ」
アレスの表情はよく見えなかった。ただ冷静に淡々と話していく。
「だからこれが最後のチャンスなんだ。お前と家族に戻るための」
「そんなの」
知ったことじゃない、と突っぱねてしまいたかった。でもこれが本当の最後になるならこの選択は正解なのだろうか。
また自分は間違いを犯すのか。
「お願いだ、一緒に両親の墓参りに行かしてくれ。お前はお墓の場所を知っているだろう?俺はあれから一回も帰ってこれてないから知らないんだ」
「……」
間違った選択はしたくない。自分の後悔がないようにしなければ、自分はまた自分に呪いをかけることになる。
「わかった」
棚からランプを取り出し、火を灯す。
セシルは星が輝き出した空の下を歩き出した。




