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教室に入ると、ハチの巣をつついたような騒ぎになっていた。
ぞわり、と嫌な予感がした。
騒ぎの元凶は、案の定、心春と先輩だった。
八王子先輩に恋人がいた。そんなデマが教室内で広まっていたのだ。
どうやら、自転車通学の子が、女子と連れ立って歩く八王子先輩を目撃してしまったらしい。しかも仲良さげに(と、その子には見えたらしい)肩などを叩きあいながら。
特定の相手は作らない。それが八王子夏生の信条だと聞いたのに、これは異常事態だと、目撃した子は思った。その相手の女子が、昨日同じクラスになった人(つまり心春)だと気付くのに時間はかからなかった。
かくして、1ーAの女子たちは大騒ぎになった。
ただ並んで歩いていただけじゃん落ち着きなよ、という正論は、こういう場合には全く通用しない。祝福する人は当然いなかった。許せないだとか、抜けがけだとか、そういう嫌な言葉が飛び交った。まるで犯罪者扱いだった。本人がまだ学校に来ていないのが、不幸中の幸いだった。
自分の席に腰を下ろしながら、私は、まずいことになったと思った。指先が震えているのが自分でもわかった。
心春と先輩がいい仲になるのは、私も嫌だ。
だけど、心春がみんなから敵視されるのはもっと嫌だった。
今はまだ、この教室の中だけの話だ。でもきっと、すぐに学校中に広がる。シャレにならないいじめにまで発展するかもしれない。その前に手を打たなくちゃ。親友の私が。だけど、私に何ができる?私が何か言ったところで、みんなに信用してもらえるか?
どうしたらいいか、必死に考えを巡らせた。でも、ピンチを切り抜けるクールなアイディアはひとつも湧いてこなかった。
そうして時間を浪費しているうちに、タイムリミットが来てしまった。
心春が教室に入ってきたのだ。
ざわめきが、ぴたりと止まった。
「おはよーっすー。」
何も知らない心春が、のんびりした口調で挨拶した。
誰も返事はしなかった。
心春が、「ん?」と怪訝な顔をした。刺すような視線や、敵意に満ちた空気を察知したのだろう。
説明を求めるように、私の方を見た。とにかく何か言わなくては。何か言って、彼女をこの窮地から救わなくては。
「あ、ええと……。」
妙案がひとつも思い浮かばないまま、私は席を立ちかけた。
でも……。
「姫川さん、でよかったかしら?あなた。」
先を越された。
私が何か言う前に、一人の女子が心春の前に立ちふさがった。後ろに三人くらい、ぞろぞろとオマケみたいな子を引き連れて。
出遅れた私は、ただ事態の推移を見守るしかなかった。




