第1話 因果の■壊者 賑やかな日常が終わる――■たされた器の中で
「手を挙げろ!!」
怒号と共に、武装した警備兵たちが雪崩れ込んでくる。
彼らは銃口を男に向け、包囲網を狭めた。
だが、男は動かない。ただ、腕の中に抱いた亡骸を見つめている。
「ごめんな。顔、汚しちゃって」
穏やかな表情で、男はクラリスだった物の頬を袖で拭く。優しく、赤子を撫でるかのように。
「お前、なにをしている。お前は……」
警備兵たちは、己の正気が何かに染まっていくことを感じた。そして、途方もない間違いを犯したと、本能が警告をし始めている。
「ふ、ふふ……ふふふ」
喉の奥から、乾いた音が漏れる。それは笑いだった。それは絶望の深淵から湧き上がる、壊れた理性の痕跡だった。
「貴様、何がおかしい! 確保しろ!」
「くっ……ふふ」
異常を察知した兵士が一斉に引き金を引く。
空気が破裂し、男の体に風穴が空けられる。いくつも、いくつも、引き金を引かれるたびに、一つ、また一つと増えていく。穴が増えるたびに鮮血が舞い、肉が弾け飛ぶ。
それでも、笑い声は止まらない。
「ふふふ……く、くくく、あはははは!」
体から零れる赤い血が、徐々に色を変えていく。
赤から、水銀のような重厚な銀色へ。傷口から溢れ出るのは血液ではなく、自己増殖するナノマシンだった。
やがて銃弾が皮膚に当たるたび、金属音を立てて弾かれるようになる。
「なんだ、コイツは……!? 撃て! 撃ち続けろ!」
「ああ、シンギュラリティ。俺の全部をくれてやる」
男はゆっくりと顔を上げた。その瞳はすでに人のものではなく、無機質な銀色の光を宿している。
腕の中で抱きしめられていたクラリスの頭部が、銀色の粒子となって崩れ落ち、足元に砂のように広がった。
「だから全部――壊させろ」




